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近づくと『メガロメガロドン』の大きさを痛感する。
腕の一振り、足の一振りで、簡単に潰されそうだ。
シシャモの『リビコフ二号』と『メガロメガロドン』の怪獣大決戦は誰も近づこうとしない。
下手に近づいたら、その一歩に巻き込まれて死ねる。
集落全体に広がってしまった戦闘は、どこで何が起きているのか分からない混戦になっている。
『メガロメガロドン』の膝が『リビコフ二号』の腹に入る。
分厚い装甲に覆われているはずなのに、「12」点ダメージ。
中のシシャモは、ただの戦闘員だ。この数日でどこまでレベルを伸ばしたか知らないが、あんな攻撃、数発貰えば落ちるだろう。
「くっ、限界が……『放逐』!」
事実、シシャモのHPは限界だったらしい、時間的にはあと数分あったはずだが、『リビコフ二号』の頭の後ろからシシャモが排出される。
後ろ向きに倒れる『リビコフ二号』とそれより遠くに投げ出されるシシャモ。
まさか脱出装置付きになったのか……。
「ふん、無駄な足掻きだったな、シシャモメガ……」
『メガロメガロドン』がわざわざシシャモを潰そうと動き出す。
「ゐーっ!〈この大きさでいけるか分からんが……【封印する縛鎖】!〉」
地面から極太の鎖が伸びて、『メガロメガロドン』を拘束していく。
俺の左腕が代価として消し飛んだ。
「ゐ、ゐー〈つ、痛っぅ……〉」
シシャモがやられてしまえば、『幕間の扉』での攻防に未来がなくなる。
『メガロメガロドン』に入った状態異常が効いている内に、俺の狼頭で喰らえれば、重量級のパワーは出せなくとも、シシャモの盾くらいにはなってやれる。
そう考えて、痛む左腕に耐えて走り出すが、極太の鎖が一本、また一本と外れていく。
「ゐーっ!〈くそっ! 外れるの早すぎだ!〉」
『呪い』もとっくに効果が切れていた。
俺が近づくまでも保たないのか。
「ゐーっ!〈仕方ねえ、【希望】〉」
叫んでから、ぐっと口を閉じて堪える。
口中に違和感が生まれて、それが大きくなって俺の顎から短剣が突き出る。
さらに喉の奥からせり上がる水流を本能のままにぶちまける。
ぶぢんっ! と鎖が弾け飛んで『メガロメガロドン』の頭のひとつが俺を見た。
「てめぇ……かんばメガあぁぁぁっ!」
『メガロメガロドン』の足が俺を蹴りつけようとするが、その時には俺の【希望】が入っている。
「ぐが、がん……ばぁ……」
『炎上』『感電』『魅了』『目眩し』『昏倒』『方向誤認』『流血』『混乱』『神経毒』『氷結』『思考操作』『ショック状態』『魔力酔い』『弱毒』『胞子寄生』と様々な状態異常が入るが、ヒーロー並の速度で解除されていっている。
ヤバい、間に合わない……。
そうだ、状態異常の固定技があったはず。
代価︰???が怖いとか言っている場合じゃねえ。
「ゐーっ!〈南無三……【打ち付ける物】〉」
目の前に細長い石の棒が二本、現れる。
その棒は先端が尖っていて、後端は広がっている。
石器として作り出した釘みたいに思える。
それが、勝手に動いた。
ずぶり……俺の両太腿に瞬間的に刺さる。
「ゐーっ!〈なっ……ま、待、いっ……ぎゃあああああああああああっ!〉」
俺の両太腿を貫いた、石釘が俺の足を一瞬だけ固定した。
俺は駆けている途中の姿勢のまま、動けなくなった。
本能的に悟る。代価は俺の両足で、効果時間は俺が足を動かさずに耐えていられる間、俺が与えた状態異常は不変なのだ。
駆け途中のバランスの取れない体勢、これを維持している間は状態異常が解けることはない。
今は足を貫かれた痛みが鈍痛になって、ズキズキと俺の足全体を侵食している。
最初に動けなくなったのはスキルのアシスト効果だ。
それがなければ、俺はのたうち回って、すぐに効果が無くなってしまったことだろう。
顎と足から延々と、ズキズキが消えない。
痛みよりも、生命が減っていく恐怖がある。
すぐにも、のたうち回りたい衝動に駆られるが、どうにか耐える。
次第に恐怖が増大していく。
心臓の鼓動が異常さを俺に教えてくれる。
この心臓はいつまで動く……止まるな、止まらないでくれ。
だが、これだけのポンプ運動を心臓が続けると、今にも破裂してしまうんじゃないか?
早く鎮まれ……一瞬でも鎮まり始めると、そのまま止まってしまうような気になる。
ダメだ! 止まるな!
そんな、行ったり来たりを繰り返しつつ、恐怖に耐える。
狼頭で『メガロメガロドン』を喰らうどころの話じゃない。
自分の中の消えかける生命の灯をこれ以上、燃えるな、消えるなとそれだけに意識を奪われそうになる。
俺を影が覆う。
「ぐっ……はぁはぁ……グレンさんがくれたチャンス……無駄にしない……」
シシャモだった。
立ち上がったシシャモが、『リビコフ二号』の頭部につけられた刀の柄を握って、『リビコフ二号』自体を持ち上げる。
それは歪な巨大ハンマーのようなものだ。
『リビコフ二号』の頭の角は、角ではなく、『リビコフ二号』という武器の持ち手だったのだ。
振り上げられた『リビコフ二号』の影が俺を覆っていた。
「ぬおおおおおおぉぉぉっ! 喰らえ、『棺桶ハンマー』あああぁぁぁっ!」
ごきり、と危険な音がした。それから、べぐっ! と空虚な音。
『リビコフ二号』の中のスライムが、ぶじゅりと鎧から漏れ出す。
『メガロメガロドン』の軟骨が潰れ、サメ人間としての骨格が壊れる音。
肉を打ち、繊維を潰し、液体が噴き出す。
ごずっ! めきゃり! がっ! ごずんっ! どぐっ! がずっ!
『メガロメガロドン』だったものは肉塊に、『動く棺桶』だったものは鉄塊になっていく。
『動く棺桶』の中から死んだスライムがただの毒塗れの水分になって、漏れ出ていく。
「死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ……」
シシャモが荒い息を吐きながら、荒ぶっていた。
これが最後と、『棺桶ハンマー』を振り上げた時、シシャモの額を白い弾丸のようなものが貫通した。
「【確率賽弾】サイ」
シシャモと『リビコフ二号』だったものが粒子化していく。
『メガロメガロドン』も粒子化していく。
手の中でサイコロを弄びながら、立っているのは『サイシャーク』だった。
「あんたが有名な肩パッドだったサイ……でも、これで俺の勝ちサイ。【確率賽弾】」
投げられた賽に身体を貫通されて、俺の生命の灯は、消える方向へ傾いた。
───死亡───
「ニシ、ドチ、いつまでも遊んでるなサイ。
間を空けたら、最初に倒れた奴らが復活してくるサイ。あと三十秒で決めるサイ。出来ないやつはペナルティサイ」
「聞いたかお前らカン! トガリのペナが嫌なら、とっとこ片付けるカン! 【貫通光】カン」
強烈な光が辺り一帯を照らす。『カンテラシャーク』の必殺スキルのようで建物すらも貫通して『目眩し』を浴びせていく技のようだ。
「くっ……燃えるピロ」
『シノビピロウ』だけじゃない。味方が全員『炎上』を食らっていた。
光と熱のダブル攻撃か。
それから程なくして、俺たちは全滅した。
『マンティスミザリー』は最後まで抵抗したが、六人のサメ人間に囲まれてはどうしようもなかった。
「よし、今のウチに『招き猫』と『信楽焼の狸』を運ぶサイ……」
『幕間の扉』が光って、中からふたりのサメ人間が指定物を手に出てくる。
『招き猫』と『信楽焼の狸』だ。
『信楽焼の狸』があるということは、破壊以外のリポップ条件があるということだ。
サメ人間たちは第五の島方向へと向かう。
そこで俺は基地に戻されてしまうのだった。
食べられない哀しみ……クゥーン……。
ごめすっ! って痛そうな擬音に感じるんですが、皆さんが、これは痛いだろって擬音とかありますかね?
ごめすっ! 表現を地の文と別擬音に変えました。
 




