10〈はじめてのレオナの部屋〉
本日、六話目です。今日はここまで!
「───眠い……って訳でもないな……」
VRマシンとの接続を切った俺はログアウト後の感覚を確かめる。
ゲーム内は六時間区切りで、状況がランダム推移するらしい。
状況、例えば昼、夜、夕方、朝、他にも雨、曇り、レアな状況だと濃霧とか雪なんてのもある。
基本的には一日は一日で、ゲーム内時間を加速したりはしていないようだが、毎日同じ時間にログインしても、雨の夜だったり、晴れた昼だったりとあるらしい。
まあ、プレイヤーを飽きさせない仕掛けなのだろう。
さて、とりあえず今日はあれこれとあったからな。
レポートを纏めるか……。
携帯用リンクボードを立ち上げて、『REEARTH_JUDGEMENT_VRMMORPG』で俺が感じたことなどを纏めていく。
基礎知識的な物は、普通に他媒体を漁った方がいいだろうから、レポートといいながら、ほぼ日記みたいなものだ。
───結論、現実よりはちょっとボヤけてるが、確かに第二の現実と言われるだけのリアルを感じるな───と。
───送信───
さて、明日は仕事だ。とりあえず寝るか。
そう思って、布団に入る。
ピピッ、と着信。
従妹からのメッセージだ。
───感覚設定、デフォルトだからじゃね?───
ふむ……確かに痛覚設定とか低めに設定してあるんだったか……。
明日はそこら辺を弄ってやってみるか。
従妹には、もう少し言葉遣いを覚えろや! と返信して、俺は寝た。
「おばんどす〜」「おはー! 」「イーッ! 」
ログインすれば、『りばりば』秘密基地内の巨大復活石前、通称『大部屋』だった。
転移ポータルのある大部屋、俺が最初にログインした場所だ。
基本、ログインするとここに現れるらしい。
設定画面を呼び出して、感覚設定を弄る。
簡単操作という部分に『リアル』『50%』『デフォルト』『ユーザー設定』とあったので、『リアル』にしておく。
おお、物の質感とか全然違うな。
そんな感想を抱いていると、腰に巻いたポーチ付きベルトのバックルが光る。
なんだ、と思いバックルに触れると目の前にユーザー画面が立ち上がる。
チャット機能に『NEW!』の文字。
ユーザー画面は思念操作とタッチ操作、どちらでも可能だ。
俺は思念操作でチャット機能を立ちあげる。
煮込み:今日ログインするようなら、個人チャットに連絡するシザ〜
レオナ:本日は『装備部』勤務のため、初心者講習は同行できません。煮込みさんにお願いしてありますので、宜しければ煮込みさんに連絡してみて下さい。
レオナ:100万マジカの件ですが、一応、進展ありました。本日中なら『装備部』に来てください。
レオナはきっちりと『カロリーバー』の報酬を用意してくれたようだ。
なかなかに仕事が早いな。
そういうことなら、レオナを先に訪ねてみるか。
俺は『装備部』へとやってくる。
おっと、ついでに昨日消費したMP回復ポーションを補充していこう。
まずは二階のNPCショップだな。
「イーッ! 〈おっす! 買い物いいか〉」
球体関節人形ことNPCドールのアカマルに声を掛ける。
アカマルの顔に「いらっしゃいませ! 」と文字が浮かぶ。
買い物画面から商品を選ぶこともできるらしいが、NPCドールは俺の言葉を理解できるらしいので、要望を伝える。
「イーッ! イーッ? 〈MPポーションを2本と、疲労回復できる道具とかあるか? 〉」
「短縮睡眠ポッドならありますが、高いですよ! 」とこちらの懐具合を心配する文字が浮かぶ。
「イーッ! 〈いくらだ〉」
「三十分睡眠用で100マジカです! 」と申し訳なさそうな様子で言われてしまう。
「イー…… 〈そりゃ無理だ…… 〉」
俺が頭を抱えると、アカマルはポンと手を打つ。それから文字が顔に浮かんで、「食堂部の『エナドリα』とかどうですかね? 疲労にある程度の効果がありますよ」と教えてくれる。
「イーッ! 〈おお、そんなのあるのか! 悪いな! 〉」
「いえいえ、お役に立てるならそれで…… 」
頭に手を当てて、ぺこりと頭を下げる。
なんだか、普通に話してる感覚になってくるな。
「イーッ! イーッ? 〈それにしても、よくそんな情報しってるな。ドール同士で情報共有とかしてるのか? 〉」
「いや、そんな、ロボットじゃあるまいし……たまたま知り合いがやってる店だからですよ! 」
「イーッ! 〈ああ、そうなのか。すまん〉」
「まあ、勘違いされてる方はよくいらっしゃいますから…… 」
NPCドールとはよく言ったものだ。
NPC〈ノンプレイヤーキャラクター〉。
つまり、一個のキャラクターらしい。人格があるということだ。
見た目が球体関節人形だから、ロボット的に考えてしまうが、ちゃんとキャラクターなんだな。
アカマルに礼を言って、MPポーションだけ買って、とりあえずレオナに会いにいく。
残り49マジカ。心許ないな。
「イーッ! 〈レオナはいるか? 〉」
『装備部』の三階に上がって、店番をしている戦闘員に聞く。
「ああ、グレンさんですね。レオナさんに用でしょうか? 」
店番戦闘員は俺の頭の上を見て、そう言った。
どうやら、表示されている名前を確認したらしい。
あと、今の会話からいくと、俺の言葉は理解されていないみたいだな。
【言語】スキルを上げると戦闘員語の理解ができるのだったか。
俺は頷く。
「少々お待ちを…… 」
そう言って、店番戦闘員は奥に消えた。
少し待つと、レオナが奥から姿を現した。
「グレンさん、こんばんは! 」
今は昼時間だが、リアル準拠だとこんばんはか。
「イーッ! 〈なんだか昼間にこんばんはってのも変な感じだな〉」
「ああ、そういう人もいますね! では、こんにちは! 」
レオナは素直に言い換えた。
「イーッ! 〈おう、こんちわ! 〉」
「それで、さっそくなんですが、ちょっと一緒に来ていただけますか? 」
レオナについていく。
連れられていったのは『装備部』から離れて、『プライベートルーム』と書かれた通りだった。
網の目状の通路のそれぞれに看板が出ている。
『大鷲通り』『ヒグマ通り』『オルカ通り』……基本は白い通路に部屋が並んでいる。
その部屋の扉は各人の趣味が反映されているようで、色とりどりな扉が並んでいる。
「ここはそのものズバリ『プライベートルーム』ですね。
『ロッカールーム』で満足できなくなった人用のプライベート空間という感じで用意されてます…… 」
秘密基地というか、もうひとつの街って感じだな。
『大鷲通り』から三つ目、デフォルト色の白い扉だが細かく彫刻された扉に『レオナ』の表札。
「どうぞ! 」
レオナに促されて、その部屋に入る。
白と緑を基調としたさっぱりした部屋だ。
ワンルームではなく、続きの間があるようなので、かなり大きいのかもしれない。
レオナに勧められて、クリーム色の革張りソファに座る。
レオナはL字型ソファの短い方、俺が長い方だ。
正面にはガラステーブル。
「紅茶でもいいですか? 」
「イーッ! 〈ああ〉」
レオナが紅茶を用意してくれた。
とりあえず、ひと口、口をつけてみる。
立ち昇る香気とさっぱりとした飲み口。
僅かな渋味と甘みが本物の紅茶のように感じる。
そう人工調理品とは違う、複雑な味だ。
昨日のビールも美味いは美味かったが、この紅茶は高級品の味がする。
凄いなVR! ここに来て、VR技術の凄さを初めて体験した気がする。
いや、感覚設定を上げたからだろうか。
「イーッ…… 〈美味い…… 〉」
「ふふふ、お気に召していただけたなら良かったです……。
さて、本題を話してもいいでしょうか? 」
「イーッ! 〈ああ〉」
「……そうですね。まずは順番に行きましょうか。
グレンさんが獲得したカロリーバーですが、調べたところ、ヒーロー側レギオン『マギスター』の特殊な技術で作られたモノというのが確定しました。
そして、これによって我がレギオン『リヴァース・リバース』は技術流入3回目に至ることが確実になりました。
技術流入は奇数回ごとに、レギオンレベル上昇となりますので、レギオンとしても大幅パワーアップということになるんです」
「イーッ? 〈レギオンレベルとやらが上がるといいことがあるのか? 〉」
レオナは勿体ぶるように、ニヤリと笑う。
「前にも少し言ったかも知れませんが、まずは『装備部』の品揃えですね!
NPCショップに並ぶ品が増えます。それから、詳しく調べていけば、プレイヤーショップにも変化が出ますし、『食堂部』にも恩恵があると思われます。
それと、拠点強化という意味でも、レギオンレベルは重要です。
施設が増えたり、拠点防御力が拡充したり、あとは戦闘員への恩恵もあると予想されてますね」
「イーッ? 〈予想? 〉」
「怪人側レギオンとしてはウチが最大規模ではあるんですが、レギオンレベルはウチより高いところもあるんです。
それで、他のレギオンからの情報によると、そういうものも確認されているということなんです」
「イーッ! 〈そうなのか。てっきり『りばりば』がそのレギオンレベルとやらでも一番高いのかと思っていたが…… 〉」
「いえいえ、レギオンレベルが稼ぎやすいのはヒーローレギオンですし、怪人レギオンとしては、マンジクロイツェル、ガイア帝国に続く三位ですから…… 」
確かマンジクロイツェルとガイア帝国は、要注意とか煮込みが言っていたな。
レギオンの説明にも、ノルマありとか、ヒーローを倒す気概のある方だけとか、書かれていたはずだ。
「イーッ! 〈ちなみにレギオンレベルの稼ぎ方というのは? 〉」
「そうですね……『技術流入』『新素材発見』『ヒーロー打倒』あとは『レギオンイベント上位入賞』とかでしょうか? 」
ヒーローって倒せるのか。というのが俺の感想だったりする。
間近で見た『マギミスリル』は、正直、圧倒的だった。
本来のルールからして、ヒーロー側が勝つ前提のバランスで作られているのだろうという部分もある。
それが、ダメージによる経験値の獲得だ。
モンスターからは倒さないと経験値を獲得できない。しかし、ヒーローには一撃入れたら経験値が貰える。
これは、最初から勝てないだろうが挑めという運営の意志を感じる。
その運営側の意志を覆して、ヒーローを打倒する。
それを成したレギオンに恩恵があるというのは、確かに妥当なのかもしれない。
そんなことを考えていると、レオナが言葉を繋げてくる。
「それで、グレンさんに渡す対価の話なんですが…… 」
俺は思考を打ち切って、レオナを見る。
「幾つかパターンがあるんです。
ひとつは幹部クラスのプライベートルーム、家具・家電付き…… 」
「イーッ? 〈どんなのだ? 〉」
「ここと同程度の大きさになりますね」
レオナの部屋は個人所有とするには、かなり大きい。これが幹部クラスのプライベートルーム……ということは、レオナって幹部なのか?
「イーッ? 〈レオナは幹部なのか? 〉」
「いいえ、そんないいもんじゃないですよ。
雑用大臣みたいな役職ですから……アハハ、ハ、ハ…… 」
つまりは幹部らしい。
やけに乾いた笑いは気になるが、レオナはレギオン的にお偉いさんだ。
怪人側レギオンの女幹部というと、つい露出が派手なビキニアーマーの美人なんかを想像してしまうが、レオナはどちらかというと、研究者然とした格好だからな。
あまりそういうイメージがなかったな。
「イーッ? 〈他のパターンってのは? 〉」
レオナが『りばりば』の女幹部だからと、口調を改めることはしない。
あまりそういうのを望んでいるようには見えないし、俺も堅苦しいのは嫌だしな。
案の定、レオナは気にした素振りすら見せない。
「あとは『りばりば』で押さえているガチャ魂の譲渡ですね。ただ、さすがに星5はないので、星4と、他に幾つかということになります……。
それと更に別パターンなんですが、やはり『りばりば』で押さえているコアの譲渡という選択肢もあります。
あとは、それらの複合で100万マジカ分を賄うとかですね。
マジカでしたら、50万までは用意できますから、それも選択肢になります…… 」
「イーッ? 〈レギオンで持ってるガチャ魂? 〉」
「まあ、これもイベントなんかで貰った『星4確定コンパク石』なんかを『りばりば』のレギオン資産として管理しているといったものになります。コアも同様ですね」
コア……Lv80を超えた段階で持っていると、怪人に『変身』できるアイテムだったか。
「イーッ? 〈なんか、たかが拾い物ひとつで、そこまでして貰っていいのか? 〉」
レア中のレアを惜しげも無く放出しているような雰囲気に、少し不安になる。
だが、レオナは悪戯っぽく笑って「問題ないですよ」と言う。
「上の許可は取りましたし、こういう時の為の資産ですから!ふふふ…… 」
まあ、幹部のレオナがいいと言っているから、問題はないのだろうが……。
さて、どうするか。