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とある勇者の冒険譚  作者: azl
第三章 大森林での反乱
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vs コウガ

読んでいただきありがとうございます。


攻撃するための苦無は飛苦無というそうですが、ここでは苦無で統一しています。

「久しぶりだな、ラスよ。」


 再びラスが目を覚ました時、初めに映ったのはかつて師と仰いだ人物そのもの。

 黒装束に自分とよく似た髪色、見た目だけ見ればそれと瓜二つである。

 先程とは打って変わりその空間は比較的明るい、それ故”空間感知”の能力を使わずともはっきりと視認できた。


 自分の名を親しげに呼ぶその男の声も聞き覚えがあったが、もう彼が迷うことはない。


「その面で二度としゃべらないでくれ。」


「ほう、少し反抗的になったな。少し躾けねばなるまい。」


「やれるものならやってみろ、我が師コウガを騙る貴様には死をもって償ってもらおう!!」


「ふんっ、まぁ良い。そこまで言うなら殺すつもりで動くとしようかッ!!」


 最初に動き出したのはコウガ、懐から飛び出した苦無をラス目掛けて投げつける。

 常人には認識することすら難しい速度、ネイですら避けられるかはわからない。

 だが、その速度をもってしてもラスのもとには届かない。


「遅い!!」


 この”陰影世界”の内部には無数かつ超極細の糸がラスによって瞬時に張り巡らされていた。

 その糸の振動から戦闘対象の行動は手に取るようにわかるのだ。

 当然コウガもそれには気づいていた、しかし逐一切断したところでまた開通されるのは分かり切った話である。

 それゆえ・・・、


「ならばこれならどうかなッ!!」


 物量で押し切ることにした。

 コウガもラスと同じく特殊な忍術を扱える、その名も影遁。

 この”陰影世界”もコウガの忍術によって作られた特殊な空間なのだ。

 この空間の中で、コウガもラスと同じように感知網を張り巡らせていたのである。


 コウガはこの”陰影世界”の中に存在する影の形を自在に変形することが出来る。

 この影はラスの攻守一体の糸とは違い、防御よりも攻撃の方向に傾いていた。


 ラスの周囲に点在していた複数の影、それらすべてはコウガの掌の上にある。

 足元、頭上、背後、そしてコウガが自らに塗りたくった影、そこから出現した苦無による一切の死角のない全方位攻撃がラスに向かって放たれた。


 この攻撃はラスの糸をもってしても察知不可能、糸に触れるのは影から出てきたその瞬間から。故に察知してから行動に移るまでに先ほど以上に時間がかかる。


 だから避けることはあきらめて糸による防御をすることにした。

 自分の周囲に糸を巻き付け鉄壁の防壁を作り上げる、その姿はさしずめ繭のようであった。


 ただしその効果は絶大、放たれた苦無は一本残らずその繭によって防がれ何一つとしてラスに突き刺さることはなかった。

 もっともラスが窮地を脱したわけではないのだが。


「そうやって攻撃を防いでくるのも想定のうちよ、お前がその繭を解いた瞬間に俺はもう一度同じ方法でお前を攻撃してやる。お前は文字通り袋の中のネズミというわけさ。」


 自分で自分の殻の中に閉じこもった手前、そこから抜け出す方法を模索しなければならないのだが、コウガがそう簡単に許すわけもない。

 むしろラスはコウガにとって有利なフェイズを作ってしまったわけだ。


 今は完全にコウガ側が有利、このことをコウガは完全に理解していた。


 そしてしばらくの沈黙が空間を支配する、その間コウガに一切の余裕はなかった。

 ラスの表情を読み取ることは今はまだできない、危機に瀕して焦っているのか、あるいは・・・。


 そした状況は動き出す。

 ラスの作り出した繭にほころびが生じる、この術はそうそう長期間維持できるものではないのである。

 そしてそのほころびが生じたその瞬間をコウガは見逃さなかった。


 迅速かつ緻密な攻撃、一切の遅延も無く放たれた攻撃はコウガの予想であればラスを確実に仕留められるはずだった。

 しかしこの予想には一つ見落としがあった、それゆえ予想は外れることになる。

 その一つとはもっとも単純なこと。


 コウガはこの一撃でラスを仕留められると確信していた、そのせいでほんの少し術を緩めてしまった。

 陰影世界の影はすべてコウガの掌の上にある、だがこれはあくまで”技能”の範疇のうちに存在している。

 極少量とはいえ生命力は消費するのだ、魔物も人間も生命力を消費するのは本能的に忌み嫌う。

 ゆえにラスに脱出の隙を与えてしまったのだ。


 コウガの背後、本来影があるべきそこに影が戻ってくる、これによって戦局は再び動き始める。


 戻ってきた影の中から飛び出したラス、半円型に苦無を投げ払い、さらに手に握られた鋭利な懐刀をコウガの首元目掛けて振り下ろす。


「チッ、お前もなかなかなるやるようになったなッ!!」


 コウガの見通しは甘かったのだ、最後に別れたあの時よりもラスは大きく”成長”していた。

 そんな当然のことは忘れてしまっていたのだ。


 もっとも仮に忘れていなかったとしてもこの手は読めなかったであろう。

 なにせ忍術とは個々の才能に大きく左右される、ましてやその忍術の中でも特殊な存在である影遁を模倣してくるとはだれにも予想できなかった。


 ちなみに糸遁も影遁と同じく特殊な分類である。忍術の基本は火遁、水遁、風遁、土遁の四つであり、この四つですら才能に大きく左右される、ゆえにいくら真似事とはいえコウガ独自の忍術である影遁を模倣してくるとは予想できなかったのだ。


 この攻撃を避けることは出来ない、そう悟ったコウガは、


「受けて立ってやるッ!!」


 懐に携えていた黒刀をラス目掛けて振り下ろした。

 苦無に関しては牽制が目的で攻撃が主ではないことをコウガは見抜いていた。

 この攻撃の肝はラスによる一太刀、苦無が刺さったところで死にはしないがラスのこれだけは放置できなかったのだ。

 最低限致命傷になる可能性のある苦無だけをギリギリのところで回避し、刀と刀をぶつけ合う。


 ガンッ、と頑強な物質同士がぶつかり合う音が響き合う。

 刀の精度に大した差はない、ゆえにこの勝負は各々の実力に大きく左右されることだろう。


 激しいつば競り合い、一見すると互角の勝負に見えるが、コウガとラスでは踏んできた死線の数が違っていた。

 刀と刀が弾かれ合い、再びぶつかり合う。

 ラスからすればコウガからの一太刀を捌き切るのに精一杯、ラスは中距離の戦いを主としていたため近接戦の経験があまりなかった。

 その点においてはコウガに軍配が上がっていた、それゆえに・・・、


「ッ!!」


「さて、どうする?」


 その瞬間に術を発動することが出来た。

 コウガがラスの持っていた懐刀に影を纏わせ、そのまま破壊する。

 発動した忍術は影遁:影壊、それも無詠唱によるもの。

 忍術は技能に分類されるものの、基本的には詠唱を必要とする。

 しかしコウガは踏みに踏み抜いた死線からの経験で詠唱を必要としない域に達していた。

 当然無詠唱は詠唱した場合に比べて精度や火力が落ちるのだが、それを感じさせないほど彼の術は精巧であった。


 武器を破壊されたラスだが、大して焦ることもなくいったん後方に退避する。

 だがコウガがその隙を逃すはずがない、コウガは黒刀を構えなおし再びラスに接近する。

 常人であれば決着は付いてしまっただろうが、ラスはこうなるだろうと予想できていた。

 ラスは自らの持つ糸の忍術をもって、即興の刀を作り出しす。

 精度はあまりよくないが、しばらく打ち合うには十分の性能だ。


「ほう、なかなかやるようになったな。」


 これは一応本心ではあるものの、あまり問題視していない。

 コウガはこれがあくまでその場しのぎにすぎないと見抜いている、ゆえに自分がいまだ優位な状況にあると理解していた。


 同じくラスも平静を保ちつつも自分が不利な状況に置かれていることは理解していた。

 糸一本つくるにしても微小ながら生命力を消費する。いくら一本あたりが微小でも一度に大量に作ればかなりの消費となる。

 当然それはコウガも同じなのだが、ラスのほうが頻度は多い。

 ラスからしてみれば長期戦は不利なのだ。


「・・・えぇ、次はこちらから攻めさせてもらいますよ。」


 ゆえにこちらから攻めることにした。

 張り巡らさせていた糸を増幅させ、さらに有刺状に変形させる。


 もっともこれはかなりの生命力を消費する行為だ。

 一度作ったものを上書きする場合は新しく生成するよりも早く完了させることが出来る。

 ただしその分の対価を支払う必要があるわけだ。


 ただこの攻撃を容易く避けるコウガ、しかしこんな簡単に事が終わるともラスは考えていない。

 当然これで終わりではないのだ。


 糸で作り出した苦無を、糸の合間目掛けて投げつける。

 そしてその苦無と苦無、さらに苦無と糸をつなぎ合わせる。


 ラスの糸は物体と物体の間であれば制限なく張り巡らせることが出来る。

 当然元となる物体が破壊されてしまうと糸も崩れてしまうのだが、ラスは今回このリスクを無視した。


 このままいけば負けるのは自分だと理解していた、それ故防御面のことを考えず一気に決着をつけることにしたのだ。


 糸で括り付けられあった苦無が縦横無尽に駆け回り始めた。

 ラスはたまに苦無を投げて牽制を行う、コウガはこれを避けるのに精一杯である。

 ただし当の本人はあまり問題だとは思っていないのだが。


 影から苦無を放出させるにはそれなりの幅が必要である、しかしラスが糸の幅を広げたおかげで準備さえ整えばいつでも放出できるようになっていた。

 さらに言えばこの攻撃もラスの最後の足掻きだろうとわかっていたのだ、ゆえに回避に専念してさえいればいずれチャンスは回って来るのだ。


 ラスは先程から生命力をすさまじい勢いで消費している。

 本来生命力の残量を察するのは難しいのだが、コウガはラスの張り巡らせた糸に込められた生命力の量からもう残り僅かであろうと予想していた。

 その証拠につばぜり合いでできた頬の傷が未だに治りきっていないのだ。

 ラスならあの程度直ぐに治癒されるはずだと過去の経験から察していたのだ。


 基本生命力を持つ者には影をまとわせることは出来ない。

 この制限のせいで生き物には”影壊”を使うことが出来ないのだが、逆に言えば生命力さえなければ影をまとわせることが出来る。

 ラスが張り巡らせて糸からも今や生命力はほとんど消え失せ、綻びが生じていた。

 壁に刺さった苦無も駆け回る苦無も、ほとんどが綻んでしまっている。


 もはや回避に意識を割く必要もない。

 生命力を消費し糸に影を張り巡らせる。


 コウガは理解した、この勝負はもう決着がついたのだと。


「ラス、最後にもう一度だけ聞いておこう、私と一緒に来ないか?」


「・・・断る。」


「そうか、それではさようなら。」


 影という影から苦無が飛び出す、それらすべてラス目掛けて。

 ラスはもはや避ける余力も残していないだろう、だがコウガは同じ失敗をしない男だ。

 またもやチャンスを逃すことないよう、再び黒刀を構える。

 今度はしっかりと集中している、ラスを逃すようなことはしない。


 苦無がラスの体に突き刺さった、刺さった部分からは血が流れ出す。

 だが不思議とまだ生きているようだった、さすがはラスだなと思いながらもコウガは黒刀を首目掛けて振り下ろす。


 そしてラスの首が宙を舞う。

 こうしてこの戦いは終わりを迎えたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 否、迎えるはずだったのだ。


「ッ!!」


 斬られたラスの体が霧となって消え失せる。

 ”分身の術”、ラスが使った術の名だ。


 ラスは初めから糸による攻撃でコウガを仕留めようなどと思っていなかった。

 ラスが糸を大幅に作り替えたその時、もとからあった影の中に自分の本体を潜らせていた。

 この時自身の持つ生命力の大部分を自身の分身体に譲渡していた。

 派手な攻撃も分身体から意識をそらさせるためのカモフラージュ、すべてはこの攻撃を成功させるため。

 それ故コウガもこのことに気付かなかった。


 糸が纏った影の中を駆けまわり、運動エネルギーを手にしたラスが影の中から飛び出した。

 凄まじい速度、コウガをもってしてもとらえることが出来なかった。


 コウガの首に刃が触れる、そして


「まさかお前がそこまでやるとはな!!だが無駄な事よ。影遁:影糸命操!!」


 コウガの首が宙に舞った、鮮血も噴き出した。常人はおろかコウガであっても死ぬはずであった。


 しかし詠唱の後コウガの首が再び縫合される、そして何事もなかったかのように再び話始める。


「フンッ、昔の俺だったら死んでいただろうな。だが俺は新たな力を手をした。今のお前では俺に勝てるわけがないのだ。」


「・・・。」


「もはやしゃべる気力も残っていない、か。」


 ラスの生命力はもはや残っていない、今度こそ勝負は決していたのだ。


「影遁:影縛斬。」


 ラスから血が流れる出る、もはや瀕死の状況であり戦闘の継続は不可能であった。


「今からお前を殺し、お前の同僚と同じように人形のように操ってやろう。」


 コウガがゆっくりとラスに近づき黒刀を引き抜いた。

 もはや今のラスに逆転の手立ては何一つない、黒刀がラスの首筋に振り下ろされる。


最後までお読みいただきありがとうございました。


前回暗闇の地獄とかなんとか言ってましたが全然そんなことなかったですね。

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