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三話目です。

本日はここまで。


 俺は『破滅の森の砦』の森の中を、静かに歩いていた。


 道はどこだ……。


 花畑で生命の讃歌に身を震わせて後、『ベータスター』がないことに気付いた。

 デスペナ対象外の『ベータスター』だったが、自分で落としてしまった場合、どうなるのだろうか。


 俺が足の痛みに転がり回ったとはいえ、凡ミスだ。

 しかも、煮込みにとっては大事なものだったはず。確か、ベータテスト時のイベント報酬で、死蔵するくらいならと貰ったが、ゲームログイン二回目で落としてなくしたなんて、さすがに言えない。


 俺が転がり回ったのだとして、この花畑からそう距離は離れていないはず、と当たりをつけて、探してみれば、確かに『ベータスター』はすぐ見つかった。

 しかし、その時点で自分の居場所を見失っているということに気付いたのだ。


 このゲームでは、MAP機能のようなものはない。

 もしかすると、そういうスキルはあるのかもしれないが、MAP機能はない。

 大事なことなので、二回、自分の心に刻むように独白する。


 せめて、花畑を見失わないように慎重に歩く。

 モンスターに見つかって、痛みを負えば、また自分の位置を見失う可能性がある。

 そうならないように、俺はそろり、そろりと歩く。

 少し進んでは、花畑の方向を確認する。


 ぴたり、俺は足を止めたと同時に木にへばりつく様に身を隠す。

 モンスターだ。頭に角がある兎。だが、その角の先端は丸いボールを取り付けたようになっている。

 電極? ……仮称、電極兎としておく。

 どうするか……戦うか、逃げるか。

 もそもそと動く電極兎は、あまり強そうには見えない。

 と、電極兎の電極が光る。

 バヂッ! と音がして、上から猿が落ちて来た。尻尾が異様に長く、その先端がトゲ鉄球みたいになっている猿だった。

 その猿に電極兎が近付くと、その電極を猿の毛皮に擦りつけていた。


 バヂヂッ……バヂヂヂッ……。


 充電してやがる……。恐らくはそういうことなのだろうと思う。

 猿は電極で撫で回される度に「ぎっ! ぎぃっ! 」と鳴きながら痙攣していた。


 やべえ……この黒タイツとか、静電気発生しやすそうだよな……。


 俺は自分の身体を見て思う。

 さらに、あの電極からの電気攻撃も痛そうだ。

 逃げるか、と俺が考えた瞬間、電極兎は満足したように猿から離れ、こちらに向かってもそもそと動き出した。


 俺は悟った。逃げられない。

 距離はある。だが、相手には遠隔攻撃がある。

 覚悟を決めるしかない……。


 グッと手にする『ベータスター』を強く握る。

 フルオートで当てられるか……。

 生命がひりつく瞬間というのは、こういうことを言うのかもしれない。


 いや、兎相手に何を言っているんだと笑われるかもしれないが、生きることの素晴らしさを実感してしまった現在、俺は奇妙な高揚感と緊張に包まれている。


 感覚設定をデフォルトに戻すというのも考えた。

 生命の讃歌のすぐ後、『ベータスター』を無事に確保した時のことだ。


 いや、実際には一度、デフォルト設定に戻したのだ。

 すると、デフォルト設定で初めてゲームに入った時は、あれほど感じたリアルだったが、今の俺には全くと言っていいほど響かなくなっていた。

 気持ちが悪く感じる。目に映る景色の鮮やかさはフィルターでも掛かったように、彩りを失い。

 頬に当たる風はラップフィルム越しのようで、時折聞こえる獣の声の遠近感がよく分からない。

 『ベータスター』から感じた鋼の冷たい頼もしさは空虚なプラスチックの玩具のようになってしまった。

 ダメだった。感覚設定を一度『リアル』で体験してしまうと、生命の重みを感じなくなる。

 口中に残る、青臭くて甘苦い薬草〈HP〉の味は油に包まれたかのような違和感しか残らない。

 途端に、この異世界と言ってもいい世界はモノトーンの空虚なゲームになってしまった。

 だからこその、『リアル』だ。

 痛みがある。不味い物は不味い。だが、俺はここに居た。俺という存在が、この『破滅の森の砦』という世界の薄暗くも確固たる異世界に居るのだ。


 だからこそ感じる、ひりつくような生命のやりとり、生きるために足掻く喜び。


 俺は黒タイツの肌を持つ異世界人となって、この世界を生きる。そう思えてしまう。


「イーッ! 〈生き残るのは俺だあぁっ! 〉」


 フルオート射撃で何度も起き上がる撃鉄ハンマーの振動を必死に抑え込むように、電極兎に当たれ、当たれと願って引鉄トリガーを絞る。


 バヂンッ! と俺の横にある木が弾ける。

 電極兎とお互いの闘志を込めた視線が交錯する。

 それも束の間、電極兎の電極の真下、人間で言うなら眉間の位置に確かな手応え、同時に電極兎は弾かれたように身体を横たえた。

 粒子化していく姿は、まるで魂が立ち昇って消えていくようだった。


「イーッ……イー…… 〈すまんな……だが、俺とてここで死ぬ訳にはいかんのだ…… 〉」


 後には白い玉が遺されていた。

 俺はそれを大事に拾う。


・エレキトリックラビット〈☆〉

 知力ロキ+1、精神ブラギ+1、素早さ(ヘルモーズ)-2

 【エレキショック】1

 静電気を集めて、電気攻撃をする兎。

 状態異常『感電』は強烈な痛みと行動阻害を起こす。


 ガチャ魂だった。そうか、ガチャ魂をドロップする場合もあるのか……。

 さっそく使用してみるか。

 ガチャ魂はインベントリに仕舞ってから、ガチャ魂枠に移動させると、入手したガチャ魂として認識される。

 それをスキルセット枠に入れれば、自分のスキルとして使用可能になるというものだ。


 俺が自身のインベントリ、これは腰にウエストポーチが付いていて、ここに入れれば自動的にインベントリへとアイテムが収納されるという仕組みなので、ウエストポーチにガチャ魂を仕舞おうとした時、どこからともなく声が掛かるのだった。


「待て! 待ってくれないか! 」



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