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とある勇者の冒険譚  作者: azl
幕間3
50/69

雪月の談

 カメテ付近の大森林。

 その中で、木の枝の上に立ち、月を眺める男がいた。


 髪の色は黒。そしてその右手には、銀髪のカツラが握られている。


「ホントっ、あいつら人使いが荒いよなぁ・・・」


 思わずといった様子で愚痴を漏らす男。

 吐いた息が白く染まり、その気の抜けた顔も相まって、口から魂が抜け出ているかのようだ。


「えっと、今日は定時連絡の日だっけ」


 だがそれでも、与えられた任務はしっかりと遂行する主義らしい。

 半ば閉じられた目をこすりながら、とある魔法を発動させる。


『どうしました?定時から少しばかり遅れていますよ?』


 その魔法の名は念話。ブルーも同じ魔法を使えるが、それよりもずっと伝達範囲が広くなっている。


 そしてその言葉を聞いた男は、眉間にしわを寄せ、不機嫌そうな声色で言葉を発する。


『うるさいな。色々あったんだよ』


『ほう、色々ですか。詳しく説明しなさい』


『そうだな・・・、本当に色々あったんだが、一番大事なのは黒い使者が現れたことかな』


『・・・それは少々面倒ですね』


 若干の焦りを含んだ声が、念話を通じて届けられた。

 だがそれもほんの一瞬、すぐに厳格な雰囲気を取り戻して、その男を質問攻めにしる。


『で、そいつはどうなったんです?』


『東の方に飛んでいったよ』


『逃がしたんですか!?』


『しゃあねぇだろ、表立って行動するわけにはいかないんだから』


『違いますよ。何故一撃で仕留めきれなかったのかを聞いているのです!!』


 耳をつんざくような怒声に、その男も顔をしかめる。

 だが特に声を荒げるでもなく、起こったことを淡々と話し始めた。


『俺じゃなくて勇者が戦ってたんだよ。胴を真っ二つにはしてたけど、俺たちはそれくらいじゃ死なないだろ?』


『・・・それは失礼、早とちりしていました』


『ハハハ、分かればいいんだよ』


 口調は優しいが、その顔は”ざまぁみろ”といった感じで、ぐちゃぐちゃに歪んでいる。

 だがそれも無理はなかった。彼は念話越しにいる相手に、年中無休無賃金で扱き使われているのだから。


『で、これで俺の仕事は終わりなんだよな?』


『は?勇者がその役目を果たすまで、貴方は監視を続けてください』


 それがさも当然であるかのように、言い放たれたその言葉。

 だがその男が黙って受け入れるはずもなく、抗議の声を上げた。


『は?ふざけんなよ!!これ以上俺に働けっての!?』


『ふ~む、貴方が嫌ならそれでもいいんですよ。ですがその場合、私たちはマンモンに頭を下げる羽目になります』


『そうじゃそうじゃ!!あんな奴に頭を下げるなんぞ、死んでもご免じゃわいッ!!』


『そうですよ。そんなの、生き恥をさらすようなもんじゃないですか』


 急に念話越しの相手が増える。

 黒髪の男は、眉間のしわをさらに深くしながらも、数の有利を取られた今では、もう対抗できないことを悟ってしまった。


『チッ、だったら俺にも頭を下げろよな』


『嫌ですよ、貴方に下げられるのは、顎の先くらいです』


『意味の分からん単語作るんじゃ・・・』


『あなたのくだらない戯言に付き合うつもりはありません。それで、監視の任務は継続してくれるんですよね?』


 断られることなど考慮していない。

 頷かれるのが当然、みたいな声色だった。


 尤もその男も、断るようなことはしない。

 断ったら後が怖いのである。


『・・・受けてやるよ』


『おぉ、そう言ってくれると信じていましたよ』


『うむ、この仕事はお主にしか任せられんからな』


『そうそう。私たちは今の仕事で忙しいからね』


 ”殺してぇ”などと考え始めてしまった黒髪の男。

 もはや堪忍袋の緒も切れかけている。


 これ以上話していると、そのうちブチ切れてしまうだろう。

 それにどうしてもやっておきたいことがあった、だからなんとかしてこの会話を終わらせようと模索する。


『用が済んだならもう切っていいか?』


『ふむ、もう少しあなたの報告を聞いておきたいのですが・・・』


『大したことじゃねぇよ。黒龍の出現とか不死牛の復活とか』


『結構大したことありますよね?』


『じゃあ明日教えてやるよ』


『今やればいいじゃないですか?』


『それは・・・』


『どうせあれでしょ。強い願いを持った魂を見つけたとかでしょ』


『・・・正解だよ』


 子恥ずかしそうに顔を赤くする男性。

 だが念話越しの相手は、いまいち納得していない様子だった。


『理解できませんね。狭小な者共の願いなど、無視してしまえばいい』


『お前は外に出たことが無いから、そんなことが言えるんだよ』


『それは私も同感かなぁ。生き物だ!!って一括りにするには難しいくらい、外の世界は複雑なんだよ』


『そうなのか。わしも一度、外の世界に出てみたいものじゃのお』


『だったら早く人化の術を覚えることだね』


『ホホホ、手厳しいのぉ』


 爺さんと孫の会話には、いささか辛辣すぎる。

 まぁそんなものには微塵の興味が無い黒髪の男、とっとと念話を切りたくてうずうずしていた。


『じゃあもう切るぞ』


『えぇ、ペリオル、よろしくお願いしますね。我が主から授かったその名に恥じぬよう、しっかり励みなさい』


 だがそれを聞いた黒髪の男。

 思わずといった様子で、念話越しの女性に怒鳴る。


『今はリュークだろうが!!お前がそう名乗れって言ったんだろ!!』


 さんざん扱き使われたあげく、向こう方は自分で言ったことも忘れている。

 無理もなかった。


 若干の呆れも含んだその怒号。

 そして念話越しにいたもう二人も、その女性を煽り始める。


『まぁまぁ、ルバイヤも年だからしょうがないよ』


『然り然り、儂らはぴちぴちだからしっかり覚えておったぞ』


『・・・ほとんど同い年でしょう』


 仲がいいのか悪いのか、そんな感じで煽り合う四人。

 それもそのはず、彼ら四人の付き合いは非常に長かった。


『じゃ、ほんとに切るぞ』


『うん。元気でね、リューク』


『そうじゃぞ。ネイの覚醒にはお前の協力が必要なのじゃ。何者にも邪魔させるんじゃないぞ』


『分かってるよ』


『それなら良いのじゃ。達者でな』


『おう、ルバイヤ、ラゲル・・・』


『ゴートンっ!!』


『そうそうゴートン。お前らも元気でな』


『えぇ、それじゃあよろしくお願いしますね』


 そう言って念話が切断される。

 

「お前ら、息子に言いたいことがあるんだろ?言ってきていいぞ」


 そしておもむろに虚空に向かって話し始めた。

 だが彼には見えていたのだ、強くきらめく二つの獣人の魂が。


「でもしっかり帰って来いよな」


 最後にそう釘を刺して、魂を見送る黒髪の男、リュート。

 その表情は優しさに満ち溢れ、先ほどの顔とは大違いである。


「・・・ビョルケスか。ちょっときな臭いけど、大丈夫かな」


 そしてそれと同時に、次の任務に対しても少しばかりの憂鬱を覚えるのだった。

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