118〈はじめての和邇〉
基地。いつもの『大部屋』。
幹部の糸が叫んでいる。
「リポップ条件は、推定、指定位置Aから指定物が500m離れて五分後だと思われる!
シャーク団はまだ気付いていないようだ!
急いで運んで基地に貯めるんだ!」
『大部屋』の大画面では『港湾区』の指定位置から二つ目の『信楽焼の狸』を運ぶサクヤとゴスロリ衣装のみるくが映っていて、それをムサシとPKK部隊のにゃんこの日が見守っている。
こそこそと潜むように廃倉庫に入ってくるのはオオミ班の面々だ。
二人がかりで運んで、他のメンバーが場所を確保という形にしているらしい。
幽霊状態の俺の周りには、テイムモンスターたちが集まって来ていた。
俺が居る場所が分かるのだろうか?
五分経った。
「きうー」「こけっ」「タマー」
俺はシシャモの復活直後に復活する。
シシャモのところには慌てた様子の装備部の面々が集まって来ている。
「場所空けてくれ!」「急げ、二号回収、もたもたするな!」「いいか、シシャモ君、現状できているのは三号までだ。しかも、三号は特殊兵装機体で今までより操作が難しい。使いどころを見誤るなよ」「げえっ! 俺の二号が!」「目が光るとか余計な機構をつけるから装甲が脆くなる」「うるせえ! 目が光らなきゃ、起動した感じが出ないだろ」「そうだ! 発光ダイオード二個つけたくらいでどんだけ装甲変わると思ってんだ」「杭打ち機二個のほうが無駄だろ」「一個でいいんだよ、浪漫がねえ!」「馬鹿な! 二個つけたら浪漫二倍だろ」「一個しかないのがいいんだよ!」
すげーうるせぇ。
「装備部、集合!」
装備部が喧々諤々やっている内にレオナが復活した。
復活と同時の号令に装備部が慌ててレオナの前に並ぶ。
調教済みにしか見えん。
「あなたたちのするべきことは?」
「「「二号を洗浄・素材に戻します」」」
「「「四号を間に合わせます」」」
「よろしい、時間がありません。
装備部まで、駆け足!」
「「「イエス、イーッ!」」」
バタバタと装備部の白衣戦闘員が駆け足で去っていった。
「ウチの者が失礼しました」
レオナが全体に向けて頭を下げる。
全体に今まで通りの、普通の喧騒が戻ってくる。
「グレン、シシャモ、集まって欲しいピロ」
復活したムックに呼ばれる。
「僕たちはこのまま追撃に入るピロ。
レオナ班は『幕間の扉』で足止め。
急ぐピロ」
恐らく、鮫島と数人が俺たちと同じタイミングで復活しているはずだ。確かに急がないとまずいな。
「ゐーっ!〈あいつら第五島の方向に向かったよな? サメだからサメ橋が渡れるとかそういうことか?〉」
「たぶん、泳いで渡るつもりだと思います。
サメ橋をギリギリで避けて行けば、泳いで渡れるはずなので」
「つまり、サメ橋に着く前までに捕まえるピロ」
なるほど、割れやすい『信楽焼の狸』を持っている以上、あまりスピードは出せないはずだ。
急げば間に合うか。
「ゐー!〈キウイ。他のみんなはレオナたちに協力して、足止めを頼む〉」
俺はキウイに跨る。
野菜モンスターたちは『幕間の扉』前で鮫島たちの足止めだ。
「応援組のみなさんランニン!
みなさんの体力を貸してほしいランニン!」
ばよえ〜んがインベントリから大量の赤いランニングシューズを取り出す。
「おお、ばよえ〜んさんのためなら体力、貸すぜ!」「ばよえ〜んさん、頑張ってね!」「大丈夫だ、食い物用意して回復しながら応援してる。思いっきり走って来い!」
減る前から食ってるだろってツッコミはなしか……。
「ありがとうございますランニン!」
「僕はグレンの影に潜ませてもらうピロ」
「ゐー〈一人は俺とキウイ、一人は荷車に乗ってくれ〉」
煮込みが手を出してくるので、それを掴んで持ち上げてやる。
「ゐー〈おっさんとタンデムだがいいか?〉」
「何言ってるミザ、お・と・う・さ・んミザ!」
まだその設定、続いているのか。
「ゐー〈シシャモ、荷台に乗ってくれ〉」
「はい、お願いします」
俺たちは『幕間の扉』から飛び出した。
「こけっ、こけー!」
「【疾走駝鳥】ランニン!」
長鳴神鳥のキウイと『ダチョウランニングシューズ』が走り出す。
背後ではレオナ班とウチの野菜モンスターたちが散らばっている。
「第五フィールドモンスターじゃねえか!」
誰かの声が聞こえたが、誰だか確認する余裕はなかった。
「グレンさん、先行するランニン!」
「ゐーっ!〈頼む!〉」
「【引きずり回す物】ランニン!」
『ダチョウランニングシューズ』が加速する。再生怪人ゆえに能力値の倍率は低いとはいえ、それはキウイよりも断然、速い。
あっという間に見えなくなった。
「サメ橋は気持ちあっちミザ」
煮込みの先導に合わせて、方向を調整する。
明確な道はなく、それでも先人の通った痕を頼りに進んでいく。
遠く、隣の島が見えてくる。蒲の穂広場の先、サメ橋が見えてくる。
「【羽根投擲剣】ランニン!」
浜辺から『ダチョウランニングシューズ』が海に向けて、スキルを放っている。
俺たちが到着した時には『シャーク団』の八人が海をゆっくり泳いでいる時だった。
先頭の二人が『招き猫』と『信楽焼の狸』を抱えて泳いで、他の六人はそれを守るようにスピードを合わせている。
「ごめん、間に合わなかったランニン……」
「追います!」
シシャモが駆け出そうとするのを、一度止める。
大急ぎでキウイから荷車を外す。
「ゐーっ?〈荷車は完全防水の木製だ。ばよえ〜んと煮込みを乗せて、曳けるか?〉」
「任せてください! 水中系スキル、鍛えてますから!」
「ゐーっ!〈煮込み、ばよえ〜ん、シシャモと行ってくれ!〉」
「グレンとムックはどうするミザ」
「ゐー〈キウイと一緒に、サメ橋を渡る〉」
「サメ橋は渡った人がいないランニン!」
「ゐーっ!〈荷車は二人で限界だ。無理でもやるしかない!〉」
「付き合うピロ」
キウイの影からムックが顔を出す。
キウイは木々の枝から枝へと飛び移れる長鳴神鳥だ。
サメ橋も行ける可能性はある。
水中に浮かぶ荷車をシシャモが曳航する。
「【水中行動】【イルカ泳法】【船持つ海蛇】」
シシャモの背中から幻想の大海蛇が現れて、荷車を包みこんだ。
シシャモが進んでいく。
それを見て、俺はキウイをサメ橋へと進ませた。
「ゐー!〈キウイ、頼むぞ!〉」
「こけーっ!」
サメ橋は古事記にある因幡の白兎伝説を元にしている橋で、サメの背びれが海面に連綿と続いている。
水に濡れたサメの背中の上を飛び石代わりにすれば、反対側に渡れるはずの橋だ。
一定範囲内の海中にいるやつは食われてしまうらしい。
ひと声鳴いた、キウイが助走をつけて、跳ぶ。
このサメ橋、渡り切った後に「騙されたな」と言うと、フィールドボスが現れるのではないかと言われている。
何故そんな伝説が語られているかといえば、第二フィールドのフィールドボスに会ったことがある奴がいない。
更にサメ橋を渡り切ったやつもいないという、第二フィールドの謎から、噂話ができているからだ。
まあ、渡り切れたところで【言語】なしの俺には「騙されたな」とは言えないから、検証はできないし、今の状況で検証に手を出す余裕などある訳が無い。
キウイは肥満だが長鳴神鳥。
危なげなくサメの背中を渡っていく。
と、サメの一匹がキウイの踏み切り時に動いた。
「こけーっ!」
キウイは翼をバタつかせて、どうにか次のサメへと渡る。
すると、サメ橋のサメたちが、不規則に、ゆらゆらと動き出した。
渡らせないつもりかよ。
しかし、キウイは何度も翼を使い、時には爪を突き立ててふんばり、先へ、先へと進んでいく。
離れた横を泳ぐ『シャーク団』に時折、『ダチョウランニングシューズ』や煮込みの攻撃が水面を叩くが、まだ届く距離まで来ていないようだ。
今のペースなら先回りできる。
祈るような気持ちでキウイに掴まる。
キウイの荒い息が聞こえる。体力的に限界が近そうだ。
「ゐーっ!〈キウイ、頑張れ! もう少しだぞ!〉」
渡り切るまであと10mほど、そこまで来た時、キウイが跳んだ先のサメが消えた。
潜った!?
「こけっ? こ、こけーっ!」
一瞬のホバリング。だが、キウイの脚がサメに掴まった。
キウイは首を回して俺を咥えると、最後の力で俺を放り投げた。
「ゐーっ!〈キ、キウイッ!〉」
俺の身体は次のサメの背に落ちた。
キウイはもがいて、どうにか俺の方に寄ろうとしたが、途中で何かに引っ張られるようにして、キウイが水没した。
キウイの羽根が数枚、海面に浮いていたが、程なくしてそれは粒子化してしまった。
「ゐーっ!〈くそっ! キウイィィィッ!〉」
テイムモンスターの死。
俺が次に死んで復活することで、キウイは帰ってくる。
普段、肩に乗っているフジンやじぇと子もそれは同じだ。
俺と一緒にいる時、俺が死ねば、フジンやじぇと子も共に粒子化する。
そして、共に復活する。
キウイの死も一時的なものに過ぎないのは分かっている。
分かっているが、最後に俺を助けて、死地に足を踏み入れ、それでも俺に寄り添おうともがいたキウイに、俺は何も感じないわけにいかなかった。
「グレン、影を伸ばすピロ! この距離なら行けるピロ!」
俺の乗るサメがゆっくりと身体を揺らし始める。今にも潜りそうだ。
「ゐーっ!〈くそっ! 【闇芸】〉」
俺は俺の影に潜む『シノビピロウ』に言われるまま、影を伸ばした。
「【新月渡り】ピロ!」
今にも潜りそうなサメの上、俺は『シノビピロウ』によって影の中へと引き込まれた。
暗闇の中、『シノビピロウ』に抱えられて移動している感覚はあるが、上下左右、全く方向感覚が効かない。
光だ。そう思った時には『シノビピロウ』に抱えられて、俺は第五島に立っていた。
「やったピロ! 初めて渡ったピロ!」
『シノビピロウ』が喜んでいる。
ふと『シャーク団』を見ると、方向転換していく。
さらに、後方のサメ人間二人がシシャモに襲いかかっている最中だ。
まずい。
俺たちが先回りしたことで、奴らは第五島上陸を諦めて、第四島に直接乗り込むつもりか。
「あ、まずいピロ! ここからじゃ届かないピロ!」
「ゐーっ?〈普通にやったら追いつかないか……それに、俺とムックだけで指定物の奪取ができるか?〉」
答えは聞くまでもない。どう考えても戦力が足りない。
「ゐー?〈戦力、戦力か……フィールドボスが本当に出るなら、あいつらを閉じ込められるか?〉」
「ピロ?」
「ゐーっ!〈やってみるか!〉」
俺は海に向かって叫ぶ。
「ゐーっ!」
……。
うん、ムックに頼もう。
「数を数えるなんて、嘘ピロ!
お前らは騙されたんだピロ!」
……。
ダメか。噂は所詮、噂ということか。
そう思った瞬間、地震が俺たちを襲う。
穏やかな海の波が急激に膨らんで弾ける。
その膨らむ波に引っ張られ、『シャーク団』もシシャモたちも、サメ橋の方へと引き寄せられる。
弾けた中に現れたのは、超巨大な和邇だ。
サメ橋のサメが和邇の背中に突起のように並んでいる。
ウロコに覆われた身体、鋭い爪の四本足、背中のサメがイボにしか見えない。
巨大な口は、ひと口で島の三分の一を飲み込みそうな程デカい。
ギョー、なのか、ギャーなのか分からないが船の警笛を目の前にしたような大きな叫びだ。
俺と『シノビピロウ』は巻き起こる津波に攫われ、溺れて死んだ。
『シャーク団』はまんまとボスフィールドに掴まった。
『信楽焼の狸』は破壊され、『招き猫』は海底に沈む。
シシャモが死んで、『ダチョウランニングシューズ』と『マンティスミザリー』も溺れて死んだ。
『シャーク団』は指定物を無くしたのに、何故か第四島に向かって逃げた。
怪人化している上に【水中行動】があるのが余計に彼らにとって悪い方向に働いた。
簡単に死なない。死ねない。
フィールドボスはHPこそバカ高いが、攻撃力はそこまで高くない。しかも推奨Lv20〜という第二フィールドのボスだ。
水中に引きずり込む致死攻撃が効かない『シャーク団』はいたずらに死を長引かせていた。
もしかして、フィールドボスとの対戦経験がほとんどないのか?
慌てる姿や逃げ惑う姿、誰がヘイトを取っているのかすら理解していない動きを見ていると、そう感じる。
もう少し、見ていたかったが、俺は気付くと『大部屋』の幽霊になっていた。
 




