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また氷の壁だ。
脇に逸れて、この壁の反対側に出なければならない。
「右、左、右と来てますから、まずは順当に左ですかねー」
サクヤの言葉にまずは左から、敵は氷人間と氷犬だが、氷人間の種類が増えた。子供だ。
子供の氷人間は、今まで戦ってきた氷人間より弱い。力もなく、切り離した腕が飛んで来て爆発することもない。
難易度は何も上がっていなかった。
むしろ下がった。
「ゐー……〈くそ! 胸糞悪い……〉」
ゲームの中だし、敵として出るモブキャラだが、どうにも胸がもやもやする。
「んー、現状フラグ的なものも見えませんし、一度、無視して子供だけ残した時もそれで逃げたりもしませんでしたから、モブ敵と見るしかないですかねー」
「ゐーっ!〈分かってはいるんだけどな。どうにも弱者という感覚が拭えなくて、躊躇しちまうんだよな……〉」
「確かに子供の姿の敵を倒すのは心に来るミザ」
「もしかしたら、そういう罠という可能性もありますね……」
coinが顎を扱いて言う。
「ふん、ゲームにのめり込んでるやつほど、こういうのは掛かるかもな。
何かしらありそうなギミック……あの子供の氷の彫像の表情見たか?
恐怖に駆られたやつの顔だぜ」
なるほど、言われてみればそうだった印象がある。
分からないな。
現状では何も分からないから、襲って来るなら倒すしかない。
敵を倒しつつ、風雪が強まればかまくらを作ってビバークをして、俺たちは進む。だが、ここに来て俺たちは詰まってしまった。
王城方面に行く道の全てが氷の壁で埋まっていた。
「んん? これどうなってんだ?」
ムサシが頭を捻る。
「ああ、ここでしたか。すいません、ようやく記憶が繋がりました。確か、どこか建物に入れるところがあったはずです。そこに入って裏口から出ると反対側に行けたと思います」
coinはどこでそのギミックがあったのか失念していたらしい。
俺たちは王城側の建物をしらみ潰しに調べていく。
「あ、ここ窓が開いてますね!」
どうやらサクヤが見つけたようだ。
俺はフィールドに出る時にいつも書いているマップに大雑把ながら、「窓」と書き入れた。
窓から中に入る。
室内はこの世界の普通の一般家庭という感じだった。
食事をする部屋だろうか。並べられた食器類、半端に食事が並べられている。
正直、この部屋には不釣り合いのファンシーなテーブルクロス。
パンとサラダはあるのにメインの皿は空っぽだ。ワインの瓶は蓋が開いているのに、グラスには一滴も注がれていない。
椅子が一脚、倒れている。部屋全体に少しだけ飾り付けがしてある。
何かの祝い事の途中という雰囲気がある。
次の部屋への扉が開けっ放しだ。
その状態で、全てが氷に覆われ固まっていた。
「ああ、やはりここでしたね。ここを抜ければ反対側に出られます」
coinは一度、見ているからか、何も感じるものはないようだ。
次の部屋に入る。炊事場のようだ。
竈には鍋があり、下におたまが転がっている。
おたまはシチューで汚れていた。
「ゐー……〈なんだよ、これ、まるで祝い事の途中で何かあったような……〉」
「全部、凍ってますねー……」
サクヤも二の句が継げないようだ。
「これ、本ミザ……なんで、炊事場にあるミザ……」
煮込みが指さすのは炊事場の奥、バスケットに大事に入れられた一冊の本だった。
表紙は皮装丁で泣いている女と影の映る鏡、それに背を向ける男の子の絵がある。
「ゐー……〈雪の女王……副題は王子カイと悪魔の鏡……〉」
「読めるミザ?」
「ゐー?〈いや、読めるだろ?〉」
「いや、読めねーよ。楔形文字みたいなのが並んでるだけだろ。グレンって、考古学専攻?」
ムサシが聞いてくるが、そんな訳ないだろ。
「読めるんですか? なんて?」
「雪の女王、王子カイと悪魔の鏡、だそうですよー」
「ゐーっ?〈これ、俺の【古代語】が働いてるのか?〉」
「ああ、そういえばグレンは【古代語】持ってたミザ!」
「【古代語】?」
「グレンさんがようやく言語スキルを手に入れたって喜んでたスキルですねー。
なるほど、こういう効果があるわけですかー」
本は凍っていて開けそうもない。
「ああ、子供の誕生日かなにかで、この本は隠してあったんじゃないか?
ほら、下に布が落ちてる」
ムサシが言いたいのは、本来、その布で本を隠してあったんじゃないかということか。
何かで布が落ちてしまったのか。
「でも、雪の女王って童話ですよねー?
カイって普通の男の子じゃなかったでしたっけ〜?」
「いや、ここの運営がそのまま使うとは思えませんね。ナナミがいればもう少し考えられたかもしれませんが……あいつ童話とか好きみたいなんで」
coinが言う通り、ナナミは『遊興区』にある『グリムランド』の年間パスポートを買うくらいの剛の者らしいからな。
「まあ、気になるなら、今度聞いてみたらいいミザ」
裏口が半分ほど開いている。
俺たちは裏口から出ていくことにした。
「ぐがあああっ!」「ぐはっ!」
出た瞬間、coinが巨大な爪に襲われて吹き飛んだ。
「coin!」
煮込みが慌ててcoinの後を追う。
「やべぇ! 白くまだ!」「ミザッ!」「この……ぐぇっ!」
バンッ! バンッ! と二回大きな音が響く。
俺も後に続こうとすると裏口から出てすぐの位置に赤い三本線が見える。【野生の勘】の光、そう思った瞬間に俺は【緊急回避】でラインの外に跳んだ。
ガリッ! 地面を削る音がして、俺は慌てて振り返る。
体長3m超のサーベルタイガーみたいな牙と肩に角がついた白くまだ。
「ぐごおぅおっ!」
サーベル白くまが俺に向かって突進してくる。
サーベル部分は切り裂くのではなく、車のバンパーみたいな使い方かよ。
ばっちり、ロックオンされている。
「ゐーっ!〈てめぇ! 何ガンつけてやがんだよっ!〉」
【血涙弾】【逃げ足】で目線を合わせたまま目から血を飛ばして、後方3mまで退る。
嫌がったサーベル白くまは、頭を振った。
本能的に頭を振った方向に突進して、建物の壁にぶち当たる。
建物から大量の雪が落ちてきて、辺りに舞った。
「ごるふぁ……ぐるる……」
ダメージは入ったようだが、まだ健在か。
頻りに腕の長い毛で目に掛かった血を落とそうとしているようだが、上手くいってないようだ。
ストラップで背負っていた『ベータスター』を構える。
全員で攻撃を加えて、サーベル白くまは粒子化した。
魔石がドロップした。しかも二個。
「一個がグレンで、もう一個はcoinがいいと思うミザ」
「ゐー?〈いいのか? ダメージの総量で言ったらムサシじゃないか?〉」
「いやいや、最初にダメージ食らって、その存在を教えてくれたcoinと、反撃のきっかけを作ったグレンがMVPだろ」
ムサシがサムズアップする。
まあ、そういうことならもらっておこう。
それから、サーベル白くま、氷人間〈兵士〉、雪だるまお化けなどが敵として増えた。
もちろん、今まで出てきた氷人間、氷人間〈子供〉、氷犬なども出てくる。
大通りを頼りに進んで行くと次第に建物が大きくなっていく。貴族の屋敷みたいな感じで、庭付きのデカい家なんかが増えて来た。
戦闘が多い。
風雪がころころ変化する。
おかげでもらわなくていいダメージを、ちょろちょろもらっていてポーション類や装備類のダメージが激しい。
かまくらビバーク中、みんなでカレーを回し飲みしている。
「サラサラスープカレーがたまらんミザ!」
「ゐーっ!〈おい、飲み終わったら感覚設定戻しておけよ〉」
「しょっちゅうやってると、感覚設定の思念操作に慣れてきて、切り替えが早くなってきたミザ」
「あ、分かります。自分もムック隊長に併せていたら、いつのまにか食事時だけ感覚設定リアルにするの慣れてきました。
たまに失敗して、痛い目をみますけど」
「あるあるですねー」
煮込みとcoin、サクヤが感覚設定あるあるで盛り上がっている。
「まあ、確かにこの味を知っちまうと、体力回復や疲労軽減時はそうしたくなるかもな」
ムサシはあまり慣れていないようだ。
「ゐーっ!〈MPが減っているなら魔力胡桃もあるぞ〉」
ムサシが欲しいと言うので、渡してやると、落花生の皮みたいに胡桃を割って食べている。
力極ぶり勢はすげーな。
ムサシが割った胡桃をみんなで手を伸ばしてつまむ。
「おいい、俺は胡桃割り人形じゃねえぞ……」
「いやあ、便利ですねー。一家に一人、ムサシくん!」
「すいません、まだそこまで上げきれてなくて……」
coinは謝りながらも手を伸ばす。
「今までで、一番ムサシが役に立ってる瞬間ミザ!」
「いや、煮込みちゃん、そりゃないぜ……」
なんともトホホ顔をムサシが披露して、全員が笑う。
魔力胡桃はピリ辛だから、こういう寒い時に口にすると身体が芯から温まる気がしていいな。
「あれ……ドロップを見ていたら、インベントリにこんな物が……」
サクヤが取り出したのは、『氷の彫像〈子供〉☆☆☆』というガチャ魂だ。
「レアドロップ、あったんですね」
coinのひと言に全員がインベントリを調べ始める。
しばし、無言の時間。
「ゐーっ!〈あった! 『サーベルホワイトベア☆☆☆』〉」
「残念、落ちてねーや」
「あ、自分も『氷の彫像〈犬〉☆☆』が落ちてます」
「ガチャ魂はないけど、無料コンパク石落ちてたミザ」
「ゐーっ!〈すげー、星3だ!〉」
「まあ、次に何か落ちたら、ムサシに優先的に回すから落ち込まなくていいミザ」
「いや、インベントリに落ちるってことは、きっとそういう運命なんだろ。俺のことは気にしなくていい」
「ゐー……〈運命……運命ね。そういうことならひとつ試してみたいアーツがある〉」
「何ミザ」
「ゐーっ!〈【古代語】の派生アーツ、【言霊】ってやつだ。相手を祝ったり呪ったりするらしい〉」
「うーん【言霊】ですかー……聞いたことないですね〜」
「まあ、やってみるミザ」
「ゐーっ!〈【言霊】!〉」
───このアーツ使用時、続けて何か文言を発して下さい───
アナウンスか。何か、何か……。
「言祝ぐものなり!〈何か当たるといいな!〉」
「え? 喋れるんですか?」
coinが驚く。
「ゐーっ!〈なんだ今の?〉」
全員の頭上に『祝い』の状態異常が入る。
俺には入っていないようだ。
しばらく待ってみるが、簡単には外れないようだ。どれくらい保つもんなんだろうな?
「お、風が収まってきたな」
「ゐーっ!〈いまいち効果が分からんが、まあ、行こうか〉」
俺たちは先に進む。
ようやく古代語が活躍しました!
正しくは古代語が活きたとグレンが認識しました。
ゐーって言ってるだけじゃないんやで!




