師を超えて
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コウガがラスの首目掛けて振り下ろした黒刀、それはラスの首を吹き飛ばすだけの力はあったし、そうなるのは必然であった。だがラスは始めから正面切って戦うつもりはなかった、そんなことをしてもコウガ相手には通じないだろうとわかっていたのだ。だからコウガをいかにうまく誘導し、自分優位の状況に持ち込ませるか、これを考えながら戦っていた、それゆえ・・・。
「チッ!!影糸か、しくじったな」
一世一代の賭けに勝ち、何とかコウガの動きを止めることに成功する。
この影糸という忍術だが、ラスの完全オリジナルの忍術である。忍術に対してすさまじい才能を有していたコウガをもってしても会得することが出来なかった。
影糸の機能は捕縛、自分と捕縛したい対象の影が重なり合っていることが条件。これはコウガの知るところではなかった。コウガはうまく自分に優位性が働くように立ち回った、だが逆にラスにも優位性が働いていたわけだ。
しかしこの忍術にもリスクは当然存在する。
「だが問題はない。この忍術を発動している間、俺も動くことは出来ないがお前も動くことは出来ない、そうだろ。お前が死ぬのは時間の問題、むしろ今すぐにこの術を解除したほうがお前にとっても幸せだぞ?」
コウガの言うことは正しい。
ラスは瀕死の状態だし、コウガの忍術によって体を動かすことは出来ず、常に痛めつけられている。また、双方ともに術を行使することも出来ない。
もはや今のラスに打つ手はないのである。
「・・・お断りですよ。この作戦が成功したこの瞬間に、僕の勝利は確定したのだから」
「なんだと?」
あくまで今のラスには、だが。
逆転の秘策はもう既に仕上げの段階に移っていたのだ、そして最後の仕上げは完了したのである。
ラスはコウガのことをよく知っていた、だから自分の刃が師の首には届かないということも十分に理解していた。
ラスの糸の強度と太さは自由である、例えばほぼ目視できない太さであってもダイアモンドにも勝る強度を持つ糸を作ることも可能なのだ。それ故ラスは強い、いついかなる状況であっても何かしらの足掻きは与えられているのだ。
しかしコウガはそのことを十全に理解している、ゆえに警戒もしていた。
最後の最後まで逆転を許さないように。だがそれゆえ見落としてしまったのだ、もはや問題ないと見落としたそれに気づけなかった。
昔のコウガであったら勘づかれていたかもしれない、とラスは考える。しかし今目の前にいるのは何者かの傀儡となり果てた男であり、かつての師と仰いだ男ではなかった。
それに気付きかけたのは師の”陰影世界”を発見した時。コーガのシノビたちの状況から、ある程度の推論は立てられていたが根拠に乏しかった。しかし昔よりも異常なまでに力を増した師を目にしたとき、それは確信へと至った。
”師は何者かの道具になってしまったのだ”と。
だからその作戦が成功すると確信した。半円型に苦無を投げそれが壁に突き刺さっているのも、糸を有刺状にして膨張させたのも、それらが綻びかけているのもすべて作戦の一環であったのだ。
「僕が、初めに投げた苦無。目視できないほど細い糸が左右端、そして中央につなげられています。ただし、その強度は折り紙付き、ダイアモンドよりも強固です」
「・・・だからどうした?」
「その、中央の苦無はもうすぐ完全に綻び消滅するでしょう。三点に張り巡らされた糸は今、弓のように張られた状態です。その弓の持ち手が引っ張ることをやめたらどうなるか、分かりますよね?」
「・・・お前まさか!!」
当然だが矢が放たれる、矢がないと矢は放たれないのだが今回はそんなことはどうでもよい。大切なのは弦が大きく振動するということ。ラスによって張られた糸はまさしく弓の弦が張られた状態、持ち手にあたる中央の苦無が綻び、消失した場合、その糸は凄まじい速度を得て大きく振動する。
「ようやくわかりましたか?」
「・・・馬鹿な真似を、貴様も巻き込まれるのだぞ」
これは真実である。ラスとコウガはほぼ同直線状に存在している、苦無に近いのはコウガだからコウガの首が飛んだ瞬間、影糸を解除すれば被害を免れられる。ただ口で言う分には簡単だが実際はそうではない。ラスに与えられる猶予はコンマ以下、その間に術の解除を行わなければならない。
少しでもタイミングを間違えればラスの死は確実、しかし当の本人はそれを容認していた。
「別にそれでもかまいませんよ」
「ふざけた真似を・・・。いや、それは困る」
「?」
ラスをもってしてもこの発言には困惑を隠せなかった。まるで意味が分からない。問いただそうかと思った、ただ射手の意思はラスから完全に独立していたのだ。質問を発するその前に、引っ張っていた弦が放たれたのである。
コウガの首が宙を舞う、先ほどとは打って変わって術を発動する気配もない。だがラスにその理由を察している暇などない。影縛斬が解除される、その瞬間ラスは地面に身を伏せた。
結果は成功、ラスの体を切り裂くことなくその糸は役目を終えた。
「よくやったなラス」
穏やかに自分を呼ぶ声が聞こえる。しかしラスは影縛斬のダメージを受け続けていたため、先ほどよりも容体は悪いのだ、思うように口が開けない。
「世界系の技能というものは、他と隔絶された空間を作り出す技能だ。ゆえに私も”傀儡支配”からようやく逃れることが出来た。もっともこの”陰影世界”を解除した途端、私は操り人形と化すのだが、お前のおかげでその心配はなくなったよ」
ラスにもいろいろ聞きたいことがあった。けれど彼の思う通りには口が開かず、コウガの言葉をただ聞くことしかできない。
「私の命も残りわずか、だから手短に話しておこう。まず私の背後にいる者の情報だが、すまない。私にもわからない。声は覚えているがそれ以外の情報を一切表に出すことがなくてな、何も得ることは出来なかったよ」
だが、とコウガの言葉は続き、最後の伝言を練り上げる。
”勇者を見つけ次第、全力でお守りしろ”と。
「私を操っていたそいつは勇者と呼ばれる人物を躍起になって見つけようとしていた。これは断片的な情報をかけ集めたものだが、勇者という存在は今でこそたいした障害にならない。しかしその素質を開花させてしまえば、彼らの計画を大幅に破綻させる害悪になりかねないようだ。私の全力をもってしても手も足も出なかったそいつが、全力で危惧する存在だ。おそらく想像を絶する力を有するのだろう。その彼らの計画だが、どうもこの世界を一度すべて壊しつくし再び彼らの手で作り上げるのが目標のようだ。そんな計画みすみす見逃すわけにもいくまい」
”だから全力で守れ、できるか?”
コウガはラスにそう問いかける。当然答えはYESなのだが、なかなか思い通りに声が出ない。
もっともコウガにそんなことは左程関係ない、彼は昔から有無を言わせない男だった。
「まぁやってくれるんだろう。俺も勇者の所在までは分からん、あまり力になれなくて悪いな」
「・・・いえ」
「返事があるとは、さすがに聞こえているかどうか不安だったぞ」
もはやコウガに言い残すことは何もなかった。自分の手で目的を遂行できないのは残念だが、彼はラスのことを信頼していた。ゆえに何一つとして心配事などない、安堵と希望だけが彼の胸を埋め尽くしていた。
「・・・ここまでのようだ、後は頼むぞ」
それがコウガの最後の言葉だった。
それに伴って陰影世界が解除される。ラスの耳には自分の名を呼ぶ声がだんだん近づいてくるのが聞こえてきた。しかしラスにはまだやらなければならないことがあった。
コウガの体に無理やり詰め込まれた生命力が溢れ出す、それを使いラスは忍術を発動する。
その術の名は------
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中々ラスが帰ってこないのでサイガさんとリュークさんと一緒に様子を見に行ったら、血を流して倒れてたラスを発見した。ただし原因は不明。周りには黒刀しか落ちておらず、ラスの意識も未だ覚めない。死んではいないそうなので回復待ちである。
まぁブルーさんは原因が分かったみたいだけど、聞かない方が良いだろう。わざわざラスが隠そうとしたことを掘り起こす必要はあるまい。
今回の問題、俺にできることはもうないだろう。幸いにも街に大した影響はなかった、ラスもそのうち目を覚ますだろうし。そう考えれば今回の問題は解決したといってもいいんじゃなかろうか。
「とりあえずこれで一件落着ですかね」
「はい、ラスのことは少々心配ですが、彼なら大丈夫だと思いますのでご安心を。ネイ殿はこれからどうされるのです?」
「俺たちはこれからイーナウドに向けて旅を続けます、そこで少々やらなければいけないことがありまして」
となればもうここに長居する必要もない。寂しくないといえば嘘になるが、全部終わったらまた帰ってきたらよい。
「ふむ、イーナウドに向けて、ですか。とすればディザード神聖王国を通られるのですか?」
俺も知らないんだよな、そうなのかブルーさん?
『えぇ、そっちの方が安全ですので』
通るらしい。
「はい、そちらの方が安全ですので」
「・・・なるほど、とすればガールン大砂漠を渡ると。でしたらリュークを連れて行ってはくれませんか?」
リュークといえばこの国のシノビのことだな、ついさっきもお世話になった。俺としては断る理由はない。
「別に構いませんよ、むしろ嬉しいです」
「それはよかった。彼のものはディザード出身でして、あの近辺は詳しいです。それにたまには里にも顔を出したいと言ってましたしね」
なるほどね。俺と向こう側双方、ともに利益があるってわけか。
「そういうわけでしたら、むしろこちら側からお願いしたいくらいです」
「そう言ってもらえると助かります。いつ頃ここを出られる予定で?」
ふむ、どうしたものか。悲しいことにもう日が暮れてしまった。ディザードの夜は寒いらしく、可能であれば野宿は避けたい。
「もう日が暮れてしまいましたし今日は一日泊まっていかれませんか?」
おっと、これは嬉しい申し出だ。
「よろしいのであればぜひそうさせてください」
「わかりました、それでは宿の手配をしておきますので、今回はこれで。少ししたら召使をよこします」
「わかりました、色々とありがとうございます」
「お気になさらないでください、それでは」
そう挨拶し、サイガさんは部屋から出て行った。こうしてショーコンドでの夜は去っていったのだ。
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翌朝。
「よぉ、ネイ。忘れ物はねぇーだろーな。特にあの黒い袋は絶対忘れんなよ」
「確認したし、ここにちゃんと持ってるよ」
結構小さいから常に持ち歩くようにしている。まぁ最悪ブルーさんが教えてくれる。
現に今朝ここを出ようとしたときブルーさんに忘れてるぞと引き留められたのだ。
「おや、早いですね。集合時間はまだですが・・・」
サイガさんもやってきた、うしろにはリュークさんもいる。
「まぁ、遅れるわけにもいきませんしね」
「ふふっ、リュークあなたも見習いなさい」
「・・・肝に銘じておきます」
どうもリュークさんは遅刻魔だったらしく、今日もサイガさんが寝てるところを引っ張り起こしたのだと。
「で、リューク昨日のお話ですが・・・」
「心変わりはしていません、そう心配しないでくださいよ・・・」
「それはよかった」
「相変わらず心配性ですねぇ。」
どうもサイガさんは心配性らしい、まぁ国をまとめ上げるものとしては適切なのかもしれない。
「ところでお二人方、準備はもうお済ですか?」
「はい、いつでも出発できます」
「わかりました、じゃあ早いうちに発ちましょうか。それとリューク、久しぶりの里帰り、楽しんできてください」
「ええ、お言葉に甘えさせていただきます」
それだけ言ってリュークさんは砂漠を渡るのに必要なものをとってくると、いったん町の中に帰っていった。
「サイガさん、ラスにネイが感謝していたと伝えておいてくれませんか?」
「わかりました。しっかりと伝えておきます」
よし、これでもう思い残すことはないな。
街の奥からリュークさんが荷物を抱えて戻ってきた。
ディザード神聖王国、何が待っているのやら。
お読みいただきありがとうございました。
なぜか勇者よりも魔王のほうが書きやすいんですよね、なんででしょう。