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本日二話目です!
群がる戦闘員を薙ぎ払うように『鷲パパ』は怒りを露わにしていた。
先程の爆風で吹き飛ばされた戦闘員が結構いたようだ。
そのせいで『鷲パパ』は守られ、逆に周囲の戦闘員が減って自由を取り戻したらしい。
制限時間まであと少し。
せめてギリギリまで相手してやろう。
「ぬおおおおおおっ! 【青き嘴】!」
『鷲パパ』の手刀に青い嘴の幻影が重なる。
武器化手刀攻撃だ。
『鷲パパ』は怒りに我を忘れたように、ただ前に出てくる。
「ゐーっ!〈くらうか! 【逃げ足】【希望】〉」
「イナリスターくん、今だ!」
俺の喉から短剣が外へと突き出して、痛みと共に『鷲パパ』へと込み上げる水をぶちまける。
まさか動きを止められるのを予想して、わざと直線的な攻撃をしてきたのか?
「イーグルパパ、あなたの献身は忘れない!
【変体神使】【媚び売る妖体】」
「おのれ、逃げるなガン!」
『イナリスター』が妖狐化して、俺の肩へと乗って、そのもふもふとした身体を擦りつけて来る。
「きうー!」
同居は許さないとばかりに妖狐へと怒りのフジンが冷気攻撃を行う。
「コーン!〈なっ……ただのペットじゃない!?〉」
妖狐はフジンに左前足を凍らされつつ、追い出される。
俺の肩から落ちた妖狐は左前足が動かなくなったのか、着地に失敗してもがいていた。
もしや、俺の『擬態』と近しくて、能力値的に極端な制限でもあるんだろうか?
だが、俺が考えていることとは別に、俺は顔を上げ、ジェットコースターのレール上で翅を休める『スカラベブレイン』を見ていた。
仲間内で一番弱っている怪人だ。
届くな。
俺の中で一番のダメージスキルといえば【満月蹴り】だろう。
蹴りと同時に満月弾という遠距離気弾を放つ技。
「ゐーっ!〈【満月蹴り】〉」
───全状態異常耐性、成功───
はっ! ソレを放つギリギリで『もふもふ恍惚』が切れた。
「ゐーっ!〈避けてくれっ!〉」
切れた瞬間、少しでも軌道を変えようと身体を捻ったが、方向は完全に『スカラベブレイン』に向かっている。
『スカラベブレイン』が声に気付いた。
翅を広げて、飛び立つ瞬間、俺の満月弾が当たる。
揚力を失った紙飛行機のように、よろよろと『スカラベブレイン』が落ちていった。
くそっ! くそっ! くそがああああっ!
俺に仲間を攻撃させやがって!
俺は痛みを忘れて、あのキツネヤローを探した。一分の能力値アップは終わってしまったが、そういう問題じゃない。
キュドッ! キュドッ! と『ユニコーンガン……』が赤い閃光を放つ先、変体を解除して、ヨロヨロと逃げ惑う『イナリスター』がいた。
見つけた!
喉から短剣状態で動くのはリスクがあるが、構ってられるか!
俺が『イナリスター』へと駆け出そうとした瞬間、俺の背中に誰かがもたれかかって来た。
「……行かせんよ、肩パッド。君の強さは理解した。せめて、1キルはもらう……」
それは執念の篭った『鷲パパ』の声だ。
『希望』には完全に動きを止めるような状態異常は少ない。それらが外れるかどうかは運だと言える。
『鷲パパ』は状態異常耐性が高いタイプだから、状態異常回復ガチャに勝ったということだろう。
声と同時に俺の背中に、ぐりぐりとした痛みが走る。
ぐ、ぎ、ぎぎぎ……が、う……あっ……。
背中に突っ込まれた四角錐を回しながら奥へと力任せに進めようとする不快感と痛み。
歯を食い縛ろうとすれば喉の短剣をより突き刺すことによる痛みで、それもできない。
背中から『鷲パパ』を引き剥がそうと右腕の狼頭で、俺の左肩付近にある『鷲パパ』の頭に噛み付く。
「ゐ、ゐー……〈くっ、てめぇ、やめ、ろ……〉」
「ククッ……息子の仇は取らなきゃね……これでも僕は家族想いなんだ……」
俺の腹から猛禽の青い嘴が飛び出た。
「ゐっゐー!〈ぐあっ!〉」
無理な体勢で狼頭を閉じられなかった。
齧っていたら、変わったかもしれないが、齧れぬままに俺のHPは全損した。
───死亡───
冷たい恐怖が俺を襲っていた。
何があっても殺すという冷徹な意志にさらされて、身体の奥に冷たく硬いなにかを仕込まれた気分だ。
『鷲パパ』の身勝手な意志だ。
俺が気に病む必要などない。それは理解しているが、それでもその鉄の意志のようなものに、俺の心は軋みを上げた。
ふと、従妹のことを考える。
あいつなら……大事なもののために命をかけるとか当たり前だから、くらいは言いそうだ。
そうか、俺が『スカラベブレイン』に攻撃させられた怒りと息子を殺された怒り、ふたつを比べた時に『鷲パパ』が勝った。
そういうことか。
理解できれば、幾分か冷たい恐怖に熱が差す。
おっと、復活。
危ない、残り時間あと一秒だった。
『スカラベブレイン』には申し訳ないが、『鷲パパ』の意志の強さに勝てなかった。
思い入れが違うからな。中の人知らないし。
残りの魔石はあと二個。
少し冷静に戦力分析を試みる。
ヒーロー側、『イナリスター』瀕死、『鷲パパ』瀕死、『マギアイアン』中破、『雪豹雪美』微ダメージ、『マギスター』戦闘員数人残し。
『リリーフラワー』死亡、『ヴィーナスシップ』戦闘員消滅、『翼竜イチロー』死亡。
怪人側、『麒麟ホッチキス』大破、『スカラベブレイン』生死不明、『ユニコーンガン……』中破、『火炎浄土』戦闘員十数人、『りばりば』戦闘員三十数人。
状況としてはあまり良くはない。
ただ、ヒーロー側も相当苦しいはずだ。
何しろ戦闘員の援護がほぼ無いに等しい。
援護がなければ、こちらの戦闘員の状態異常攻撃でそのまま死亡も有り得る。
時間は掛かるけどな。
俺は気合いを入れ直す。
これはレイド戦であると同時に、レギオンの進退が決まる戦争イベントだ。
負ける訳には行かない。
だが、熱くなって大局を見誤るのは愚かだ。
『鷲パパ』にリベンジしたい気持ちはあるが、まずは『イナリスター』。
アイツを落とす。
牙、爪、狼頭と使い、慌てて回復アイテムを使う。飯を食わないとHP減少が止まらなくなるからな。
植え込みに隠れて準備を整えつつも『イナリスター』の動きを捉えておく。
『ユニコーンガン……』の【破壊衝動】は時間切れのようだが、『ユニコーンガン……』の怒りは収まる様子がない。
ただ、闇雲に撃ってしまっているのは問題があるな。
再装填時間に『イナリスター』の反撃を食らって、少しずつ削られている。
『イナリスター』は瀕死だが、冷静に対処を考えている印象がある。周囲を確認する余裕もあるようだ。
避ける方向も戦闘員がいない方向に誘導していて、一対一に持ち込むつもりらしい。
怪人の中で『ユニコーンガン……』が一番元気だからこそ、『ユニコーンガン……』を抑える役目に徹しようとしている節がある。
戦略的にも、あれを崩すのが勝利への道だろう。
遊園地的にはフリーフォール方向に誘導したい意図が見えてくる。
ジェットコースターのさらに奥か。
先回りさせてもらおう。
俺は植え込みに隠れながら、スピードを上げてフリーフォールへと向かった。




