156〈はじめての城〉
短めごめんね。
目覚めてから、いつものレポートを書こうとすると静乃からメッセージが来ていた。
───グレちゃん、戦争イベント勝利おめでとう!───
さすが情報が早いな。取り急ぎレポートを書いて、礼を添えて送る。
静乃とは、ゴム屋の顛末や『鷲パパ』の昔の情報などを話題に会話した。
『りばりば』時代の『鷲パパ』はそのものズバリ『パパ』として活動していたらしい。
幹部の一人でかなり活躍していたが十時になると必ずログアウトするとか、十児のパパだとか、十文字槍を使っていたことから『じゅうじのパパ』として有名だったという話を聞いた。
昔からキャラが濃いめだったようだ。
ゴム屋はその自己中心的なキャラクターから炎上系配信者として一時期有名だった時期があったらしい。
ただ、動画そのものが面白くなくて、今では完全に底辺配信者になっているので、起死回生を狙っていたのだろうとのことだった。
それから、俺のレギオンイベント時のデータ。あれは早めに取り返しておくようにと言われた。
明日、部長に交渉してみよう。
そんなこんなで翌日。
部長と交渉。
「部長、あのデータ、確認が終わったら返していただきたいんですが……」
「あ、ああ、アレか。家の息子が欲しがってるんだが、貰ったらダメか?」
「すいません。ホントに勘弁して下さい。アレが世に出たら本気で困るんです……」
「ああ、分かった、分かった……。鮫島さんの息子みたいに、俺まで業務上横領だ、なんて訴えられても困るしな。はっはっはっ……あれ、面白くなかったか?」
「あんま、笑えないです。鮫島社長の息子さんは自業自得ではありますけど、鮫島社長のことを考えるとさすがに……」
「まあ、指摘したのお前だしな」
「やめてくださいよ。これでも苦い思い出なんで……」
「ああ、そうか。まあ、二、三日中にデータは返すよ。それにしても、お前、あんなゲームに夢中なのか……良く体がついていくな……息子もやってるらしいけど、俺にはさっぱりだよ。
データは重いなんてものじゃないし、ウチのマシーンは悲鳴上げるし、散々だったぞ。
これも時代なのかね……」
「部長の息子さん、やってらっしゃるんですか……あの、コピーとかも困るんで、お願いしますね」
「なんだ、そんな重要なものなのか?」
「はい。結構マジな話です」
「……分かった。明日には持ってくる」
「すいません。お願いします」
あ、危ない。ゴム屋の危機どころの話じゃないな。静乃に言われなきゃそのまま部長の息子から流出の可能性があったな。
まあ、今まで流出していなかったことを考えれば、外に出す気はないんだろうが、それでも他人が持っているとなると気が気じゃないからな。
無事に仕事が終わり、先に静乃へ礼のメッセージを送る。
静乃曰く、実は数日前にRMTで流出の危機があったらしい。
───頑張って止めたんだから、グレちゃんは私に感謝するよーに!───
は? いや、なんで言わなかったのか……。
確かに先週は魔石集め、あわよくば無料コンパク石が欲しくてあちこちのフィールドに出向いて忙しくはしていた。
ただ、静乃は俺の戦争イベント終結を待っていた節がある。
そういうタイプだよな。裏で動いて、こっそりフォローかよ。
ありがたい。ただ、もう少し早めに言ってくれればいいのに、とも思う。
どうやって止めたのかは分からないが、聞いてもはぐらかされるので、素直に最大限の感謝の意を述べた。
今度、また野菜でも持っていくか。
俺はログインした。
『大部屋』からレオナに連絡を入れる。
レオナから返信が来て、『城』に来て欲しいとの連絡があった。
『城』といえば『りばりば』基地内の新フィールド、NPCドールたちの住む『街』を抜けた先、大岩を削ったウェディングケーキのことだろう。
『城』で俺が知っているのは、NPCドールの門番が立っていて、中に幹部会と参謀部、警備部の部屋があるらしいということくらいで、入ったこともない。
まあ、呼ばれているなら見学がてら行かせてもらおう。
『街』で知り合い〈ほぼNPCドールだ〉に挨拶しつつ、『城』の前に立つ。
門番は知らないNPCドールだ。
「ゐーっ!〈レオナに呼ばれて来たんだが……〉」
NPCドールの一人が城の窓際に立つ、NPCドールへと手を振る。手首の回し方などにサインがあるらしい。
しばらく待たされて、城から出てきたのはオオミだ。
「すまない。今、レオナの手が離せなくてな。俺が案内する」
「ゐーっ!〈久しぶりだな。今日はどういう用件なんだ?〉」
「ああ、大首領様との謁見だ」
「ゐっ!〈えっ! そうなのか〉」
「まあ、あの大首領様だからな……見た目は黒いモヤだし、性格もあのままだ……緊張する必要はない」
まさかの大首領との謁見か。
戦争イベントのことで御褒めの言葉をいただけるとかだろうか?
もしくはゴム屋の件で叱られるとか?
祝勝ムードがあれで一回壊れているからな。
あの大首領なら文句を言って来たとしてもおかしくない。
オオミは無口なタイプだ。必要がなければ喋らない。
この部屋は? あの部屋は? と聞いて回るのも微妙そうなので、静かについていく。
幾つかの扉を通って、階段を上がる。
また、幾つかの扉を通って、階段を下る。
さらに、三方向に分かれた階段があって、下りがひとつ、上りがふたつある。
そのひとつを上がると大きめの廊下に出て、その中の一番大きな扉の前でオオミは立ち止まった。
「ここだ」
ここまで来る道が複雑だったのは、戦を想定した城だからということだろうか。
オオミが扉のドアノッカーを叩く。
扉がNPCドールによって開かれる。
青い照明が部屋を照らす。
石の柱が並び、中央には絨毯が敷かれている。
玉座は、絢爛豪華だったのではないかと思わせる金メッキが剥げた石の椅子で、所々に昏い光を放つ宝石の名残りが見える。
黒モヤだ。
脇にレオナと糸が控えていた。
はは……こうなると、雰囲気あるな……。
俺は少しその雰囲気に飲まれそうになりながらもなんとなく待っていた。




