戻ってきた異世界の奴隷
「勇気、いつまで寝てるの、さっさと起きてご飯食べないと遅刻よ」
はあ~、なんでお袋の声が聞こえるんだ
それにここ、俺の部屋じゃん
嘘だろう、俺の部屋だ
俺は飛び起きると階段を駆け下りる
そして廊下のドアを開けるとそこは懐かしい我が家の台所で、そこではお袋がエプロンを付けて味噌汁をよそっている
「もう、たまには言われる前に起きてきなさいよ
お母さんも毎朝大声を出したくはないんだからね」
「母さん、母さんだ」
俺はお袋に駆け寄って抱きしめてしまう
「母さん、母さん」
ただただ母を呼ぶ
「ちょ、ちょっと勇気ったらどうしたの、お母さんが魅力的なのは知ってるけど、だからってそんなに抱きしめないでよ」
お袋の匂い、みそ汁の匂い、この家の匂い、そんな懐かしい匂いに囲まれている自分が信じられない
「母さん、母さん、本当に母さんだよね」
「もう、勇気ったら本当にどうしたの、怖い夢でも見たのかしら」
ああ、母さんの手だ、母さんの手が僕の頭を優しく撫でてくれる
「ねえ、勇気がお母さんを抱きしめてくれるのはうれしいけど少し苦しいかな
それに、そろそろ離してくれると助かるかな」
「う、うん、ごめんね、ごめんなさい」
「うふふふ、謝ることじゃないわよ、お母さんとっても嬉しかったんだから
ただ、急だったから少しびっくりしたかな」
僕は抱きしめていた母を離してダイニングの椅子に坐る
目の前には卵焼きと焼き鮭にほうれん草のお浸し
いつもの朝食だ
付けられているテレビには今日に日付が写っている
壁のカレンダーで今が何年かを確認する
これって、今日は僕が死ぬ1ヶ月ってことだ
正確には自殺だけどね
そうか、僕はまたチャンスを貰えてのか
チャンス.....本当にチャンスなのか
前回は自殺した後に駄女神に騙されて、有頂天で異世界に転移した
そしてその異世界で何度も自殺したことを後悔する程の地獄を見た
自殺までして逃げ出した世界より百倍醜い異世界でこき使われる身分にされたからだ
しかも異世界では従属の首輪という魔道具を付けられて自殺する自由すらなく戦う奴隷として扱われた
あの世界では.....
「....勇気、勇気、どうしたの、私が判る」
母さんが僕の肩を揺すってる
「ああ、母さんごめん、少し考え込んでた」
「もう、ほらごはん、早く食べないと遅刻よ」
「あ、ああ」
「もう、本当に判ってるの、お母さん仕事だからもう行くけどちゃんと学校に行くのよ、さぼっちゃだめだからね」
そう言えばこの頃は結構学校をさぼる様になってたんだっけ、くだらないクラスでの虐めでね
「じゃあ、今日は遅くなるから、夕飯は冷蔵庫にあるからちゃんと温めてから食べるのよ」
「ああ、いってらっしゃい」
母さんはこの子は本当に判ってるのかしらという顔を僕に一瞬だけ向けて出かけて行った
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結構悩んだんだけど結局は学校に来てしまった
5年ぶりの学校はとても懐かしくもあり、反吐が出そうなほど嫌な場所でもある
特に今日は僕が思い出した記憶が確かならくそったれな1日になるはずだ
こんな日に僕を戻すなんて駄女神のやつ、本当に嫌な奴だ
まあ、この先起きることが判っているというアドバンテージがある以上、今回は上手くやるけどね
それでも教室に入るときは流石に心臓の鼓動が早くなりトラウマがフラッシュバックする
でも、それは僕だけの話、教室は今日も平常運転だ
「よう、勇気ちゃん、流石は勇気ちゃんだ、名前に負けてないね、俺に殴られに学校に来れるんだ」
にやけた顔で僕に近づいてくる金髪のヤンキー、浜田だ、
こいつは毎朝僕を殴ることを日課にしている
「じゃあ、朝の挨拶な」
浜田はいつも殴った証拠を残さないように腹を殴ってくる
毎朝の事なのに僕はそれを受け入れるしかなかった....今まではね
浜田のパンチなんて今の僕にはハエが止まりそうなぐらいに遅いパンチだ
こんなのは簡単によけられる
そう思ってたんだが、この体はとんでもなくどんくさくて、僕は来ると判っているパンチを腹に食らってしまう
よけられないと分かって、腹筋に力を込めてパンチをしのごうとするがどうやらそんな腹筋は無い様だ
結局、毎朝のように奴のパンチが腹をえぐる
「よう、今朝のパンチは何点だ」
こいつは100点と言わないと、言うまで何度も殴ってくるんだっけ
でも、異世界で体験した恐怖や痛みに比べればこいつのパンチなんてそよ風に撫でられた程度だ
そう思えるってことは僕の精神は異世界で鍛えられたままで戻っているらしい
だから言ってやる
「0点だな」
「はあ、ふざけんや」
予想通りこいつは次のパンチを振るってくるが、今の自分の体の動きを少しは判った僕はそのパンチを今度は躱すことができた、あいつの脚を引っ掛けて転ばすというおまけ付きでね
「ガチャガチャ、ガチャ~ン」
机に突っ込んでゆくバカ
「こ、このやろう」
「もう、止めなさいよ」
あれ、この状況でも止めに入るのか
「はあ、女はすっこんでろよ」
「そう言う訳にはいかないわよ、私は一応クラスの委員長だし」
「ふううん、こんな奴の為にも頑張るんだ」
「そうよ、いけないかしら」
一発触発の雰囲気が二人の間に流れるが、そこに担任が現れてこの諍いは止められる
「なんだ、この机は、さっさともとに戻す、そして席に着く」
そんな担任の号令で机が元の位置に直されて朝礼が始まることになる
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昼休み、またあのバカに絡まれるのが嫌で僕は教室を出て裏庭でひとりパンをかじっている
それに、今日の放課後の対応を考えないとならないしね
前回と同じなら委員長が危ないからね
だが困ったことに今の僕は異世界で手に入れた物のほとんどが使えない様だ
試しに収納庫から物を取り出そうとしても何も起こらない
指先に魔力を集めて初歩の初歩の魔法、ライトを使おうとしても失敗する
「これは、どうしたら良いのかね」
『マスターお困りですか』
急に聞きなれたナビの声が僕の頭に囁かれる
『ナビ、お前は使えるんだ』
『もちろんです、ナビは常にマスターと共にありますから』
『そうか、助かるよ、それでナビ、僕の現状を教えてくれないか』
『そうですね、マスターの現状と言いますか、この世界の現状と言いますか、要すればこの世界には魔法の発動に必要な魔素が普通の場所には存在しません
ですから、魔素が必要な魔法は全て発動しません
そして、マスターのレベルが1に戻っていため、高位のレベルが前提の収納庫も開くことが出来ないのです』
『だとすると、僕は何も出来ない.....いや、魔素は普通の場所には存在しないという事は存在する場所もあるという事か』
『はい、巷で言われるところのパワースポットと呼ばれる場所には存在します』
『この辺だとどこにあるんだ』
『神社や仏閣ですね、近くですと春日野神社が該当します』
そうか、魔素は手に入るんだ
なら急いで手に入れないと
今の僕では今日の夜に起きる悲劇を止められないからね
『ナビ、春日野神社まで誘導をお願いするよ』
午後の授業は欠席だ、呑気に授業を受けている場合じゃ無いからね
僕はナビに誘導されて春日野神社に向かうのだった