0 side.プロローグ
本日は数話連投予定です。
「静乃!!」
慌てたように病室の扉を開いた従兄に向かって、静乃は包帯を巻かれていない方の目を見開いて、それから笑った。
「ぬひひ……グレちゃん、やっほー!」
静乃は従兄に向かって指を二本立てる、いわゆるピースサインで元気アピールをする。
静乃は十七歳になったばかりで、従兄は四十半ば、かなり歳は離れているが、気安い関係だ。
「おまっ……それどころじゃないだろ……」
従兄は額に手を当て、苦々しいナニカをどうにか飲み込むと、見舞い用の椅子を出して、それに腰掛け、続けて聞く。
「大丈夫なのか? 」
そう聞かれた静乃は満身創痍だ。
片手と片足、頭とぼてりと腫れた片目は痛々しい姿の包帯が巻かれている。
決して、大丈夫と言える風体ではない。
「見て分かんないかなー? 大丈夫な人はベッドでミイラみたいになってないと思わない? 」
従兄はあたふたとした表情を見せ、必至に言葉を探している。
「あ〜……いや、そうなんだけど、そうじゃねえだろ……俺が聞いてるのは、命に別状がないか、とか、そういう話であってだな……」
そこで、静乃は急に暗い顔になる。
さらに、静乃からは絶望的な言葉が紡がれる。
「……ダメ、なんだ。もう、わたし、死ぬと思う……」
「───えっ…… 」
従兄の声が硬いものになる。
だから、静乃はそのまま続けて言う。
「せっかく……せっかく買ったのに……ゲームできない……このままじゃ、死ぬ……」
「えっ? 」
従兄のキョトンとした顔があまりに間抜けで、静乃は噴き出しそうになるのを、何とか堪える。
いや、肩がぶるぶると震えている時点で、堪えられているとは言えないだろう。
「だから───ね、グレちゃんがわたしの代わりに……くっ……ゲーム……進めておいてくれなきゃ……死ぬ…… 」
「はいっ!? おい、静乃? 」
従兄は混乱している。
チラリ、とそれを覗き見た静乃は、もう我慢ができなかった。
「ぶふぉっす……」
「はっ? え? なん……どういう……? 」
一頻り女性にあるまじき豪快な笑い、従兄からはいつもそう評される笑い声を上げてから、静乃は「あ、いたた……ぶはは、いたた……ぶはぃたぁ……」と痛みと笑いにどうにか抗う。
その間、従兄は静乃を落ち着けようと必至に呼び掛けていた。
「だから、おい、静乃! どういうことだ? 」
「はぁはぁ……はぁぁああ、痛かった…… 」
静乃は笑い涙だか痛みによる涙だか分からない目尻のそれを拭いながら言う。
「だからね、グレちゃんが、わたしに代わってゲームをやって、そのプレイレポートを聞かせてくれれば、死なないの…… 」
「いや、お前、何言って…… 」
未だ意味を呑み込んでいない従兄が眉間に皺を寄せて、聞いてくる。
「もう……分かんないかなあ?
あのね、わたしが楽しみで、楽しみで、ようやく手に入れたゲームが、入手したその日に事故でできなくなったの! 」
「お、おう…… 」
静乃の圧力に押されたように、従兄はそう答える。
「だからね、わたしはこのままじゃ、退屈で、退屈で、死ぬの! 」
「お……え? ん? 」
「わたしの生きる希望は、このゲームをグレちゃんがやって、そのプレイレポートを聞かせてくれることなのっ! 」
「静乃、お前、頭でも打ったのか? 」
途中で正気にかえったらしい従兄が冷静にそう突っ込んでくる。
「打ちましたけど、ナニカっ! 」
静乃の日本人形のような長い黒髪に白い包帯が巻かれている。
外見だけで言えば、美形で通る静乃だったが、包帯に隠された部分の惨状を考えると、なまじ元が美形なだけに従兄は笑えない。
そんな静乃の今回の事故は、トラックに真正面から、こんにちわ! しているのだ、これは従兄の失言である。
「お、おう……すまん…… 」
「だから、はい、これ! 」
静乃はベッド横のサイドボードに置かれた茶色〈変色前は赤だったのだろう〉で模様が描かれてしまった白い紙袋から、ゲームソフトを取り出して、従兄へと突き出す。
「REEARTH_JUDGEMENT_VRMMORPG? 」
「うん、リアース・ジャッジメント! 略して『リアジュー』! 」
「リア充……恋愛シミュレーションか? 」
「バーチャルMMORPGだってば…… 」
「ああ、ファンタジー世界の登場人物になってってやつか…… 」
「違う、違う……とも、言いきれないのかな……? 」
「んん? 」
「ファンタジーっぽい要素もあるらしいけど、簡単に言えば、特撮ヒーローRPGらしいよ」
「ヒーローになって地球を救おうってか?
静乃がやるゲームにしちゃ、子供っぽくないか? 」
従兄は静乃の趣味がゲームであり、その嗜好も理解しているつもりだったが、その静乃にはあまり似つかわしくないゲームだという印象を抱く。
「ぬふふふふふ……そのゲームね。プレイヤーは現体制側と反体制側に分かれてやる、対戦型MMOなのよ…… 」
「現体制側と反体制側? 」
「そう、ヒーローと怪人、どっちに与するかで、色々と変わる仕様なの! 」
「へえ……ただ単にヒーローになって悪を倒すって訳じゃないのか……ってことは、静乃はもちろん…… 」
「反体制側よ! 」
「やっぱり……」
「グレちゃんだって、そうでしょ? 」
「いや、ただ悪役プレイするって、楽しいか? 」
女子高校生の静乃と違って、従兄は社会人である。
若い頃ならヒール役に憧れもしたろうが、今となっては昔の自分を恥じるばかりである。
そんな昔の事が、叔母から伝わって静乃から『グレてた、グレちゃん』呼ばわりされるのは、正直、心外なのだが、何度やめろと言っても効果がないので、『グレちゃん』は渋々と諦めている。
「悪役プレイじゃなくて、反体制側! 」
静乃が抗議する。
「怪人だろ? 悪役だろ? 」
そんな従兄の発言に、静乃は設定が違う、と抗議する。
静乃が語る設定とは、こうだ。
☆☆☆
むかし、むかし、世界はふたつから成り立っていました。
ひとつは科学文明が発達していく世界で、もうひとつは魔法文明が発達していく世界でした。
ふたつは同じ世界の表と裏。
どっちも表で、どっちも裏でした。
ふたつの次元に、ひとつの世界。
ひとつの世界でバクテリアが生まれた時、もう片方では龍が生まれました。
ひとつの世界で大いなる人が生まれた時、もう片方では信仰という概念が生まれました。
そうして、ふたつの世界はお互いに影響をちょっとずつ与え合いながら発展していきました。
でも、ある時、別の世界が言いました。
ふたつでひとつなんて、おかしい。と。
ふたつの世界は自分たちはおかしいと気付きました。
別の世界はふたつの世界からひとつを選び、君が残るべきだと言いました。
そうして、ふたつの世界はひとつの世界になっていきました。
☆☆☆
「ふーん……つまり、科学文明の世界が残ったって話か? 」
「ううん。科学文明が残ろうとしている世界ってことね……」
「つまり、魔法文明世界が怪人側で、科学文明世界がヒーロー側ってことだろ? 」
「簡単に言えば、そうだけど…… 」
「いや、分かってる。要はどちらにも言い分があるからこそ、正義と悪って分け方に違和感が生じてるんだろ? 」
「そう! だから、現体制側と反体制側なの! 」
「ただ、反体制側って、簡単に言えばテロ屋みたいなことするんだろう? 」
「あ、このゲームは違うから」
「違う? 街を燃やして、人間殺してってゲームじゃないのか? 」
「ええとね……NPCを殺したらダメなのよ……反体制側の世界って、ほぼ死にかけで、その世界の維持にNPCの感情エネルギーが必要なのね。
だから、NPCを怖がらせたり、驚かしたりするんだけど、必要なのは感情エネルギーであって、殺したら感情エネルギーが取れなくなるから、ペナルティとかになるんだって! 」
「んん? それだとゲーム設定として破綻してないか?
感情エネルギーが取れればいいんなら、反体制側はそれこそ遊園地でも経営してればいいんじゃないか?
それなら、ヒーローが出てくる必要もないだろうし……」
「そこがこのゲームの面白いところで、感情エネルギーを取る事は、イコールでその瞬間の記憶を奪うことでもあるのよ。
つまり、お化け屋敷を作って、そこに来るNPCから感情エネルギーを奪うと、お化け屋敷で怖いと感じた記憶もなくなるから、お化け屋敷として成立しなくなるんだって」
「つまり廃れると? 」
「そう! それで、どうやって感情エネルギーを奪うかってのは、プレイヤーの腕次第なんだって! 」
楽しそうでしょ! と目を輝かせる静乃に、従兄は「まあ、なぁ……」と曖昧に答える。
どちらにせよ静乃が言い出したことは否定できない従兄である。
選択肢など始めから無いのだった。
作者のおバカで、主人公の年齢が上がりました。
申し訳ございません。
最近、ちょくちょく大ポカをやらかしております。
時空の歪みを見つけてしまった場合、ぜひ時空パトロール〈作者〉まで通報いただけるとありがたいです。
場合によっては「生温かい目で見てね」が発動する場合もございます。ご了承くださいませm(_ _)m