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城の中、迷路はあちこちで氷の壁が道を塞いでいて、地図がなければ延々と同じところを迷い続けていたかもしれない。
防犯のためなのかもしれないが、城の中央部は似たような作りの通路だらけだ。
地図があっても曲がる回数など覚えていなければ簡単に道を間違えてしまう。
俺たちは、初見だからこそ地図と首っ引きで、曲がる場所など間違えずに済んだが、それにしたってサクヤがちゃんと現在地を把握してくれていたからに過ぎない。
城に入ってから出てくる敵が変わった。
氷の騎士、街中に出た氷人間と同じような格好ながら剣技スキルを使ってくる。しかも『氷結』攻撃付きだ。
魔の尖兵は、黒い肌の人間の体の腕を伸ばして、背中に蝙蝠の翼、プテラノドンのような顔をしたやつで、『石化』攻撃を仕掛けてくる危険なやつだ。
また、魔の儀仗兵という魔の尖兵に皮の鎧、儀式用の杖を持った個体は熱気弾、流水弾、岩石弾、風力弾と精霊系スキルを放ってくる遠距離型。
一番厄介なのが氷人間にそっくりな水晶の彫像というやつで、こいつは物理攻撃がほとんど効かない上に、毒無効、光線系攻撃無効という、俺殺しみたいな敵だった。
地図があるとはいえ、初見だと敵の特性が分からないのもあって、それなりにダメージを受けたり、時間が掛かったりしてしまう。
どうにか城の外れの寺院に出るのに持って来たアイテムの半分ほどを消費してしまっていた。
寺院の前、凍った麦系植物が整然と並べられている。
▽香煎小麦 ▽小麦 ▽香煎小麦 ▽小麦
おそらく香煎小麦というのが幻想種なのだろう。
「ゐ゛ーっ……〈あった……遂に見つけたぞ……〉」
「パンと麺と餃子の皮ミザ!」
「春巻きの皮とかハンバーグの繋ぎなんかにも使うてぶ!」
「ふっふっふっ……小麦といえば、粉もんですねー。
たこ焼き、お好み焼き、たい焼き、大判焼き……大抵の食べ物に何かしらで使うものですから、これは大きいですよー」
「パン……小玉製粉よりも小麦の味が生きている、なんですよね……」
ナナミは小玉製粉の人工合成食料のキャッチフレーズを口にしていた。
パンが好きらしい。
「ゐ゛、ゐ゛ー……〈と、取るぞ……〉」
俺の目から見て、逆三角マークが着いているということは採取、生産可能ということだ。
そっと小麦に触れる。
───氷に覆われているため、採取できません───
「ゐ゛ーっ!?〈な……採取できない!?〉」
「「「「えっ!?」」」」
全員から声が上がる。
見れば、確かに小麦は氷に覆われている。
街や城の壁や物と同じだ。
「燃やしてみますかねー?」
サクヤがスキルを弄ろうとするのを、俺は抑える。
「ゐ゛ーっ!〈待ってくれ、たしか従妹が何とか言っていたような……そうだ! 蠍農民のスキルだ!〉」
俺は小麦の大地に【一刺し】を使う。
蠍尻尾が伸びて、その針を大地に突き立てる。
俺の身体から、尻尾を通じて何かが流れ込む感覚がある。
なんとなく、分かる。どれくらいの『熱毒』なら小麦に影響を与えず、大地に熱を持たせられるのかを、俺の『蠍農民』スキルが導いてくれていた。
少し離れて、ここに……さらに離れてここに……。
「あ、なんか氷が解けてきたミザ!」
「本当だてぶ……でも、最初のやつがまた凍り始めてるてぶ!」
なんだと。一瞬しか保たないのか。
【一刺し】で溜まる疲労を押して、刺したら収穫、刺したら収穫とやっていく。
ある程度の量が取れたら、無理せずやめて、後は自分の畑で増やすことにする。
疲労は休息を取ればある程度回復する。
寺院近くにかまくらを作ってもらって、俺たちは休息を取ることにした。
ナナミ以外の全員が蓑の補修をしている。
「皆さん、だんだん手馴れて来ましたね、ソレ」
「これが生命線てぶ」
「暖かさが違いますからねー」
ナナミの少し呆れた顔を横目に、俺は坦々麺を、他のメンバーは酒を呷る。
「ぷはぁ……お、来たミザ、来たミザ……温まって来たミザ!」
坦々麺、野菜出汁が変わったため、記憶にある坦々麺より美味くなっている。
辛味の奥の甘みが増したとでも言おうか。
体育座りで横を向いて、ちびちびと酒を飲むナナミは少し遠い目をしている。
「はぁ……」
どうもナナミは見た目に拘りたいタイプのようだし、あまりこの状況がお好みではないようだ。
だが、費用対効果を考えると、蓑一択なので、これはこれと諦めてもらうしかない。
次に俺たちが目指すべきはナナミが目星をつけた部屋だ。
部屋から部屋へと抜けて、道の代わりになっているでもなく、道の途中にポツンとドアが開いていて、そこだけの行き止まりの部屋。
他にそういう部屋がないからこそ、気になるとのことだった。
戦闘が激化していく。
城の中に入ってから、エンカウント率が上がっている気がする。
「ど、どっちミザ? 氷? 水晶?」
「殴ればわかります!」
coinのメイスが唸る。ダメージは「1」点。
「打撃じゃ分かんねぇてぶ」
ムサシのアサルトライフルが迸る。ダメージは「1」点。
「ゐ゛ーっ!〈水晶だ〉」
「1」点でも無いよりはまし、と俺は『ベータスター』を乱射。
サクヤとナナミ、ムサシのスキルでどうにか削るものの、被害は大きい。
周囲を警戒しながらの補修作業。
まあ、ダメになった部分を捨てて、新しいものを結ぶだけなのですぐ終わる。
「ナナミ、さすがにその防寒コートはもう交換しないとダメだろう」
coinがナナミを見て言う。
「いえ、大丈夫です」
「それ、もうほとんど防寒効果ないですよね〜。
ほら、『寒冷』が頭上で点滅してますよー」
「ゐ゛ー……〈もしかして、装備がもうないんじゃ……〉」
「ああ、それなら私の予備をあげるミザ」
「俺も買いすぎたあまりがあるてぶ」
「確かに安いから予備を幾つか買おうという気になりますよね」
全員からナナミに蓑、皮マント、携帯用貼る使い捨てカイロが提供される。
「くっ……もっとお金があれば……」
「着てしまえば、意外と気にならなくなりますねー。
ほら、どうせみんな同じですからー!」
サクヤと煮込みがテキパキとナナミのダメになったコートを捨てて、蓑装備を着せていく。
「はぁ……確かにご迷惑をおかけする訳にはいかないですからね……ありがたく使わせていただきます……」
疲れた顔でナナミが言う。
「ゐ゛ーっ!〈装備部にいえば、もう少しお洒落な蓑とか開発してくれるかもしれないしな。今は諦めてくれ〉」
「お洒落な蓑ですかー?
シルエット変えたら、防寒能力落ちそうですし、色を変えるとか、中のマントを工夫するとかですかねー」
「緑色にしたらギリースーツみたいになりそうてぶ」
「ゐ゛ーっ!〈ジャングルで着るつもりかよ〉」
「虹色とか可愛いかもしれないミザ」
「まあ、パッチワークみたいに今までの防寒コートの補修ができるようにするとかが現実的なところじゃないかと思いますけどねー……」
サクヤも多少の抵抗がある身として、お洒落コートに思いを馳せたいらしい。
「くぅ……暖かい……」
ガサリ、と蓑の中の皮マントを合わせて、ナナミが悔しそうに呻いた。
お洒落な防寒装備話をしながらも、俺たちは何とか部屋に辿り着く。
そこは貴族屋敷で見たよりも少し豪華な使用人の部屋という感じだった。
「わっ……死体ですねー」
「本当だ。このフィールドで初めてじゃないですか?」
サクヤとcoinが見ていたのは、ベッドに横たわる老執事の遺体だ。
傍らに毒と思しき小瓶が転がっていて、老執事は口から血を零している。
全てが氷に覆われているため、なんとも生々しい、死んだばかりという感じに見える。
と、何故か部屋が暗くなる。
「な、何!?」
「夜になったミザ?」
「あれ……ド、ドアが無くなってます! 壁!?」
全員の意識がドアのあった方向へと向かう。
すると、背後に何やら気配を感じる。
「ゐ゛ー?〈なんだ?〉」
薄ぼんやりと何かが見える。
「ひぃっ……」
「あ、あばばばば……ゆ、幽霊ミザ……」
「は? 馬鹿なこと言うなてぶ! これはゲームだばどお〜っ! だ、だ、誰てぶ!」
見ていると次第に姿がはっきりしてきて、それはベッドで死んでいるはずの老執事だった。
[恥ずかしながら……どうしても聞いていただきたく……]
「な、ななな、何ミザ! なんか寒いミザ……」
「これ、お話できますかねー?」
「ゐ゛ー〈勝手に流れるホロ映像みたいな感じだな〉」
[わたくしの懺悔になります……あの時、カイ様を捧げるよう言われた、あの時……わたくしは嘘を吐きました……お后さまの可愛がりぶりを見るに、どうしてもしのびなく……国の大事と分かっていながら、その日産まれたばかりの子羊を、カイ様と偽って、大いなる方へと捧げたのでございます……それが巡り巡ってこんなことになるなど……]
「……カイ? 今、カイって言いました?」
それまでガクガクと震えていたナナミが顔を上げた。
[全てはわたくしめの不徳ゆえに……知人に預けたカイ様が隣国の勇者に想われるなど……ましてやそれが原因で我が国が滅ぼされようとするなど……]
カイ王子は国王の儀式の中で、捧げられていなかった?
もしや、この老執事が国王が死んでから、女王にカイ王子が生きていることを伝えたのか?
だから、八年かけて女王はカイを探したのか。
[大いなる方はこの国を許してなどいなかった……騙されてなどいなかった……ただ淡々と最も絶望を深くするために、この国に恩恵を……]
また、大いなる者か。
こうなると、大いなる者こそ、悪魔なんじゃないかと思えて来るな。
ある宗教での神は、他の宗教では悪魔だ。
大いなる者と言われれば、神か、神に類するものというイメージがある。
神、すなわち悪魔をこのゲームでは『大いなる者』としてまとめているような気がするな。
じゃなきゃ怪人側で『ペルセウス』や『アキレウス』が出てくる意味がわからんからな。
つまり、悪魔の鏡ってのは大いなる者なんじゃないか?
[わたくしには女王様のお決めになることを、お止めすることができませんでした……この国に生きる者の魂は大いなる者の掌中に全て収まることとなるでしょう……きっとわたくしが捕まれば、わたくしは永遠の地獄を味わうことになる……ここまでお仕えしてきたわたくしですが……永遠の地獄に耐えられるとは思えません……申し訳ございません……わたくしは……弱い人間でごさいます……]
いつの間にか、老執事は毒の小瓶を手にして、それを飲み干す。
力なくベッドに腰を降ろすと、震える身体を横たえた。
[ぐぷっ……]
老執事は死体に重なるように死んだ。
部屋が明るさを取り戻す。
「ドアが戻ってます……」
「何がフラグだったんですかねー」
「イ、イベントてぶ?」
「ゐ゛ー……〈イベントだろうな……〉」
「くっ、なかなか細かいじゃないですか……」
ナナミが唸っていた。
結果的にこの国の繁栄は大いなる者の復讐のための繁栄で、その復讐の結果がこの氷の都ということか。
「さて、じゃあお楽しみの尖塔に向かいましょうかねー」
サクヤがまとめて、俺たちは更なる奥地へと足を向けるのだった。
 




