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はい。本日二話目ですよ!
ヤツ、襲来!w
「いけ! いけ!」「のこったシャー! のこったシャー!」「頑張れー!」
現実では夜七時。
『作戦行動』の開始だ。
今は『昼・快晴』状況。
俺は『力士くん』着ぐるみの中に入って、参加者にタオルを渡す役だ。
肉襦袢に頭の被り物。肩から『横綱!』と書かれたタスキをつけている。
住宅街の真ん中で取り壊しになったスーパー跡地を使った臨時イベント。
『どろんこ大相撲大会』はなかなかに盛況だ。
枠組みの中は泥だらけ。近くには簡易シャワールーム完備で屋台まで出て大勢の『シティエリア』NPCがこのイベントを楽しんでいる。
どっ、と歓声が上がる。
小学生の部で随分な巨漢くんが、次から次へと他の小学生を投げ飛ばしている。
むふーっ、むふーっ、と荒い息をして巨漢くんが次を待つ。
「ええぞー! フトシ、その調子やー!」
巨漢くんの親だろうか。
応援に熱が入っている。
負けて、ドロッドロになった子にタオルを渡してやる。
それから、あっちに簡易シャワーがあるよと指さして教える。
すまんな、綺麗になるけどシャンプーハットは常備してないんだ。
目にシャンプーが入ると痛い。痛いけれど叫び出すほどではない。
この微妙な匙加減を今、泥の中で行司をしている『スライムシャンプー』のテイムモンスターたちがやっている。
下手をするとバレない可能性もある。
感情エネルギーの貯まりはゆっくりだが、これなら地域を変えてもう一回やってもいい気はする。
「……大丈夫よ、けんくん。あなたなら勝てるわ!」
「だって、ふとしくん、わざと痛くするんだよ……」
はっ!? この声は……。
つい、泥だらけの子供にタオルを渡すのも忘れて、俺の意識はそちらへと奪われる。
「けんくん! マギミスリルになるんでしょ!」
「でも……」
「ほら、勇気を出して! 投げられても、頭さえ汚れてなければいいのよ。
何回だってチャレンジできるわ!」
ああ、『スライムシャンプー』はわざとそういうジャッジをしている。
「だって……」
「大丈夫よ……」
いつになく母親の優しい声。
いや、正直、『けん』の名前を聞いた時点で張り倒してやりたい衝動に襲われたが、ちょっといい話っぽい。
まあ、今回は許してやるかな……と俺が思った時、母親はけんくんの肩を掴んで、力強く言った。
「けんくんはさっき、お腹痛いからって、順番を後にしてもらったでしょ。
おかげで、ふとしくんはもう体力の限界よ。
ただでさえ動きづらい泥の中でもう何人も相手にしているのよ。
けんくんがちょっと小突いただけで倒れちゃうかもしれないわよ」
おい、母親……ウィンクじゃねえだろ。
そういうセコい手を教育するんじゃねえよ。
「だって、怖いもん……」
「じゃあ、そうね……あの横綱をやっつけてごらんなさい。
大丈夫! けんくんは強い子でしょ!
あそこの横綱に思いきってぶつかって見るのよ!」
一瞬だけ暗い顔をしたけんくんだったが、次の瞬間には獰猛な虎のような目付きをして、俺に突っ込んで来た。
いや、待て待て。
俺はタオル配りで、今、両手が塞がっててだな……。
「うりゃああああああっ!」
「いいわよ、けんくん! そのまま【マギぶちかまし】よ!」
頭突きつきのいいぶちかましが俺に入る。
ごふぉ!
両手でタオルを守った俺は、後頭部をしこたま地面にぶつけた。
この野郎……。
だが、肉襦袢のおかげで痛いのは後頭部だけだ。
おお、今回の肉襦袢はすげーな。
「勝った! ママ、僕、勝ったよ!」
「かっこいいわ、けんくん! さすが、ママの子ね!」
普段ならお餓鬼様であるけんくんにガチギレする俺だが、今日ばかりはけんくんママにキレたいぞ。
「ゐー……〈待てや、こら……〉」
「さあ、その調子でふとしくんをやっつけるのよ!」
「うん!」
俺の両手がタオルに鬱がれ、立ち上がれないまま、けんくん親子は土俵である泥沼に行ってしまった。
「ゐー……〈誰か……起こしてくれ……〉」
他の人間アバター戦闘員に助けてもらって立ち上がると、泥沼では呼び出し係の戦闘員が次の取り組みを発表している。
「に〜し〜。ふとし花〜! ふとし花〜!
ひが〜し〜。けんのまぎ〜! けんのまぎ〜!」
「はっけよ〜い……のこったシャー!」
けんくんが、じりじりとふとしくんの隙を窺う。
「ふひーっ……どうした、来いよマギオタク」
ふとしくんは自信満々で迎え撃つ姿勢だ。
「けんくーん! 頑張ってー!」
「負けんなよ、ふとしー!」
両方の親が声を限りに叫ぶ。
「うわああああああっ! 【マギ張り手】! 【マギ張り手】!」
ふとしくんの胸に、ぺちぺちと張り手が当たる。
「ふんっ!」
ふとしくんは、わざと力を誇示するように、けんくんの頭を平手で押した。
ばしゃり、とけんくんは泥の中、だが頭までは汚れていない。
「のこったシャー! のこったシャー!」
「けんくーん!」
けんくんは立ち上がると変身ポーズをとった。
「変身! まぎみすりる!」
他の大人たちが微笑ましくそれを見守る中、ふとしくんは鼻で笑った。
「ふんっ、だっせー……」
「おい、ふとし! お前もやってやれ! ほらロータスフラワーって。いつも、やってるやつ!」
「や、やめろよオヤジ! そんなことしてねーよ!」
「何言ってんだ! やってるだろ、あのくるくる回るやつ。ほら、気合いで負けんな!
ろーたすー! ふらわ〜! とぅるるる、とぅるるる、とぅるるるるん!」
ふとしくんパパは、サラッとふとしくんのドSお姉さん趣味をバラした。
しかも、ふとしくんパパ。変身バンクシーンを一人完全再現である。
バーコード頭の父親がやるには、あまりにもファンシー!
ふとしくんパパの周囲の人たちは、スっと視線を逸らした。
「や、やめろよ! やめてくれよパパ!」
ふとしくんは動揺のあまり家での呼び方を暴露してしまう。
「けんくん、今よ! 【マギぶちかまし】よ!」
「わあーっ!」
けんくんの【マギぶちかまし】にふとしくんが尻もちをついた。
のこった。
「まだだ! ふとし、行けるぞ! ほら【ロータスうっちゃり】だ!」
「なんの、こっちは【マギ上手投げ】よ!」
「負けるなふとし! 【ロータス突き出し】!」
なんだかポケ○ントレーナーみたいな勝負になってきたな……。
いっそのこと、この二人の親を泥沼に突っ込ませるのが、正解なんじゃないか?
けんくんと、ふとしくんは、最終的にふとしくんの【ロータス浴びせ倒し】が決まり手になった。
「くそ! ろーたすなんて、いじめっ子じゃないか!」
「ばーか! ろーたすのはな、大人のみりょくなんだよ!」
勝ち誇るふとしくんに、けんくんは泣きながら戻って来た。
やれやれ、体格差から言えば当然の結果だ。
負けて当然の劣勢の中で言えば、かなり健闘した方だけどな。けんくん。
俺は、どすどす歩いて、けんくんの頭にタオルを掛けてやる。
さすがに泣き顔を晒させるのは心が痛い。
そう思った時もあったよ。
けんくんは叫びながら飛び蹴りをかましてきた。
「うああああああっ! みすりるきっく!」
もんどりうって倒れる俺。
「みすりるきっく! みすりるきっく! ちきしょー!」
一瞬、この野郎……と思った俺だったが、今、とても寛大な気分でキックを受けている。
何故ならば、そう、肉襦袢がとても優秀だからだ。
痛くなーい!
これほど素晴らしいことがあるだろうか?
もう、今後、これを自分の防具にしてやろうと思うくらいに痛くない。しないけど。
倒れたまま、そっともう一枚、タオルを差し出してやる。
ほら、涙拭けよ。
「う、う……うわーん!」
けんくんはタオルを引っ掴んで、簡易シャワーへと駆けて行った。
ああ、泣くがいいさ。負けて人は強くなれるんだからな。
係員の一人がやって来て、俺に手を差し伸べる。
「ご苦労さま……」
もしかして、一部始終を見られていたか?
少し恥ずかしいな。
俺は立ち上がる。
優しい顔をして、係員は俺に言った。
「とりあえず休憩してくれる。あそこのコインランドリーで。キレイになるまで出て来なくていいから……」
作り笑顔で怒られただけだった。
けんくんのキックで俺の着ぐるみはドロッドロになっていた。
俺は、とぼとぼと着ぐるみを洗いに行った。
「優勝したふとしくんには、最近話題の天然食材セットをプレゼント……」
そんなアナウンスを聞きながら、俺はコインランドリーに向かった。




