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『鷲パパ』はカウンタータイプといえばいいだろうか。
殴られて殴り返すのを旨としている。
MPが高いということは、必然的に状態異常耐性も高いことを意味している。
まあ、その分、通常攻撃はそれほど重くなくて、一発を返されて生き残る戦闘員はそれなりにいる。
まあ、それでも俺のHPなら全損確定だけどな。
カウンターはスキル頼りのようだ。
「ほう……名前は知らないから、肩パッドくんと呼ばせてもらうが、さすがに君の攻撃は受けたらまずいことくらいは聞いている。娘からね」
まあ、情報は一人歩きしているくらいに流れているからな。仕方ない。
俺の周囲には複数の戦闘員が、いつでもイケるという顔で待機している。
あと『麒麟ホッチキス』。お前は待機するな。
「ゐーっ!〈それじゃあ、避けられないスキルにさせてもらう。【闇芸】〉」
「イーッ!〈元、怪人側に居たヒーローというのもいるんだよ。【鷲の翼】〉」
俺の影から伸びた影が『鷲パパ』に繋がる直前、『鷲パパ』の影が遠くへと去ってしまう。
「ゐー……〈なん……だと……〉」
『鷲パパ』の背中に鷲の翼が生えて、高く飛んだ。
「イーッ!〈古巣に君のような有望株が来たことは喜ばしいけれどね。もう少し慎重になるべきだよ! 【死体を食う者】〉」
『鷲パパ』のキックが迫る。それは大鷲の嘴の幻影を伴っている。
まだ俺には【サーベルバンパー】がある。
俺は【神喰らい】を起動。
「ゐーっ!〈お前の得意なカウンターで返してやるよ!〉」
「あまいね……」
『鷲パパ』のキックで俺の【サーベルバンパー】がぶち折れる。
俺の胸の辺りに当てた足先を起点に『鷲パパ』が華麗な逆宙返りを決める。
幻影の嘴がいつのまにか開いていて、逆宙返りと同時に閉じる。
俺の胸がひとつ大きく脈打って、心臓が飛び出した。
ぐぼっ……血反吐が流れる。
鉄のように硬くなった心臓が俺の身体という殻を破って、勝手に外に出ていく感覚は想像の外側過ぎて、意味が分からない。
痛いのもそうだが、血反吐で喉が詰まって呼吸が出来ないのが苦しい。
血反吐を吐き出したくても、それをする力すら残っていない。
身体が勝手に反射で吐き出してくれるだけだ。
ごぼっ……ぐぶぶ……。
意識が遠のく。ああ、死が迫っ……。
───死亡───
怖ぇ! めちゃくちゃ怖ぇ!
なんだあのスキル! あぶねえどころの話じゃない!
たっぷり八秒、パニックになってから、俺は復活した。
ちょっと頭の片隅で冷静に時間を計っている自分にも怖さを感じつつ、俺は胸の高まりが鎮まるのを待つ。
おお、動いている。心臓が動いている。
ありがたい。心臓、ありがとう……本当に、ありがとう……。
ふぅ……久々に生きているありがたみを実感した。
よし、リベンジしてやる!
俺は誓いを胸に植え込みから飛び出した。
おお、誓える胸があるって素晴らしい!
生命賛歌に溢れる俺は基本に立ち返って【夜の帳】から始める。
【サーベルバンパー】、【ベアクロー】、【神喰らい】と続けて、一度、補給を挟みさらに【地面擬態】をする。
ウレタン舗装された地面は適度な柔らかさがあり、走るのに適しているが、ほぼ平面に擬態しているとはいえ、早く動けばさすがにバレる。
ほふく前進のつもりでゆっくり動く。
この擬態中は自分でもどう身体を動かしているのか良く分からないが、動けることだけ理解していれば問題ない。
本来ならば、解除後に超高速攻撃ができる【擬態】が最高だが、あっちは自力移動が出来ないからな。
踏まれないようにだけ気をつけつつ、『鷲パパ』に近づく。
残り10m、この辺りが限界か。
『鷲パパ』は地上に降り立ち、またカウンタースタイルで戦っている。
野郎……なんで俺の時だけカウンタースタイルを捨てるのか……。
ネタバレしていると辛いな。
『鷲パパ』が反対方向を向いた瞬間、地面擬態を解除して走り出す。
後ろの気配に敏感なのだろう。
『鷲パパ』が振り向く。だが、この距離なら!
「ゐーっ!〈【封印する縛鎖】【トラップ設置】〉」
「ふぐっ……」
鎖が『鷲パパ』に巻き付くと同時に、俺の左腕が代価として破裂する。
頭上に浮かんだ状態異常がほんの一秒ほどで全て解除される。
「だから、あまいと……」
『鷲パパ』の拳が光る。
俺は稼いだ一秒で完成した『バネ床』を踏んで跳んだ。
身体を丸めて一回転。着地と同時に【緊急回避】。
『鷲パパ』が身体を捻った、その先へ短距離転移する。
「ちぃ! 【倍返し】だ!」
ダメージは出ない。故に反射される倍ダメージはなかった。『鷲パパ』の畳まれて仕舞いきっていない翼をいただく。
「ゐーっ!〈【神喰らい】〉」
『鷲パパ』が前まわり受け身で逃れようとするが、少しだけ俺の方が速い。
鷲の羽根が辺りに舞う。
ゴロリ、と転がった『鷲パパ』が素早く身構える。
「油断したよ……どうにも追加器官は慣れなくてね。翼を仕舞うのが下手なんだ……」
───神・死体を食う者を喰らいました───
手羽先だ。唐揚げで食いたいが、まあ、レアも悪くない。羽根が歯に挟まるのが難点だな。
アナウンスでは神と出ているが、神クラスの者ということだろう。
悪魔を喰っても神だしな。
「ゐー……〈味は悪くない。誇っていいぞ……〉」
ああ、手羽先ひと口程度じゃ余計に腹が減る。
【自在尻尾】で足払い。
一瞬だけ、嫌そうに身動ぎしたのが災いの元だ。尻尾に引っ掛けた足を手前に引いたら、簡単に転んだ。
お前の他の部位も美味いかどうか、教えてくれよ!
「親父!」
横から飛び込んできた『翼竜イチロー』に狼頭の腕を抑えられた。
「ゐーっ!〈邪魔だよ、イチロー! 【満月蹴り】〉」
俺は『翼竜イチロー』の足の甲を踏みつけるように『満月蹴り』を放つ。
「ぐおあああっ!」
一撃「500」点ダメージ。さらに『もっちり』『魔力酔い』が入る。
さすが、『鷲パパ』のMPが高いだけあるな。
「「イーッ!」」「「カエーン!」」
『鷲パパ』に戦闘員たちが群がる。
「ゐーっ!〈さすがに500ダメージだとそれなりに衝撃を感じるか!〉」
俺は『翼竜イチロー』に普通の頭突きをかます。
『翼竜イチロー』の手が俺の狼頭から離れる。
「さすが肩パッドブレ! そのまま引きつけておくブレ! 【真・聖なる球】」
空中の『スカラベブレイン』が両手〈肢?〉を空中に向けると聖なる巨大球が出現、燃え始めたかと思うと眩いばかりの光が差した。
古代エジプトではスカラベの運ぶ球を太陽に見立てて崇めたのだったか。
なるほど、真なる姿はソレか。
だが、待て。それは元はアレじゃないか!
ヤバい、ヤバい、せめてひと口!
「ゐーっ!〈間に合えええぇぇぇっ!〉」
直後、大爆発が起きる。
爆風によって吹き飛ばされて、ダメージは幾らか入るものの、真なる球のダメージ自体は単体攻撃らしい。
直径8mほどのクレーターができていた。
「イ、イチローーーっ!」
「お、お兄ちゃん……」
『鷲パパ』は叫び、『雪豹雪美』は硬直した。
俺は、間に合った。ギリギリでひと口だけ、もっちり感を味わう。
うーむ、食感には満足だが味わいは苦味と臭みがな……やっぱり、毒性生物だからだろうか。
能力値は3だけ上がった。
「く、くくくうぅぅぅっ……肩パッドおおおおおおおおおおおおっ!」
『鷲パパ』が怒っていた。
お門違いじゃないか?




