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ギルバード様がやりました!

 クラン王国の田舎に分類されるここ、エッテル領に住む私『エミリア』は齢10歳にして人生最大の窮地に立たされていた。


 今朝、王宮を追い出された王子こと『ギルバード・エッテルニヒ』の遊び相手を任命されたのである。


 この男、ギルバードは最低最悪の人間である。


 彼の顔立ちは端正な部類であり、銀髪赤眼という神秘的な出で立ちはまさしく王族としての気品にあふれている。


 だが、それを差し引いてもなお同年代の子供から彼は嫌われていた。彼は平民、つまり貴族と王族以外の人間を見下していたのである。


 齢10歳という若さで王族であることを笠に着たこのマザファッカ野郎は、脅迫・暴行・監禁を平然と実行する下劣。権威の前に大人も子供も平伏すしかなかった。


 本来なら彼の遊び相手は茶髪縮毛の根暗ボーイが務めていたのだが、つい最近流行り病でギルバードと私以外の全ての20歳以下の子供はくたばってしまった。


 そう、この領地にいる子供はギルバードと私だけなのであるッ!

 これから長い人生、この男の玩具として生きていくなんて絶望しかないッ!!


「おい青髪!今日は森に行くぞ!」

「嫌だよッ!入っちゃダメって言われてるから絶対嫌ァッ!!」


 森は私達の住む町から30分ほど歩いた距離にある。その森には昨日出くわしたゴブリンという緑色の魔物やコボルドという獣のような魔物がいる。


 大人ならば殺されることはないが子供だと危険なので近寄ってはいけないというのは耳にタコが出来るほど聞かされた。


 首を振って嫌がるとギルバードのクソッタレが下品に顔を歪める。


「いいのかァ?母上にお願いして不敬罪で逮捕してもいいんぜぇ?」

「グッ、ウググ……」


 ガハハと大口を開けて勝ち誇るギルバード。絶対的身分制度がある以上私はギルバードに逆らえない。


 くそう!神様、連れていくべきはコイツのはずです。コイツが死ぬべきだったんだッ!


「お前は俺の華麗ッ!優美ッ!かつ優雅な剣さばきをちゃんと大人どもに報告するんだぞッ、見逃したらショケイしてやるからな!」


 ブンブンと剣を振り回すギルバードから距離を取る。


 どうしてコイツが生きているんだッ、やっぱり神様なんていないんだ!ガッデム!!


 ファッキンゴッドにミドルフィンガーしていると茂みからゴブリンが姿を現した。


 そいつは手に持った棍棒をベロリと長い舌で舐め、緑色の顔をニヤニヤと歪めている。


「グギャギャギャ」

「ああああああああああああああああああああああッゴブリン嫌ァッ!助けてギルバード様ァッ!!」


 いきなり出現したゴブリンに私は驚き、思わず目をつぶって拳を突き出す。


 体中に飛び散った生暖かい液体の感触に悲鳴をあげながら目を開けるとそこには返り血を浴びたギルバードがいた。


 足元に視線を落とすとそこには頭部のもげたゴブリンの死体が転がっている。


「ギ、ギルバード様しゅごい……」

「えっ?いや俺は何も」


 先ほどのゴブリンの事も忘れてギルバードの手を握る。


「すごいすごいすごいっ!まさか剣の一振りでゴブリンを倒すなんてすごいっ!」

「おい待て俺は」

「王位継承権第43位のクソダサ王子って馬鹿にしてましたごめんなさい!助けてくれてありがとうございますッ!ギルバード様は私の命の恩人ですぅ」

「えぇ、僕馬鹿にされてたの……?」


 返り血を浴びた彼の銀髪は朱に染まり、手に持った剣と相まってまるで御伽噺に登場する勇者のようにカッコイイ。


「おーい、どうした?」


 森の奥から狩人の格好をした青年が慌てた様子で駆け寄ってきた。


 返り血を浴びた私達の姿を見るとギョッとした顔で怪我がないか確認する。彼は怪我がないと分かると安堵した様子で胸をなでおろした。ぐるりと周囲を見渡し、地面に転がったゴブリンの死体に気づく。


 彼はそのゴブリンの死体を指差し、恐る恐る口を開いた。


「これは、一体誰がやったんだい?」


 風に揺られて木の葉の擦れる音だけが響く。


 私はチラリとギルバード様の様子を伺うと、彼は困惑した顔で私とゴブリンを交互に見ていた。


 そういえばギルバード様に『お前は俺の華麗ッ!優美ッ!かつ優雅な剣さばきをちゃんと大人どもに報告するんだぞッ、見逃したらショケイしてやるからな!』って言われてたな。


 見逃したなんてギルバード様にバレたらショケイされちゃう!早く報告しなきゃ!!


「ギルバード様がやりましたァッ!」


 私はギルバード様を指差し、声高らかに告げた。


「何ィッ、ギルバード様が?」


 それは本当か、と詰め寄る狩人に頭をぶんぶんと上下に激しく振る。


「いや違うっ、あの平民が」

「間違いないもんっ、私この目でみたもん!ギルバード様が華麗ッ!優美ッ!かつ優雅な剣さばきでゴブリンの頭をぶっ飛ばしたんだ!」

「剣さばきで頭が吹っ飛ぶワケないだろ!おいお前、お前もなんとか言え!」


 狩人にギルバード様の剣さばきを力説すると、狩人は顎に手を置いて考え込み始めた。


「王族とはいえ10歳の子供がゴブリンを倒すなんて可能なのか」

「いやだから俺じゃなくてあの青髪の女、えっとエミリア!エミリアがやったんだって」


 狩人はギルバード様の言葉が聞こえなかったのかブツブツとなにか呟いている。


「違いますギルバード様ッ!ゴブリンは間違いなくギルバード様が倒したんですッ!」


 何故か自分の手柄をお認めにならないギルバード様。きっとゴブリンを倒して動揺しているんだろう。


 こんな偉大な功績、埋もれさせるわけにはいかない!

 早く町のみんなにも教えてあげなきゃ!


「ギルバード様。たしかギルバード様の『職業ジョブ』は上級の剣聖ですよね?」

「え、あ、うん。じゃなくてそうだが?」


 段々普段の調子を取り戻し始めたギルバード様。やはり動揺していらっしゃったんだろう。


 いつもならムカつく野郎だと思う態度だが、今はそう思わない。日頃の行いもきっと王族としての自覚から醸し出されているのだろう。


 今なら分かる。あの振る舞いは高貴なるものの務めノブレス・オブリージュというものなんだ。


 それに気づかず平民の尺度でギルバード様を見ていた自分が恥ずかしい。


「やはりこのゴブリンの傷跡はギルバード様の剣さばきによってつけられたものに間違いない」


 死体の傷跡を検分していた狩人はそう結論づけた。


「もっとちゃんとよく見ろ、明らかに違うだろ!」


 狩人は腰につけていたベルトからナイフを取り出し、手際よくゴブリンの心臓にあった魔石を抉り出す。


「これでよし、と。さあ、公爵家までお送りします。詳しい話はそこで聞きましょう」


 狩人に背中を押され、私達は森の外にあるエッテルニヒ公爵の屋敷に向かったのであった。


 ◆◇◆◇


 クラン王国エッテル領における最も豪勢な建物とは何か。それを住民に問えば万人がエッテルニヒ公爵の屋敷と答えるだろう。


 領地のど真ん中に聳え立つ屋敷は住民の血税を毟り取って建築されたものである。


 王宮での争いに負け、この領地に追放されたといっても王族の端くれ。当然屋敷の内装も貧相なもので埋め尽くされているわけがない。


 平民の私から見れば何気なく置かれている調度品の数々が高価なものだというのはなんとなく分かる。


 身分違いも甚だしい空間に居心地の悪さと静寂を誤魔化すため服の袖を握る。


 狩人が事の顛末を話す間、誰もが静かにその話に耳を傾けた。


 話が終わったタイミングでエッテルニヒ公爵夫人の側に控えていた老執事が魔石を机の上に置いた。


 魔石とは魔物の死体から取れる高純度の魔力凝縮体であり、エネルギーとしての需要があるため高値で取引されると大人が話しているのを聞いたことがある。


 エッテルニヒ公爵夫人はそれを指でつまみ、天井からぶら下がる高価なシャンデリアの光に透かした。


「ふむ、我が息子ギルバードがゴブリンを討伐したというのは事実のようですね」


 彼女の魔石を見つめる瞳には熱がこもり、口角はあがっている。息子の手柄に喜びを隠しきれていない様子だ。


 魔石に注いでいた視線を私に向けた。魔石を机の上に戻し、ソーサラーからコップを音を立てず持ち上げる。


 これが、貴族の振る舞い。ギルバード様とは違った系統の気品ある雰囲気を漂わせている。


「よくぞ報告してくれましたね、平民の子。褒美を遣わしましょう、セバスチャン」


 セバスチャンと呼ばれた老執事が一礼し、私に小さな包みを握らせる。


 金属の擦れる音と重みに唾を飲む。これだけの硬貨があれば天涯孤独な私もしばらく生活には困らないだろう。


 でも受け取ってもいいのだろうか。


 私はギルバード様に助けられた身だ。報告しただけで褒美を受け取るなんて図々しいにも程がある。


「う、受け取れません!」


 ピクリとエッテルニヒ公爵夫人の眉が動く。彼女の横に立っていたギルバード様が口を開いた。


「へ、平民の分際で母上の褒美を断るなんて無礼だぞ!」

「よいのです、ギルバード。それよりも何故断るのですか?」


 憤慨するギルバード様を嗜めたエッテルニヒ公爵夫人が私に微笑みかける。


「私はギルバード様に命を救われた身で、ギルバード様の手柄を報告しただけです。褒美を受け取るなんておそれおおいです」


 しばしポカンとした彼女は口元を手で隠しながらクスクスと笑った。


「まあなんて礼儀を重んじる子なんでしょう。ではこれは褒美ではなく依頼料としてなら受け取ってもらえるかしら?」

「私に依頼ですか?」

「ええ、息子の遊び相手とその報告。仲良くしてあげて欲しいの」


 返事にまごついていると狩人に背中を押された。見上げると頷いたので受け取れと言いたいのだろう。


 受け取った包みをポケットにしまい、感謝を述べるとエッテルニヒ公爵夫人は大層嬉しそうに笑った。


「それでは二人とも下がっていいですよ」


 退室を許可されたので狩人について屋敷を後にした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 流行り病強すぎる......。あぁ神よ!あなたはなんと慈悲深いのだ!エミリアとギルバート様以外の20代以下の若者全滅なんて、そんなの2人に子孫繁栄を(手記はここで途切れている) ギルバート…
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