エピローグ ギルバード様と生きていこう!!
「ギルバード様、そろそろ時間ですよ。起きてください」
エミリアの呼びかけで俺は目を覚ました。どうやら椅子の上でうたた寝してしまったらしい。
欠伸を噛み殺しながら新しく注がれた温かい紅茶に口をつけると、エミリアがくすりと笑う。その拍子に白銀の鎧が小さく金属音を奏でた。
「お疲れのようですね。昨日の今日で凱旋の予定を入れるとはメルケル宰相も酷い人ですよね」
エミリアをこのまま放置しているとメルケルに抗議しかねないので首を振る。
「確かに激しい戦いだったが、疲れは既に取れている。今は一刻も早く民を安心させようというメルケル宰相の計らいだろう」
椅子から立ち上がるとアリシアに渡されたジャケットを羽織り、されるがままに身なりを整えられる。
「ああ、ありがとうアリシア」
「メアリ様のご命令ですのでお構いなく。行ってらっしゃいませ、ギルバード様」
最後に勲章や飾りを丁寧にジャケットに嵌めるとアリシアは一礼して部屋の隅に戻った。
エミリアが台座に設置されていた王杖を王族の作法に則って持ち上げ、膝をついて俺に差し出す。
俺はその王杖を震える手で受け取った。飾りのついたそれはズッシリと重みがあった。
「ギルバード様、フレデリック殿下です。通しますか?」
頷くとエミリアが扉を開け、フレデリックが姿を現した。
「ギルバード様、凱旋の準備が整いました」
「丁度良かった、共に行こう」
先頭を歩く俺の背後を半歩遅れでエミリアとフレデリックが付いてくる。更にその背後には大勢の護衛や従者が列を為している。
進路上にいた使用人らが慌てて道の端により、恭しく俺に頭を下げた。それを片手をあげて労いつつ、王城のバルコニーへ向かう。
どこまでも広がる青空に浮かぶ白い雲。そしてバルコニーの手すりからは親愛なるクラン帝国の国民が歓声をあげて俺を出迎えた。
「ギルバード皇帝陛下万歳!!永世クラン大帝国建国万歳!!」
色とりどりのちり紙と空に炸裂する爆竹に俺は苦笑を堪えた。お祭りと聞けば騒ぐ国民性は王国時代から変わっていない。
「静粛に!ギルバード皇帝陛下の御言葉を拝聴せよ!」
キラリと眼鏡を反射させながらメルケルが一括すると、一斉に国民が静まる。
メルケルの合図を確認して俺は演説を始めた。
「親愛なるクラン大帝国の臣民たちよ!俺こそが魔王を討伐し、この大陸を統治するギルバード・エッテルニヒである!」
昨夜百回ほど練習したお陰で一度もつっかえるなかった。
「邪悪なる奸臣アルベシード、ベラドンナは裁きを受けた。魔王軍の侵攻による傷はまだ癒えていないが、これからは平和な時代が訪れると約束しよう!!お前たちを脅かすものはもう何もない!」
俺が手を広げると、国民が叫び声をあげた。繰り返し俺の名を呼び、拳を天に突き上げる。
演説の終わった俺はバルコニーに背を向け、ディンセントと入れ替わった。
ディンセントは国民に『爆裂のディンセント』としてかなり人気がある。本人は魔法の威力が話題になったと思っているが、実際は違う。爆発の魔法と髪型からついた二つ名だというのは内緒だ。
「この後は馬車に乗って城下町を凱旋、だったなメルケル?」
「左様でございます」
メルケルが馬車の扉を開ける。俺を待っていたエミリアが出迎えた。その向かいに座るとメルケルが俺たちに一礼して扉を閉める。
ゴトゴトと小さく揺れながら馬車が動き出す。
「思えば、魔王を倒してから色々あったな」
「ええ、城に戻るや先代国王が危篤だった時は驚きましたね」
今でも鮮明にその時を思い出す。魔王に打ち勝ち、ドラコに乗りながら悠々と城に戻った俺たちを出迎えたのは顔面蒼白になったメルケルとフレデリックだった。
ベラドンナが王位欲しさに父上に毒を盛ったと報せを聞いた時は卒倒するところだった。慌てて父上の所に向かったところでまたも俺は驚く出来事に直面したのだ。
父上が危篤というのにアルベシードとベラドンナは互いに毒殺の首謀者であると告発劇を始めた。ヒートアップを始めた二人は決闘を宣言し、ベラドンナが勝利という結果に終わった。
父上の危篤に気を取られていた俺たちは直接その場を目撃したわけではないが、偶々ベラドンナの脳天にシャンデリアが直撃したのだ。
父上の治世を支えたメルケル宰相が全幅の信頼を寄せる部下の証言もあり、ベラドンナの死は不幸な事故として片付けられるはずだったのだ。
「まさか、アルベシードとベラドンナが国家転覆を企んでいたとは思いませんでした。果ては王族を皆殺しにして独裁者になろう、という曲がって極まりない野望を持っていたとは……!」
エミリアが拳を握る。
ベラドンナの葬式を執り行っていた時、刺客が俺たちを襲撃してきたのだ。エミリアとタイガに取り押さえられ、牢獄に放り込んだ後メルケル宰相直々の尋問によってアルベシードとベラドンナの悪事が明るみになったのだ。
クラン王国建国以来、前代未聞のクーデター未遂で国は揺れた。国民の不安を払拭するため、フレデリックとディンセントの薦めで俺が一時的に王位を継いだのだ。
今思うと彼らは王位継承を末弟の俺に押し付けたようにも思う。やけにニコニコしながら、『お前ならできる、いや勇者のお前にしか出来ない』と肩を叩いた時点で疑うべきだったが時既に遅し。
あれよあれよという間に周辺国家から傘下に降りたいという親書が届き、先代国王の進めていた国家統合の計画が知らぬ間に完遂したのだ。
「俺は勇者じゃないんだけどな……」
「ギルバード様は私の勇者です」
事実を伝えても周囲が、主にエミリアの良く分からない理論で言いくるめられることにも慣れてしまった。俺は呆れながら、王位を継いで何回目かも数えるのを忘れてしまった質問をする。
「いいのか?もっと静かで安全な、その仕事より給料の良い仕事を選んで良かったんだぞ?」
「ギルバード様の命を他人には任せられません。なにせ私は、貴方様のメカケですもの」
エミリアの胸に輝く虹色の勲章、すなわち皇帝直属の騎士団団長のみが身に付けられるそれがキラリと光る。
エミリアが団長を決めるトーナメントで有力候補であったリュウトやタイガをステゴロで打ちのめし、その他の騎士にストレートで勝利して勝ち取ったものだ。
彼女の記録は未だに誰も破ることはできていない。
「それもそうだな、馬鹿な事を聞いた。この帝国を共に守ってくれるか、帝国騎士団団長エミリア殿?」
「勿論です、ギルバード皇帝陛下。この剣は陛下と帝国の為にふるいましょう」
「お前がこの国にいる限り、俺は怯える事なく政に集中できる。お前に会えてよかった、エミリア」
「身に余る光栄です」
馬車の外に視線を向ける。そこにはクラン王国の時よりも多くの人が朗らかに笑い、商人が生き生きと商いに精を出していた。凱旋を一目見ようと多くの家族連れの姿が見えた。
かつて王宮を追い出された時は一人ぼっちだった俺だが、今は多くの友達と頼れる兄と、そしてエミリアがいる。
例え偽の勇者だとしてもこの国をより良く統治していけるはずだ。俺はもう、一人ではないのだからー
「歴史研究者はある論文を提出した。
ギルバード皇帝は勇者ではなかったと、その部下であるエミリア騎士団長こそが勇者だと。
だが、現代においてその論文は否定されている。
研究が進んだ今、勇者の祝福は分割されたと証明されている。故に今日に至るまで職業が勇者である人はいない。
誰もが勇者となれる今、誰が勇者で誰が勇者ではないなどと論じたところで意味がないのだ。
そして、魔物と戦う冒険者を志す君達に贈りたい言葉がある。勇者伝説から引用しよう、『誰かの為に立ち上がった者こそ勇者である』と」
冒険者育成学園の学長による入学式スピーチ





