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『りばりば』基地、『大部屋』。
───レイド戦を終了します───
───戦争イベントを集計します───
───『リヴァース・リバース』103対『マギスター』89───
───『リヴァース・リバース』の勝利となります───
どっ、と歓声が上がる。
「おいー! 勝ったよ!」「いやったー!」「うひょー! りばりばサイコー!」
あちこちで拍手が起こり、ハイタッチが行われている。
俺は情報の多さに身動きが取れず困惑している。
最後に見たアイツ。ゴム屋、だよな。姿が見えないと思っていたが、隠れていたのか?
そのおかげというか、奴が残っていたからこそ、レイド戦の勝ちが決まった?
まあ、戦争イベントはレイド戦の勝敗というよりも怪人とヒーローの勝ち点でほとんど決まる。
だから、ゴム屋が居ても居なくても同じといえば同じだが……完璧な勝利の一助になったのは確かだ。
でも、許さんけどな。
そもそも論やもしかしたらを語ることに意味は無いので言わないが、アイツは許さん!
「先ほどアナウンスをお聞きになった方も多いと思いますが……」
レオナが今回の勝利宣言をスピーチしていた。
そんな中、俺に幹部の一人である糸が近づいて来た。
「お疲れ様です、グレンさん」
「ゐーっ!〈おう、おつかれ!〉」
「今、幹部代表としてレオナがスピーチしていますが、よろしければこの後、今回のレイド戦の立て役者として、グレンさんからひと言もらえませんか?
通訳は僕がやらせていただきますし、名前を出すのがお嫌でしたら肩パッドとしてでもいいので……」
「ゐー?〈俺か? いや、俺はそういう部分で目立ちたくないんだが?〉」
「そこをなんとか、お願いします!
戦闘員としてのMVPは確実にグレンさんですから!」
「ゐー……〈あー、それじゃあ、本当に短くていいなら……〉」
「はい、ぜひ!」
俺は何を考えるでもなく、ぼーっと壇上を眺める。
『スカラベブレイン』だった戦闘員が、今回の核︰脳みそを『幹部会』から買わないかと誘われた時は運命だと思ったと話したり、『ユニコーンガン……』だった戦闘員が『作戦行動』の中核を担って欲しいと頼まれた時の重圧をどうモチベーションに転化させたのかなどの話が続く。
「……というわけで、自分としては普段からそんなことは絶対ないんですが、ガチャ魂酔いという都市伝説を図らずも体現してしまったわけです……」
「よっ! 変態!」「いいや、お前はそういうやつだ!」「大丈夫だ、俺たちは味方だぞ!」
「いや、ですから、本当に違うって言ってんだろ! ……こほん。え〜失礼。
そんなガチャ魂酔いの話は余談ですね。
今回、頑張れたのはもちろん戦闘員として支えてくれた皆の力が大きいわけですが、なんと言っても、肩パッド、彼に感謝を伝えたいです……」
「ひゅー、ひゅー!」「男だけどいいのかー?」「肩パッドサイコー!」
『ユニコーンガン……』だった戦闘員のスピーチが終わる。
レオナがまた壇上に立つ。
「それでは、今回のMVP戦闘員、噂のあの方にひと言いただきましょう。
糸さん、彼をこちらへ」
わーっ! と一際大きな歓声が上がる。
糸に促されて、壇上へと上がる。
先に糸が話し始める。
「えー、彼は【言語】スキルがないので、幹部会を代表して、僕が通訳させていただきます。では、どうぞ!」
俺にマイクが向けられる。
「ゐーっ!〈あー、肩パッドこと、グレンだ〉」
会場がそのひと言で、どっと沸く。
「ゐーっ!〈まずは、みんなに感謝を! ここに立たせてもらえたのは、幹部会、装備部、怪人、戦闘員、NPC、りばりばに所属する全員とガイア帝国、マンジクロイツェルなど協力してくれた他レギオンのおかげだ。
それから、戦争イベントの勝利、万歳!〉」
「「「イーッ!」」」「「「バンザイ!」」」
こほん、とひとつ咳払い。
会場全体が静まり返る。俺が何を言うか、みんなが待っていてくれる。
「騙されるな! アイツはチート野郎だぞ!」
俺が口を開こうとした瞬間、野次が飛んだ。
全員の注目が、野次を飛ばしたやつに向く。
ゴム屋だ。
「お前ら、考えてみろ! 始めてひと月も満たない戦闘員がヒーローを倒したんだぞ!
おかしいだろ? 何で気づかないんだ!」
「いや、おかしいのお前だろ?」「お前なんなんだよ……」
一部の戦闘員が騒ぎ出す。
「俺が今回のレイド戦の勝利を確定した最後の生き残りだ! MVPで言うなら、俺だよ! なんでチート野郎がMVPなんだ、お前ら揃いも揃って、なんにも見えてないのか?」
「はあ?」「なんだこいつ……」「お前、最後まで隠れてたやつだろ!」「あ、もしかして肩パッド殺したスパイPK野郎か?」
「俺はスパイなんかじゃない!」
「PK野郎だろ!」「ふざけんなよ、お前!」「スパイ行為以外のなんだってんだ!」
「静かに!」「みんな、静粛に!」「ヒートアップするな!」
パンッ! パンッ! と銃声が響く。
「全員、静まりなさいっ!」
レオナが天井に向けて発砲、俺のマイクを奪って叫んだ。
訓練された戦闘員の面々が静かになる。
ゴム屋は一部の戦闘員によって取り押さえられていた。
「コホン……ありがとうございます。
では意見があるようなので、ゴム屋さん、壇上へどうぞ……」
「離せよ! 俺をPKするつもりか! これも撮ってるんだからな!」
取り押さえる戦闘員を乱暴に引き剥がして、敵意の篭もった瞳を俺に向けて来るゴム屋が、壇上へ上がってくる。
俺はレオナに促されて、一度、下がる。
任せておけ、という風にレオナはウインクしてくる。
「ああ、ご足労、ありがとうございます。
まず最初に、グレンさんがチートを使っているとのことですが、証拠はおありですか?」
レオナはとてもいい笑顔をゴム屋に向ける。
会場にいる全員が小さく息を呑んだ。
それは言わなくても伝わる緊張感だ。
「あるよ、全部撮ってある!」
「そうですか。もちろんチートコードを打ち込む瞬間が撮れているということですよね?」
「え? いや……それは……」
「質問を変えましょうか。あなたは何をもってグレンさんがチートだと判断されましたか?」
「おかしいだろ? こいつは戦闘員なのに、ヒーローを倒したんだぞ!」
「ヒーローを戦闘員が倒したら、チートですか?」
「ああ、ヒーローが戦闘員程度に負けるはずないだろ!
どう考えても何かチートを使ってる。分からないのか?」
「では、今回で言えば、火炎浄土の戦闘員、バルト氏もマギアイアンを倒していますが、それもチートですか?」
「いや、あいつはユニークスキルだって色んなところで明言している。チートじゃない」
聴衆の目線が厳しくなる。中にはゴム屋に憎悪の目を向けるやつまでいる。
「それじゃあ、別の事例、ダチョウランニングシューズの作戦行動時、オメガドラゴンは戦闘員によって倒されています。あれは覚えていますか、覚えているならあれはチートですか?」
「あれは全員で削り切った結果だ。チートじゃない!」
「俺だよ! 最後にオメガドラゴンに一撃を入れたのは俺だ! チートなんて使ってないけどな」
知らない戦闘員が手を挙げていた。
「だから、チートだなんて言ってないだろ!」
「先ほど、グレンさんがチートを使っている根拠として挙げていらしたのは、戦闘員が倒せるはずのないヒーローを倒したからだと仰いましたよね?
その理論で言えば、今、手を挙げてくれた彼もチートを使っているはずです。
矛盾していませんか?」
「状況が違うだろ! 少し考えれば分かるだろ!」
「ふざけんな!」「お前の方が矛盾してるだろ!」「いい加減にしろ、ゴム屋!」
レオナが片手を上げて、全員を諌める。
「では、運営にチートの使用として報告はしましたか?」
「そ、それは……これから……その……」
「それでは、今、この場で運営に報告してください。りばりば内でチート使用者が出たとなれば戦争イベントの結果がひっくり返る可能性もありますから」
「え、いや、でも、それは、まずいんじゃ……」
「大丈夫ですよ。チートの疑いがあるならすぐ通報。ここの運営は自分たちのシステムを蔑ろにされるのは嫌いですから、すぐに答えをくれます。
もしなんなら全員で通報しましょう!」
レオナは可視化させた画面で「リヴァース・リバースのグレンがチートの疑いがある。調べて欲しい。ガチャ魂の性能が高すぎる」との旨を書いて、本気で通報した。
「皆さんも通報の練習だと思って、ここにいるグレンさんを通報してみて下さい。分かるなら所属、名前、身体的特徴、チートコードの種類、録画があるなら、それも添えて送ると確実です」
あちこちで通報祭りになった。いや、俺で練習って、なんだよ?
可視化させたレオナの画面にはしばらくしてメッセージが届く。
───該当の人物にチートの使用痕跡が見当たりません。ガチャ魂については仕様です───
今度は返信祭りだ。
「仕様だって」「こっちも来た」「フジンちゃんの可愛さも仕様だって」「なんだゴム屋もチートじゃないじゃん」「すげえ、こんな早く返ってくるのかよ」「運営、仕事はえぇ!」「嘘だ! ここの運営がまともに仕事するなんて……」「確かに仕様って返ってくるな」「運営のバランスミスで指摘したけど、やっぱり仕様だって」
ちょいちょい関係ない通報もあるようだ。
「少しお静かに……せっかくなので、もっと重大な問題について、ここのゴム屋さんにお聞きしなくてはなりません」
多少は全体がまだザワつくものの、大画面に映像が映されることで、全体が静かになる。
それは俺がゴム屋に殺される場面についてだ。
俺はモザイク状態で、『リリーフラワー』を倒した。
ゴム屋と思われる『ショックアロー』を持った戦闘員は、武器を構えることなく、ウロウロと俺の周囲を徘徊している。
それから、『リリーフラワー』が粒子化した直後、周囲をキョロキョロとしてモザイクの俺に詰め寄る。
俺はゴム屋を押した。コテンと倒れるゴム屋。
それから焦ったように『ショックアロー』を俺に向けて放つ。
一瞬のショック状態。だが、この時の俺は『リリーフラワー』の能力値がまだ上乗せ状態だ。
俺がゆっくりと振り向く。動きの遅さからこの辺りで能力値アップが切れているのが分かる。
ゴム屋が慌てて、さらに『ショックアロー』を放った。
もちろん、俺は粒子化して消えた。
直後、他の戦闘員がゴム屋に詰め寄る。
ゴム屋は何か抗弁している素振りを見せるが、直後、詰め寄った戦闘員に『ショックアロー』を放つ。
避けた戦闘員が、ゴム屋を『ショックバトン』で撲殺した。
レオナから氷のような声が聞こえる。
「言い訳はありますか……?」
「さ、最初に手を出したのはコイツだろ!」
「何か言い寄ってましたね。何と?」
「いや……それは……」
レオナに水を向けられたので、俺は答える。
「ゐー……〈チートでずるいとかそういう話だった……〉」
糸が通訳する。
「チートでずるですか。先ほど皆さんに通報していただいた通り、チートの疑いは晴れました。それからモザイクで分かりにくいですが、グレンさんの顔の向きです。ゴム屋さんを見ていません。急いで次の敵であるイナリスターへ向かおうとしていますね。
直後、背後からの一撃が入っています。
あからさまに妨害行為です。さらに驚いて振り返ったところにもう一射。これはPK行為です。
何故ですか?」
「ち、チート野郎には罰が必要だと思ったんだよ!」
ゴム屋の声が虚しく『大部屋』に響いた。
直後、また聴衆がザワつく。
「ないわー……」「逆ギレかよ」「やり返すにしてもアレはない……」
「静粛に!」
シン……と一瞬で場が静まる。
「今回の行動はあからさまに利敵行為です。
ゴム屋さんに幹部会は百万マジカの罰金、並びにリヴァース・リバース追放の処分を降します!
罰金が払えない場合、ブラックリストに入れて発見次第PKで取り立てますので悪しからず」
「え? なんで……横暴だろ! ふざけんな!」
「安すぎる!」「そうだ、肩パッドいなきゃ、下手したら負けてたんだぞ!」「百万程度で許されると思うな!」
「既にロッカーは差し押さえてありますから、残り五十九万六千三百マジカです。完済するまで幹部会で追いますので覚悟して下さい。それから既に他レギオンに話は通してありますから、大手のアイテムは野良でも買えないと思います。
完済すれば通達解除です。今の手持ちアイテムはここで置いていきますか?
それとも全部ドロップするまで、この場でPKされますか?
ああ、それと今回の一連の動画ですが、データは破棄して下さい。
もし、ほんの一部でも我々が発見した場合、罰金が一千万マジカ追加になりますので。
それが嫌ならこの場で可視化状態でデータ破棄をお願いします」
ゴム屋は画面を可視化、アイテムを全て移譲の上、データ破棄を選んだ。
レオナはそれらを確認の上、やはり可視化させた画面でゴム屋の追放を決定した。
ゴム屋の戦闘員姿が灰色の全身タイツへと変わる。
「ああ、出ていく前に機密事項への署名もお願いします。ポータル位置などの暴露の禁止に関するものです。オオミさん、ジョーさん、お願いします」
二人の幹部に連れられて、ゴム屋は『大部屋』を去った。
「さて、せっかくのお祭りムードが台無しですね。臨時収入がレギオンに入ったので食堂部を解放します。
それから、皆さん肩パッドことグレンさんの武勇伝、聞きたいですか?」
「おっしゃ! 食べ放題!」「おお、太っ腹〜!」「聞きた〜い!」「それやべぇな!」「なん、それ、ビッグサプライズじゃん!」
盛り上がる場を他所に、レオナが近づいてきて言う。
「すいませんが、少し協力をお願いします」
ここまで助けてもらって、否やはない。
俺は喜んで受けることにした。




