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『雪豹雪美』、正しくは『スノウジャガー』にロックオンされてしまった。
「肩パッドって有名だよね。でも、イチロー兄ちゃんは落ち込んでると思うんだ。戦闘員に負けたって……」
俺に言われたって困る。
それを言うなら、バルトなんて『マギアイアン』を倒しているし、従妹に聞いた話では、戦闘員が決め手になってヒーローを倒した事例は調べたら結構出てくるらしい。
ヒーロー側のプロパガンダ動画には出ないから広く知られることはないらしいけどな。
「結構、繊細だからさ、肩パッドの犠牲者! みたいに言われるとすっごい気にするの。
早めに名前が消えてくれると助かるかなっ!」
長く伸びた爪が言葉尻と同時に振るわれる。
言葉の途中から殺気というか、【野生の勘】の赤いラインが見えまくりだ。
俺はタイミングだけちゃんと確認して、横っ飛びに逃げればなんとかなった。
真正面からやるのは危険すぎる。
あの爪の赤いラインは五本に分かれて描かれていた。たぶん五段攻撃。
【サーベルバンパー】で受けきれないだろうから、一撃覚悟での特攻はまずい気がする。
「肩パッド、協力するガン!」
追い付いた『ユニコーンガン……』が【魔法の飛礫】という、腕先に石礫を生成、連射するスキルを『雪豹雪美』へと向ける。
「ちっ! 邪魔よ! 【氷壁】」
『雪豹雪美』の防御スキルらしい氷の壁が立ち上がり、石礫が届かない。
だが、守勢に回ったならチャンスだ。
俺は即座に【満月蹴り】。
ダメージじゃない。状態異常が狙いだ。
力中心の肉体系ヒーローと見た。
「きゃあ! この……あれ? スキルが……」
よし! 『氷の壁』から引きずり出してやる!
「ゐーっ!〈いつまでも隠れさせるわけないだろうが! 【誘う首紐】【叫びの岩】〉」
俺の左腕と『雪豹雪美』の首が鎖で繋がれる。
「くっ……何よっ、動きが……」
鈍くなるだろうな。『行動不能』は弾かれたが、『魔力酔い』『もっちり』『鈍重』が入った。どうやら『雪豹雪美』は酔ってもしっかりしているタイプらしい。
鎖に体重を掛けて引っ張る。
「あんた……女の子に優しくないタイプね!」
「ゐーっ!〈人は選ぶかな〉」
多少は遅くなっていても至近距離で避けられるほどではない。
【逃げ足】でスキルの力で引っ張る。
「ちょ……」
急に鎖を引かれて、『雪豹雪美』の身体が泳ぐ。
「ナイスガン! 【狙撃】【光魔弾】【マグナムリボルバー】」
前に詰めていた『ユニコーンガン……』の赤い閃光が『雪豹雪美』に直撃する。
結構な大ダメージだ。
「雪美!」
『鷲パパ』が叫ぶ。
「今、ホッチ! 【雲曳く疾走】!」
「ちっ! 【死体を食う者】」
『麒麟ホッチキス』の角と『鷲パパ』の地上キックが他方で激突する。
『麒麟ホッチキス』が押し勝ったように見えるが、『鷲パパ』のキックは当てて引く、の二段構えキックだ。
「ぐおお……火炎浄土、夜露死苦ー!」
『麒麟ホッチキス』の断末魔の叫び。
『鷲パパ』はギリギリで生き残ったらしい。
良く見れば、肩当てのHPアンプルが全て変色している。
あの一瞬で『麒麟ホッチキス』の攻撃に対応するため、HPアンプルを使いながら必殺スキルを放ったということか。
手を使わずにHPポーションが使えるのは、羨ましい機能だ。
だが、疲労が限界なのか、簡単に立ち上がれないでいる。
「この……【悪龍の上で踊る】」
『雪豹雪美』がスキルを使った。
『魔力酔い』は解除されたようだ。
通常キックが俺の【サーベルバンパー】をへし折った。
「肩パッド! 【ユニコーンの角】ガン」
『ユニコーンガン……』の角から、キラキラとした粉が俺に掛かる。
折れたはずの【サーベルバンパー】が復活した。
部位破損回復スキルらしい。ありがたい。
「ゐーっ!〈【正拳頭突き】!〉」
至近距離からの頭突きが決まる。『昏倒』が入ったが、すぐに回復されてしまう。
状態異常の回復はランダムだ。しかし、致命的なものほど回復しやすくなっている感じがある。『もっちり』は残っているのにな。
「まじなうものなり……〈お前、ユニーク持ちだろ……〉」
【言霊】を耳元で囁いた。
意味は通じる必要がない。ただ俺の敵意が伝われば充分だ。
「う、うわああああっ!」
『雪豹雪美』が後退しながら耳から汚らわしいものを振り払うように耳元を擦る。
いや、待て待て……さっきは俺が引っ張る側だったのに『雪豹雪美』にめちゃめちゃ引っ張られる。
もしかしてこれが【悪龍の上で踊る】の効果なのか。
このままじゃ転ばされそうだ。だが、スキルを放とうにも、引っ張る力が強すぎる。
「キモイ! 【シャープクロー】」
やられた。体勢が崩れて避けられない。
せめて一矢報いてやる。
「ゐーっ!〈【血涙弾】!〉」
俺の脇腹から入った爪が【サーベルバンパー】ごと切り裂きながら斜め上に抜ける。
【血涙弾】で白いヒーロースーツは真っ赤になって、『弱毒』『強化毒』が入りつつバイザー部分を汚すものの、視覚を塞ぐまでは行けなかった。
───死亡───
痛みを自覚する前の死亡だ。今までより、少しはマシな死だった。
マシな死ってなんだ?
復活を選んで、残り魔石一個。
敵は『鷲パパ』と『雪豹雪美』、『マギスター』戦闘員が三人。
こちらも減りに減って『ユニコーンガン……』と『りばりば』戦闘員が俺を含めて十一人、『火炎浄土』戦闘員五人。
お互いに数えられるだけしか残っていない。
「イーッ!」「時間を稼げ……ぶっ!」「来るな! 来るなー!」「カエーン!」
『りばりば』戦闘員九人と『マギスター』戦闘員一人に訂正。
そうか、時間を掛けると『マギスター』の応援がまた来る可能性があるのか。
俺は慌てて走り出した。
『鷲パパ』が戦闘員を確実に沈めて行く。
八、七、六人……。
『雪豹雪美』と『ユニコーンガン……』が近接戦闘に入っていた。
『ユニコーンガン……』は角の形の剣のような物で応戦している。
『雪豹雪美』の爪を『ユニコーンガン……』が角剣で受けた瞬間、『雪豹雪美』の爪が砕けた。
「もらったガン! 【馬蹄突き】」
「まだ、左腕があるわよ! 【スクリューブロウ】」
二人の角と爪が交錯する。
角は『雪豹雪美』の脇腹を貫き、爪は『ユニコーンガン……』の心臓を打ち抜いた。
「惜しかったわね! ミリ残しで私の勝ちよ!」
「そんなことないガン……お前の動きが封じられれば俺の勝ちガン……」
「イーッ!」「イーッ!」
「だ、大首領様……万歳……ガン……」
『火炎浄土』の戦闘員が『鷲パパ』に殺されている間に、『りばりば』戦闘員たちが必死に『雪豹雪美』を叩いていた。
「ちょっと……パパ……パパ……助け……」
「雪美! どきなさい! どけ!」
「行かすな! 命張れ!」「カエーン!」
『雪豹雪美』が『ユニコーンガン……』の後を追うように粒子化していく。
「お前ら……この!」
「イーッ……」
俺以外、全員消えた。
『鷲パパ』は荒い息を吐いていた。
「ふーっ……ふーっ……クソッ……楽な仕事のはずだった……一匹五百万プラネ……ふーっ……ヒーロー側でコアを入手する難度に比べたら……五百万プラネじゃ足りない……分かるか?
私が家族と遊ぶために三ヶ月、ずっと……ずっと『宙域発掘調査』に費やした時間だ……ふー、ふー……」
「ゐーっ!〈じゃあ、出て来るなよ。こっちはいい迷惑だ!〉」
「うるさいっ! お前の登場でこのゲームの秩序が壊れたんだ! 引っ掻き回しやがって!」
「ゐーっ!〈あんた、無茶苦茶言ってるぞ!〉」
どちらにせよ、今までのヒーローが楽に勝てる秩序なんて従妹が来たら変わってたはずだ。
いや、俺が参加した第三陣の加入で、遅かれ早かれ新戦術は出て来ていたはずだ。
俺がやったのは最初の引き金を引いただけに過ぎない。
「うるさい、うるさいっ!
お前を倒す! 倒して秩序を取り戻す!」
「ゐー……〈ああ、はいはい……責任転嫁して俺のせいにしないと、自分が保てないのな……〉」
「分かった風なことを言うなっ! 【風刃】」
斜め手刀に合わせて風の刃が飛んで来る。
【野生の勘】で位置が分かれば避けられる。
殺気が強いと分かりやすいな。
さすが『雪豹雪美』のパパってところか。
だが、避けられるのは織り込み済みだったのか、『鷲パパ』が一気に距離を詰めて来る。
腕の武器化スキル『青き嘴』が俺の心臓を抉りに伸ばされる。
さすがにそのスピードは無理なので【逃げ足】で距離を取り、【一揆呵成】で熱線を当てる。
「ちっ!」
『鷲パパ』はユニーク系はウエイトタイムらしい。
「ゐーっ!〈【賢明さ故の勝利】〉」
「クソ……」
『鷲パパ』のHPは残り45。
防具無視攻撃でも通りそうだ。
MPも100を切っている。
相討ちでも、魔石一個残しの俺の勝ちだ。
「ゐーっ!〈【緊急回避】【ベアクロー】【餅つき】【回し蹴り】〉」
「【羽毛の守り】【倍返し】!」
俺が『鷲パパ』の目の前から消える。
両手足に爪を生やして回し蹴りを入れる。
だが、『鷲パパ』はここで防御能力スキルを使った。
カウンターするなら相手のダメージを通した方がいいので、普段ならば死にスキルなのだろう。
俺のダメージは減らされて「44」点通った。
しかし、【倍返し】されて俺に「88」点ダメージ。
───死亡───
一点、届かなかった。
ダメだ! 出し惜しみして負ける訳にいかない。
植え込みから最後の復活を選択する。
「そこにいるのはバレている! 【死体を食う者】」
「ゐっ!〈くおっ!〉」
咄嗟に放った【自在尻尾】の一撃。
同時だ。
ヤバい、心臓が硬くなってきた。
『鷲パパ』が俺の胸を起点に植え込みの上に落ちる。
「は、ははっ……君は……追加器官の動かし方、上手い……な……」
「ゐー……〈あんたこそ……戦闘員の動きを良く……理解……してるよ……〉」
出る、出る、やめろ……出るな……。
俺の胸から心臓が……。
苦しみの中、コーヒーカップマシンから影が立ち上がるのが見えた。
「勝つのかよ……やっぱ……チートじゃん……」
呆然としているその影の手には『ショックアロー』が握られていた。
【悪龍の上で踊る】は時間経過と共にダメージと体重がアップしていく、女の子的に本来は一生封印しておきたい派生アーツ。
グレンが首輪をつけて引っ張るとかマニアックなプレイをしてきたので、体重アップ効果を狙って使ってます。
ついに決着!




