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「おそらくですね。現実の雪の女王の裏解釈とか、そういう物語だと思うんですよね……」
ナナミが熱弁を振るうのを聞きながら、俺たちは尖塔を昇る。
長い螺旋階段だ。
「捨て子のカイが実は王子様で、勇者というのが良く分かりませんが、ゲルダと恋に落ちる」
「あの老執事が知人に預けたとか言ってましたけど、それが隣国に居たということなんでしょうかねー?」
「ゐ゛ーっ?〈八年探したとか言うなら、知人の手を離れたか、知人が老執事に知らせず住処を変えたかじゃないか?〉」
「なんて言ってます?」
ナナミが煮込みに通訳を頼んで、煮込みがそれを伝える。
「ふんふん……その辺りも今のシナリオを追っていけば出てくるかもしれませんね……」
「それで、たぶん、この国が氷に閉ざされる二年前、女王がカイ王子を連れて来るミザね」
「そうです! 女王にとっては親子の再会、ゲルダにとっては想い人と引き裂かれた時になる訳です!」
「でも、勇者が軍を率いて戦争を仕掛けてくるんだろ? それに親子の再会というがカイからしたら拉致じゃないのか?」
coinが疑問を呈する。
「雪の女王の原典で言うとカイの目と心臓に鏡の欠片が刺さって心変わりさせられてしまうんです!」
「夢のない話をしますとー、この国が貧しかったということは、隣国も同じようなものだった可能性はありますよねー。
だとすると、あなたは実は、急激に豊かになった国の王子様なんです、なんてことになったら、鏡の欠片が刺さらなくても心変わりする可能性はありますよねー」
それは夢のない話だな……。
「いや、でもてぶ、好いた女を捨てて金に靡くなんて、あるてぶ?」
ムサシが不思議そうにするが、それを冷たくあしらったのは、一番ファンタジーに傾倒しているはずのナナミだった。
「ありますよ。何、言ってるんですか。
好きじゃお腹は膨れないんですよ?」
「お、おうてぶ……」
ムサシは変な汗をかいている。
「でも、ゲルダはカイが忘れられずに追って来るんだろ?」
何故かcoinが抗弁している。
「隣国からしたら、自国民を拉致されてますからねー。
八年と五年で十三年、自分の子供を探し続けた女王が隣国にちゃんと手続き踏んで子供を取り返したとは思えませんからー」
「「侵略戦争でしょうねー〈ミザ〉」」
女性陣の方が現実的な見方をしている。
まあ、侵略戦争をしたい側からしたら、それはいい口実になるのかもな。
そんな中でゲルダは、ジャンヌ・ダルク並に祭り上げられていったとしたら……勇者ゲルダの出来上がりか。
「私の氷の彫像〈子供〉の情報とあの幽霊の情報を併せると、やはり全ては、大いなる者の復讐によってこの国は滅んだ、もしくは今も滅び続けているってところでしょうかねー」
「雪の女王のお話からすると、結果的にゲルダはカイを取り戻してますけど、こっちの世界だとどうなっているのか……くぅっ! 早く続きが知りたいです!」
ナナミが盛り上がっている。
そうこうしている内に、俺たちは尖塔の一番上、見晴台か見張り台か分からないが、そこに着いた。
眼下に広がる氷の都。
全てが雪の白と氷の青に閉ざされた街。
寒々しいが静謐が街を覆っている。
儚くも美しい光景ではある。
「グレンさん、下もいいですが、上を見て下さいよー」
サクヤに言われて、視線を上げる。
低く垂れ込めた暗雲は、掴めそうなほどに近い。
その雲が動くと、それは見えた。
全体は丸みを帯びている白で周囲に不気味な光を投げ掛けているように、白と雲の境目が虹色に、じわじわと動いている。
「ゐ゛ーっ!〈なんだありゃ……〉」
「たぶん、悪魔の鏡、大いなる者さんですかねー?」
太陽でも月でもない巨大な円。
長く見ていると、なんとも不快な気持ちにさせられる。
「ゐ゛ー?〈どういうことだ、そりゃ?〉」
「悪魔の呪いは空へと消えた、これが私のガチャ魂のフレーバーテキストにあったんですよー。
カイ王子を求めたということ、また、これもフレーバーテキストからですが、女王は都に住む人間を生贄に捧げたこと、それから老執事の言葉、この国に生きる者の魂は全て大いなる者の掌中に収まることとなるでしょうというのは、おそらく求められるのは魂で、悪魔は呪いを雪として降らせているのではないかなーとおもったんですよー。
魂は昇るものというイメージがあったので、それを掌中に収めるなら、空の上が便利かなーと。
雪を降らせるにも適してますしねー」
「その結果があの白い不気味な太陽てぶ?」
「太陽というより、鏡なんじゃないでしょうか?」
ナナミは首を傾げる。
「たしかに光を放つというより、反射している感じですね。
あれがこのフィールドのボスということでしょうか?」
「普通のフィールドなら三段階目にボスがいるはずミザ。
大きく敵の種類が変わったのは街と城だから、たぶんまだもうひとつ別のフィールドがあると思うミザ」
「ゐ゛ーっ!〈あれがフィールドボスだとしたら、めちゃくちゃデカくねえか!〉」
「下に降ろすか、上に行く方法が、埋まっていない地図にありそうですね……」
ナナミは地図とにらめっこを始める。
「ナナミ、さすがに今日はこれ以上は厳しいぞ」
coinがすかさず諭す。
「ええ、ポーション類も厳しいですし、なにより小麦を落とす訳にはいきませんからね」
ナナミも分かっているという風に頷く。
さて、遠足は帰るまでが遠足だ。
俺たちは螺旋階段を降りて帰路に着く。
「おい、こっちだ!」「とにかく広いところへ」「他の奴らに連絡を!」
「むむ、この騒がしさは嫌な感じですねー」
真っ直ぐな通路の奥にマンジの連中が見えた。
「プレイヤーいたぞ!」「よし、誘導だ!」「マップ確認しとけよ!」
「やっぱり……」
サクヤがいきなり俺の襟首を掴んで走り出した。
「あ、あ、まずいミザ! ダッシュ、ダッシュ!」
煮込みもまた走り出す。
それに合わせて他の三人も走り出す。
「ゐ゛ー……〈お、おい、いきなりどうした……〉」
通路を曲がる直前、少しだけ見えたのは氷人間? ドレスを着たようなシルエットがチラリと見えた。
「くっ……このままじゃ範囲に巻き込まれます!
coin、一緒に足止めで! サクヤさん、グレンさんをお願いします! 」
「おう!」
ナナミとcoinが足を緩める。
「フィールドボスミザ!」
「ありゃ、たぶん、雪の女王だてぶ!」
「グレンさんの小麦第一ですねー! 煮込みんマップ確認、お願いしますよー!」
「分かったミザ!」
煮込みが右、左と道を指示する。
どうやらフィールドボス︰雪の女王が出て、マンジの連中がトレインを開始したらしい。
フィールドボスはフィールド内を移動して、範囲に入った者は逃げられなくなる。
いち早く気づいたサクヤが俺の小麦を無事に持ち帰らせるため、逃げ出したということらしい。
「こんな迷路でフィールドボスとか冗談じゃねえてぶ!」
「確かに、かなり厳しいですねー。煮込みん、次はー?」
「左ミザ!」
「ゐ゛ーっ!〈待て待て、俺も走る!〉」
「もう少しお待ちをー! 今、足を緩めたら捕まる可能性ありますのでー」
「グレンは体力が少ないから、足を貯めておくてぶ!」
ムサシの正論が俺に刺さる。
「グレンさん、擬態で何か持ちやすい物になれますかねー。
落としそうですー!」
「ゐ゛ー〈も、持ちやすい物? お、おう……え〜と、【擬態】〉」
俺は咄嗟にリレー用のバトンに擬態した。
「くっ……確かに走るにはコレですね……く、くくっ……」
「バトンてぶ! なんでそんな世界観に合わないものになるてぶ!」
「ム、ムサシ! 勘弁してミザ! 脇腹引き攣るミザ……」
だ、ダメだったか? 走るには持ちやすいかと思ったんだが……。
だが、持ちやすさはあったようで、変なツボに入って、道を間違えたりはしたが、どうにか城の通用門を抜けられた。
「はぁ……はぁ……少し体力を回復しないと……」
さすがのサクヤも息が上がっているらしい。
煮込みとムサシも、それぞれにおにぎりなど出して小走りで食べている。
サクヤが俺を握っているせいで、俺は擬態を解いていいのか分からず、そのままだ。
「サクヤちゃん、代わるミザ」
俺はサクヤから煮込みにバトンタッチされた。
ムサシはしきりに背後を気にしている。
まだ、追われる可能性があるということか。
街に入って、ようやく三人の足が止まる。
「ど、どうにかなったでしょうか……」
「ナナミとcoinのおかげミザ」
「いや、まだ油断できないてぶ……あ、やっぱり聞こえるてぶ! あっちから!」
ムサシが指さしたのは、街中の方向だ。
「えっ?」
「ぎゃあっ!」「おい、応援まだか!」「増えてる、これ以上保たないぞ!」
は?
何故、街中から?
「おい、プレイヤーだ!」「巻き込め!」「おーい! 協力頼むー!」
それはレギオン『ガイア帝国』の連中だ。
他にも知らないレギオンが二〜三組。
だが、驚くべきは、敵だろう。
人間だ。 革の肩当てにマントを着込んだ数多の人間。
「煮込みん!」
「分かってるミザ!」
「レギオンてぶ?」
「ムサシさん、急いで!」
ムサシの走り出しが遅かったというより、マントを着込んだ軍勢の勢いが早かった。
走る煮込みとサクヤのすぐ後ろでムサシの足が止まった。
「フィールドボス︰ゲルダの軍勢てぶ! 後は頼むてぶ!」
ムサシは、くるりと振り向くとそのまま軍勢へと向かっていった。
ゲルダの軍勢の声は聞こえない。
何かを叫んでいるような表情で追いかけて来るが、薄刃の武器の鉄の音が響くだけだ。
それがより不気味さを増して、俺たちの恐怖を煽る。
「煮込みん、後はお願いします!」
「サクヤちゃん!」
サクヤはフィールドボスの範囲に巻き込まれた。
「ヤバいミザ! ヤバいミザ!
グレン、いざとなったら一人で逃げるミザ……初見のフィールドボスで、この新フィールドは人が少ないミザ……どう考えても不利すぎミザ! なんでひとつのフィールドに二人もフィールドボスが居るのかも、訳わかんないミザ!」
貴族街を抜け、集合住宅で道が入り組む方へ。
煮込みは覚えていたのか、迷うことなく道を進んでいく。
家の裏口を抜けて窓から外へ。
大通りでガイア帝国のやつらが二十人ほど固まっている。
「お、来たぞ!」「ボスはこの氷の壁をぶち壊すらしい! 構えろ!」「なるべく情報を持ち帰るんだ!」
煮込みは大通りが危ないと知って、踵を返す。小道の中から反対側に抜けられそうな場所へと入っていく。
「やれ!」「うわ、止まらねえ!」「ダメだ、雑魚が多すぎる!」
「後ろ……後ろに回れば、逃げられるミザ……」
だが、建物数軒分の距離が邪魔をする。
「あっ……」
煮込みは立ち止まる。
道が荷物で塞がれている。
どうするのかと思うと、俺にトレードが申請される。
「グレン、私のコア、預けるね。ちゃんと持ち帰って!」
核︰ミザリーが俺のインベントリに入った。
そうして煮込みは俺を荷物の上を通すように投げた。
そうか、コアだって落とす可能性はある。
なら、ムサシもそれを分かって持って来ていたのだろうか?
これは後で知ったことだが、フィールドボスはそんなにしょっちゅう出会うものではなく、普段は安全マージンを取って冒険に挑むから、コアを持つのは普通のことらしい。
何故ならコアにはスキルが付いている。
例えば核︰ミザリーなら、【恐怖攻撃】という相手に確率で『恐怖』を与え、疲労を溜めさせる効果を載せられる技が使える。
煮込みは逃げられないと悟って、俺にコアを預けてフィールドボスに向かった。
「ゐ゛ーミザっ!〈擬態解除! 【正拳頭突き】〉」
擬態解除時、高速攻撃が可能な力を利用して、自動突進系攻撃で距離を稼ぐ。
後は走る。
ひたすら走る。ここまで来れば、マップを見なくても道が分かる程度まで来ていた。
胡瓜を齧り、茄子を齧り、走る。
『幕間の扉』だ。
俺は開けるのももどかしいという風に、『幕間の扉』に飛び込んだ。
ナナミが一人、先に待っていた。
『大部屋』の中で俺に視線が集まる。
みんなが目を丸くしているが、ナナミと話し始めると、段々と視線は減っていった。
怪人だと思われたか?
まあ、いい。
しばらく待つと、次々と仲間が転送されて来た。
「負〜け〜た〜」「俺のコア、どうなってるてぶ!」「グレンさん、どうでした?」「いやあ、厳しいですね〜、あの人数じゃどうにもなりませんねー」
俺は煮込みにコアを返して、みんなに礼を言う。
「食生活の向上は重大問題ですからねー」
サクヤの言葉が全てだと言うように全員が頷く。
ふむ、そういうことなら精々、生産で恩返しさせてもらおう。
畑を弄り、さっそく小麦を植える。
明日のレギオンイベントはレオナが色々と考えているはずだからな。
早めにログインして、出来るだけ準備を進めたいところだ。
俺はみんなに改めて礼を言って、ログアウトするのだった。




