夜道を歩く
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キャバレーで色々楽しんだ後、俺達は夜道を歩いて宿屋へと向かっていた。
「ところで皆様、依頼のほうは受けてくださるのでしょうか?」
そんな中、アンリさんが不安そうにそう問いかけてくる。
その答えに悩む時間は必要なかった。その質問に対する答えは、俺の中でもう出ていたのだ。
「俺は受ける」
「おぉ、それじゃあ俺たちも・・・」
「いや、自分の意思で決めてくれ。せっかくだし祭りも楽しみたいだろ?」
タイタスが言い終わる前に、そう言って遮った。
祭りを楽しめる機会なんてそうそうないし、普段からこいつらには迷惑かけているからな。
たまの休日なのだ。三度こいつらの楽しみを奪うのは、俺としては避けたいところであった。
「おいおい、俺たちがいなくても大丈夫なのかよ?」
「ガキじゃねぇんだぞ。安心しろよ」
がさつそうに見えるタイタスだが、結構気が利く男なのだ。
割と本心からの言葉なのだろう。
滅多にない機会なので、俺のことなど気にせず楽しんでもらいたいところである。
「て言ってもなぁ。ラス、お前はどうするんだ?」
「・・・僕は、行ってみたいです」
遠慮がちにそう答えたラス。
少しばかり恥ずかしそうだ。
そしてそれを見たタイタス、にやにや笑ってタスの肩をたたいた。
「お~、そうかい、だったら俺も行こうかな。お前の世話役も必要だろうし」
「いりませんよ」
「馬鹿言うなよ。誰がお前の口を拭くんだ?」
「・・・チッ」
「おいおい、不貞腐れんなよ」
そう言われると、流石のラスも黙るしかなかった。
ただ結局のところ、タイタスは祭りに行く口実が欲しかっただけなのだろう。
「ではネイ様だけがお受けいただけるということで、よろしいですか?」
「あぁ、悪いな」
「いえ、わがままを言っているのはこちらですので、どうぞお気になさらず」
「そう言ってもらえると助かるよ」
別段不機嫌な様子も見られなかったので、こちらとしては一安心だ。
相手は皇族の人間なのだ、圧制的に来られようものなら断るのも難しいからな。
「うし、土産はちゃんと買ってくるからよ。期待しててくれ」
「飛び切りいいのを頼む」
「任せときな」
にやりと笑うタイタスを横目に見ながら、未だ騒がしい夜道を歩く。
もうすぐ始まる建国祭、その準備は夜間にも及んでいるのだ。
「見えてきました、あちらが宿となっております」
そう言ってアンリさんが石製の建物を指さす。
豪華な建造物だった。ランタンの上品な光が、小綺麗な窓から漏れ出ている。
「げっ、高そうな宿屋だな。あんなとこに泊まっていいのかよ?」
「問題ありません。ごゆるりとおくつろぎください」
そんな二人の会話を聞きながら、宿屋の扉を開いた。
「ようこそいらっしゃいました、どうぞカウンターの方へ」
そう話しかけてきたのは、この宿屋の従業員さん。
城の執事みたいな上品な制服を身にまとっている。
そんな彼の案内に従って、宿屋のカウンターまで歩く。
「アンリです。城のほうから連絡は来ているでしょうか?」
「ッ!?これは失礼な態度を取ってしまい、申しわけありません」
「謙遜しないでください、立派な態度でしたよ。それで、連絡のほうは?」
「これは失礼しました。その連絡ですが、しっかりと受け取っています。今しがたお部屋の掃除も完了致しましたので、すぐにでも案内可能です」
「分かりました、それではよろしくお願いしますね」
「かしこまりました」
頭を下げながら、従業員さんがそう返事をする。
そして再び頭を上げると、机の戸棚から一本のカギを取り出した。
「こちらがお部屋の鍵です。105号室となっております。従業員の案内は必要でしょうか?」
「いりません。お前らもいらないよな?」
「おう、流石に迷わねぇだろ」
「ですね」
俺の仲間たちに重度の方向音痴はいない。
強いていうなら俺くらいだが、ブルーさんがいるので何の問題もなかった。
「さてと、そろそろミシェル陛下が心配される頃合いですので、私はここで失礼させていただきます」
「そうですね、今日は本当にありがとうございました。一人で大丈夫ですか?」
一応女性だし、裏組織の話もあるのでちょっぴり心配だった。
「確かにちょっと不安ですね。距離もありますし、よろしかったら一緒に来ていただいても・・・?」
「構いませんよ」
「ありがとうございます」
そう言ってぺこりと頭を下げたアンリさん。
別に気にしなくてもいいのにね。
「と、言うわけでお前ら。部屋で待っててくれや」
「まぁいいけどよ・・・」
「僕もご一緒しましょうか?」
「さすがに要らないんじゃないか、多分」
「人の数はそれなりにあります、そう気を使ってもらわなくても結構ですよ」
「だがな~」
ラスは納得した様子だったが、タイタスはなかなか納得しなかった。
一体なんでなんだろうね?
『・・・』
おっと、ブルーさんが何か言いたげだ。
一体どうしたんだ?
『・・・朴念仁』
は?朴念仁?
何で?
『分からないならいいですよ』
ブルーはそう言ったっきり、俺の問いかけには答えてくれなかった。
何というか若干の呆れの色が見えた気がする。本当に何で?
「ま、安心しろよ。何とかするって」
「いや、実力の心配をしてるわけじゃ・・・」
「なら断る理由がないだろ?何がそんな気になるんだ?」
「えっ、いや、その・・・」
「何をそんな言い渋ってるんだ?はっきり言ってくれ」
「・・・いや、悪い。お前に任せるよ」
おっとタイタスも納得してくれたみたいだな。
たけどその顔色は若干沈んでいた気もする。まぁ気のせいだろう。
「解決したようですね。それではネイ様、行きましょうか」
「分かった」
頷き返す。
そのまま宿のエントランスを歩き、その扉を開けた。
ほのかに暖かい夜風を感じつつ、夜のビョルケスの街に再び舞い戻るのだった。
十月二十五日