昼下がり、公園のブランコで、ニートはニートと出会う
青い空などいつぶりだろうか。
日の出より前に会社に入り、終電間際に会社を出る。
そんな生活を毎日続けていたら、もはや日の光を浴びることもなくなっていた。
ならばなぜ今俺がこうして太陽を仰いでいるのかと問われれば、その理由は至極単純だ。
会社をクビになっちゃったからです!
「はあああああ、どうしよ・・・・」
自動化だ、AIだ、IoTだと、よくわからない単語を並べ立てられ、業務効率化が図られる中、人々は時代の転換期を迎えていた。
世の中の冴えない労働者たちは職を失い、時代に取り残されていく。
ニュースで見ていたそんな風潮を、どこか他人事のように眺めていたが、どうやら俺も例外ではなかったらしい。
今朝会社に行くと突然解雇を宣告され、ニートになってしまった自覚もないまま公園のブランコに座って空を眺めているのが現状である。
「・・・トラックに轢かれたら異世界転生とかしないかな」
馬鹿な考えが頭を過る。
まあそんなことをする度胸はもちろんないのだが。
しかし実際これからどうすればいいのだろうか。
こんな時代に再就職とか無理だ。
「「はあああああ」」
ふと吐いたため息に、重なる音がした。
誰だよと思って隣に目を向けると、そこにはスーツ姿の女性が俺と同じようにブランコに座っているではないか。
しかも気まずいことに、お隣さんも同じタイミングでこちらの存在に気付いたのか、バッチリ目が合ってしまった。
こんな真昼間からスーツ姿の大人が公園のブランコでいったい何をしてるんだとその女性は思ったことだろう。
しかし残念なことにお互い様である。
「こんにちは」
「は?」
とりあえず挨拶をしてみたが、真顔で返された。
どうやら彼女は大分機嫌が悪いようで、俺を不審者でも見るような目つきで睨みつけてくる。
そんな彼女の様子を見てこれ以上の接触は危険と判断した俺は、すべてをなかったことにして再び空を見上げることにした。
このブランコから立ち去るという手もあったのだが、先にいたのは俺だし、挨拶も返せない失礼な女に場所を譲る気にもならなかったので、その場に留まることにしたのだ。
「あなたこんなところで何してるの?」
意外なことに、一度は崩壊した会話を女の方から再開してきた。
俺は視線を空から隣へゆっくりと移していくと、その質問に対する答えを口にする。
「見ての通り、何もしてない」
「なんで?」
「今朝会社をクビになったから」
「へえ、ドンマイ」
人生最大のピンチをドンマイで済まされた時の俺の気持ちは想像に難くない。
なんかイラっとしたので、俺も意地悪な質問をする。
「そういうあんたはどうなんだ?外回りって様子でもないだろう?」
「・・・別に私はアンタと同じじゃないわよ」
「じゃあ何してんの?」
「私は会社を辞めたの」
綺麗な眼差しではっきり言うものだから、かっこよく見えてしまった。
しかしよくよく考えるとその理屈はおかしい。
「・・・それって同じじゃね?」
「全然違うわよ。あなたは会社に捨てられた。私は会社を捨てた。主体が違うの」
「・・・?」
やっぱり俺には違いがわからなかった。
一人首を傾げていると、女は突然何かを思い出したのか声を荒げ始める。
「あんのクソ部長め!絶対許さん!ハラスメントコンプリートしやがって!地獄に堕ちろ!」
昼間の公園のブランコで、髪をくしゃくしゃにしながら呪いの言葉を吐き続けているその姿はまさに悪鬼羅刹の類。
見ていて怖い。
「会社も会社だ!事なかれ主義のボケ老人共め!まともな判断ができないならさっさと隠居しろや!」
なんか勝手に盛り上がり始めていたので、やっぱり俺は帰ることにした。
触らぬ神に祟りなしである。
勢いよく立ち上がり、その場を後にするため歩き出す。
ここで大切なのは、あくまで自然に立ち去ることである。
影を薄め、息を殺し、あたかも一陣の風になったかのような気持ちで音もなく去ることが何よりも重要なのだ。
しかし残念なことに、血に飢えた獣は犠牲者を出さずにはいられない。
完璧な立ち回りで離脱を試みた俺の肩を、その手はしっかりと捉えていた。
「ちょっと、人が話してるのにどこ行くつもりよ?」
「いや、用事があるので帰ろうかと」
「ニートに用事なんてあるわけないでしょ」
「この世に存在するすべてのニートに謝れ」
全く失礼な奴だ。
世の中には精力的なニートだっている。
彼らの名誉を傷つけることなど誰にもできはしない。
できはしないのだが、俺に関して言えばまさしくその通りだったので、下手な言い訳などせず真正面から拒否の姿勢を示すことにした。
「俺はもう帰る。これからのことも考えなくちゃならないしな。あんたも頑張れよ」
それだけ告げて今度こそ一歩踏み出そうとしたのだが、残念なことに肩に置かれた手の力が緩むことはなかった。
代わりに彼女は俺の体を無理やり自分に向けさせて、とんでもないことを言い出す。
「同じ日にニートになって、同じ場所で黄昏ていた。これも何かの縁でしょう。一杯付き合いなさい。あなたにだって愚痴の一つや二つはあるでしょう?ニート仲間として、少しは聞いてあげるわよ」
「冗談じゃない。あんたに愚痴るくらいなら、俺は窓のところに置いてあるサボテンに愚痴るね」
「まったく、人の好意は素直に受け取るものよ。どうせ家に帰ったって一人なんでしょ?あなた、寂しくて死ぬわよ」
「・・・」
彼女にそう言われた瞬間、俺は思考を止めてしまった。
何かが軋む音がしたからだ。
しかしそれが何かわからない。
「使えない奴め」
ふと上司の口癖が頭を過る。
もう会うこともない彼に向って、俺は心の中で呟いた。
ああその通りだとも。
自分では何も決められない。
困ったときは、こうして立ち止まることしかできない。
ただ言われたことを指示通りこなす存在。
誰かの意思によって動く道具。
それが俺だ。
せめて俺にできたことと言えば、誰よりも長く働くことだけ。
しかしそんな行為に意味はない。
それなら二十四時間年中無休で働く機械の方がよっぽど優秀なのだから。
俺なんていらなくなって当然だ。
もはや俺には人としての価値などない。
ならばこの先どこに行っても同じなのではないか?
こんな俺を必要としてくれる人なんていないのではないか?
「ああ、そういうことか・・・」
ようやく俺は現状を正しく理解した。
さっきから俺の胸を締め付けるこの痛みは、逃れようのない孤独が原因だったのだ。
しかしそうとわかったところでどうすればいいというのか。
俺には何も変えられない。
もういっそのこと、本当に何もかも終わらせてしまった方が楽に・・・。
「人の話を聞きなさーい!」
沈んでいた意識が、突然の衝撃で現実に引き戻される。
驚いて目の前を見てみれば、例の女が俺の頬をその両手で包み込んでいた。
「なに無視してんのよ」
「・・・ああ、すまない」
「ん?あなた、ずいぶんと顔色悪いわね。体調不良なら先にそう言いなさい。暇だし病院ぐらい連れてってあげるわよ」
「いや、大丈夫だ。少し寝不足なだけだから」
「本当?汗もすごいけど」
至近距離で顔を覗き込まれた俺はさすがに気恥ずかしくて目を逸らそうとするが、彼女の手がそれを許さない。
目と目を合わせ、互いの息遣いまで交えながら、俺たちはしばらくそうしていた。
「・・・なんでそんなに絡んでくるんだよ」
「うーん、なんでだろ?なんかほっとけないから?」
「なんだそりゃ、馬鹿にしてんのか?」
「別にそういうつもりはないけど・・・。でもそうねえ、他に理由があるとしたら・・・」
そこで一度言葉を切った彼女は、俺の顔から手を放し、どこか照れくさそうに笑った。
「今は一人になりたくないかなあ~、なんてね」
その時見た彼女の表情を、俺は生涯忘れることはないだろう。
「・・・そうか」
なんだ、単純な話じゃないか。
要するに、彼女も寂しいのだ。
そしてたまたま隣にいた俺に助けを求めた、これはただそれだけの話だったのである。
それがわかったとき、俺はどこか救われた気持ちになった。
彼女からしたら相手は誰でもよかったのかもしれない。
最悪誰もいなくてもなんとかなったのかもしれない。
それでもここで俺を見つけてくれて、そして一緒にいてほしいと言ってくれた。
まだ誰かが俺を必要としてくれるというのなら、これほど喜ばしいことはないだろう。
「・・・一杯付き合ってほしいんだったな。いいぞ、俺も丁度飲みたくなってきた。愚痴でも何でも聞いてやる」
「・・・え?どうしたの急に」
「だからあんたの誘いにのると言ってるんだ。嫌か?」
「別に嫌じゃないけど。むしろそっちがさっきまで嫌がってたから驚いてるのよ」
「気が変わっただけだ。また気が変わらないうちにさっさと行くぞ」
「・・・あはは、急にやる気になったわね。いいでしょう、昼から飲んじゃいましょう」
善は急げと俺たちは歩き出す。
お互いお先真っ暗な状況だと言うのに、どこかその足取りは軽い。
迷子になって動けずにいた青年は、その時久しぶりに笑ったのだった。
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