ステージ1 『魔女』と呼ばれた女
物心がついたころから、私には人の心が読めた。
それに気が付いたのは幼稚園の頃。
友達の女の子が好きな男の子が出来たとき、話している声と心の声の区別がつかなかった私はそれをみんなの前で話してしまった。
もちろん友達は大泣きして喧嘩になった。
小学生の時、新しくできた友達がいじめられていて、何とかしてあげたいと思いとっさにこの力を使い、いじめっ子の秘密を暴露した。
これでいじめられることはなくなるだろうと、子供の浅はかな考えそうなことだ。
事態は私にとって最悪な形で悪化した。
誰にも言っていないはずの秘密を暴露されたいじめっ子は標的を私に変えた。
当然、リーダーに付きまとっているだけの子たちは方向を刺されるがままに私に行動を開始した。
結果として、誰も助けてはくれなかった。
このころからだろう、私に考えていることを読むという力、それを明確に当てたわけではないが未知な恐怖というのは感染するもので、6年生に上がるころには私の周りには誰もいなくなっていた。
その頃からだろう、私は『魔女』と呼ばれるようになっていた。
中学に上がり、私の魔女の噂を聞いた同級生たちは入学早々に私から距離を置き、次第にその距離は理由のない悪意に変わり、気が付いたらいじめを受けるようになっていた。
理由なく殴られ蹴られ、教科書は破かれ体操服は盗まれ捨てられ。
そんな日々から抜け出すべく必死に勉強して、彼らとは違う遠い高校に進学することに成功した。
これで、大丈夫。
これからは何も知らない中で、私は『魔女』を隠して生きていくんだ。
そう決意したのに。
待っていたのは絶望だった。
『あいつ、うぜぇんだけど』
『隣のあの子可愛いじゃん!マジやりてぇ~』
『B組のあの野郎ぶっ殺してやる』
『私あのセンセーと寝たから成績あがってるぅ~、あとはこれをネタにゆすってやる』
中学のころから違和感というか、兆候はあった。
私の能力はONとOFFが自由に効かない。
つまり聞きたくないことまで勝手に入ってくるのだ。
思春期を通り過ぎるあたりである若者の頭の中など、覗いて気持ちのいいものではなかった。
それは生徒だけに言えることではなかったが。
『まったく生意気なガキどもだ、給料がよくなきゃ誰がこんなことするか』
『生徒に手を出してしまった、どうしよう、ゆすられる前に対策を取らなくては』
教師の考えることもまた、私に果てしない嫌悪感を与えた。
そんな高校生活2年目を迎えるころには、私は学校に行かなくなっていった。
幸い、自宅である程度の勉強をしていれば成績はいいほうだったので、親も何も言わなかった。
『今日も学校行かないのね、でもまぁ、成績はいいから、時期を見て転校の話をしようかしら』
私の能力を知らない母親。
幼いころ、大喧嘩をした時も、いじめられた時も、学校に行かなくなった時も、いつも心配してくれた母親。
だからこそ、この能力は決して話してはならないと思っていた。
能力を知って、表を取り繕った時の母の心の声を、私は聞きたくない。
きっと、内容によっては私が私を保てなくなる、そんな気がした。
学校に行かなくなったころ、たまたまネットサーフィンをしているときに見つけた広告でとあるオンラインゲームを見つけた。
それは今話題のMMORPGゲームで、私もプレイしようかと悩んでいたものだった。
せっかくの機会だと思い、私はゲームを始めた。
キャラの制作時、私は鏡に映った私を見て、小さく溜息を吐いて本当はこうなりたかった自分。
『黒猫』を生み出した。
ゲーム内はとても快適だった。
まるで現実と同じようにたくさんのプレイヤーがいて、クエストをこなして、友達を作って、楽しそうにおしゃべりして。
そして何より、この画面の向こう側だと、誰の心の声も聞こえない。
この能力の届かない世界が、今目の前に広がっていた。
それから私はこのゲーム、『アルグレイド・オンライン』に没頭した。
ある程度操作にも慣れレベルも平均値ぐらいまで達したとき、たまたま一緒のクエストをしていたチャットログのうるさい中二病プレイヤー『ラビ』と出会った。
クエスト後に少し話す機会があり、クエスト報酬の内容や、好きなゲームやアニメの話をして盛り上がった。
「っふ、ここまで魂の波長が合うとは、我らの長も気に入るはずだ、どうだろう黒猫よ、我らの同盟者とならぬか」
『ラビ』のその誘いにより、今のギルド『夜空の騎士団』に加わることになった。
そして、今に至る。
★ ★ ★
「今日はラビさんとグレイヴさんがインするんだっけ…」
朝食のパンをかじりながら朝のニュースに目をやる。
『次のニュースです、またいじめによる自殺か…教師が生徒をいじめる問題が発生しました』
いじめ、か。
私も受けていた理由のない悪意が生み出した行為。
「先生も、加担するなんて……世も末だね」
テレビを消して部屋に戻る。
外の世界なんて、最近はまともに出ていない。
出るとしても買い物の時ぐらいだ。
イヤホンで音楽をガンガン流して心の声が聞こえないようにして出かけるのだ。
我ながらとんだ中二病だ、『ラビ』のことが言えないくらいに。
しかし、そうしないと外出すると心の声に押しつぶされてしまうのも事実だから仕方がない。
だから極力外出は避けている。
完全な引きこもりボッチだ。
パソコンを起動し、ゲーム画面を開く。
まだよく遊ぶギルドメンバーはインしていない。
ギルドの掲示板に目をやると、団長が記事を更新していた。
恒例夏のオフ会企画!
団長の『ジョーカー』だ!
毎年恒例のこの季節がやってきたぜ!
今回は秋葉原でのオフ会を予定しているぜw
みんなで飯食って歌うたって仲良くなって騒ごうや!
「オフ会、か」
このギルドは春夏秋冬でシーズンごとにオフ会をしている。
ギルドメンバーで友情を深めてほしいという団長の考えで始まった企画で、メンバーからは割と好評だ。
私も、そんなオフ会に興味を抱いてはいるが、この能力故に参加を拒んでいた。
このギルドに入ってもう1年、シーズンオフ会以外にも忘年会や新年会も開いたりと活発な行動はであることは、団長の人望がなせる業なんだろう。
「今回のオフ会は、ラビさん来るのかな…」
去年はオフ会の様子を『ラビ』から教えてもらい、参加しておけばよかったなと後悔する1年だったが…今年は…。
「どうし、よう…」
不安要素は上げ始めたらきりがない。
私はパソコンを一旦閉じて、ベッドに寝転んだ。
まだみんなインしていない、少し間を開けて出直そう。
そう思いゆっくりと目を閉じた。
★ ★ ★
「黒猫」
「え……ラビさん?」
目を開けると、彼がいた。
私のことを同盟者と呼び、一緒にゲームをしている大切な友達。
しかし私は黒猫ではなかった。
佐奈がそこに立っていた。
「君がそんな人だったなんて、思わなかったよ」
「え…な、なにが」
「人の心の声が聞こえるなんて、気持ち悪い」
「そんな」
心臓が跳ねた気がした。
血の気が引き、目の前がくらくらする。
彼の嫌悪感が、顔を見なくても伝わった。
いやだ。
「そうやって、いろんな人の心を読んでほくそ笑んでんだろ?」
「ち、違う…」
いやだ。
「俺の心の声を読んで、幻滅するつもりだったのか?あざ笑うつもりだったのか?」
「そんなこと、しな、い…」
いやだ。
「もう俺に近づかないでくれるか」
いやだ。
「まって、違うの!」
いやだ。
「じゃあな」
失いたくない。
「待って!ラビ!!!」
★ ★ ★
「っ!はぁ……はぁ……」
勢いよく体を起こし、少しふらついた。
汗でびっしょりの顔をぬぐい、呼吸を整える。
まだ、心臓の音が止まない。
目の前がぐるぐるする。
胸の奥からこみ上げる嗚咽が気持ち悪い。
「はぁ……はぁ…夢、だよ、ね」
思い出しただけでも泣きそうになる。
喰らいつくようにパソコンを立ち上げ、ゲームを起動する。
その形相は、それこそ魔女のようだった。
ゲームにログインしてフレンド画面を開く。
そこには『ラビ』の文字。
「同盟者よ、今宵は遅い参上だな」
チャットメッセージと共に彼が現れた。
そのメッセージだけで安堵の溜息がドッと吐かれた。
「ごめんごめんww寝坊しちゃったwww」
「っふ、夢の世界にいたのならば致し方ない、今宵は我ら騎士団の同胞もいることだ、楽しくやろうじゃないか」
「あいっかわらずの中二病だねラビはwww黒猫もお久~」
白髪に青い目の青年アバター。
グレイヴ、亡霊を憑依させて戦うネクロマンサーだ。
ラビとはギルド入団当初からの友人らしく、オフ会でも彼曰く『波長が合った』らしくチョイチョイリアルでも交流があるらしい。
少し羨ましく思った。
「おひさグレイヴ~!最近忙しかった系?」
「そーなんだよ!やっとテスト期間が終わったからさー、遅れた分とりもどすぜぇ~!」
「っふ、大変だな同胞よ、学業なぞ我の手にかかれば造作もない」
「うるせぇお前絶対に文系以外弱いだろ」
「さて、どうだかな」
「wwwwwww」
学校の内容の雑談は、当たり障りのないことを話している。
苦手科目も適当にでっち上げ、運動が苦手という本当のことも織り交ぜ、違和感のないように…。
そうしないと、彼らに私が学校に行っていないことがばれてしまう。
不登校、登校拒否。
単語だけ聞いたらそれだけでも人生負け組だ。
せめて彼らにだけはそんなことはバレたくない。
その後、私たちはクエストをクリアし、ギルドロビーに集まり雑談をしていた。
「そうだ、ラビと黒猫は次のオフ会は来るの??」
グレイヴのその言葉に、思わず心臓が跳ねあがる。
「我は行こうと思っているぞ、団長にも久々に会いたいからな」
「やっぱ?なら俺も参加しよー」
「同盟者よ、貴殿は参加するのか?」
「あ、私?私はねー…」
そこから先の文字が打てなかった。
もし、オフ会で会った彼の心の声を聞いてしまったら。
私の『秘密』がうっかりばれてしまったら。
私はどうしたら……。
「まぁ無理に参加しなくてもいいんじゃね?結局はネトゲ友達なんだしリアルで交流が絶対ってわけでもねーしなw」
「一理あるな、我らの参加は自由、団長も参加を無理強いしたりはしない」
「あ、いやー、そうだね、去年は一度も参加していなかったし、行ってみようかな…?」
「マジか!」
「ほんとか同盟者!」
「うん…行ってみたいな」
「なーらここは俺らが一肌脱ぐっしょ!」
「そうだな、同盟者が我らのギルド団員と交流を深められるように尽力せねば」
「そ、そこまでしなくていいよ!初めてだし、二人と楽しく話せればそれで」
「ん?そー?」
「それは我らは構わぬぞ」
「wwwじゃーそっちの方面でお願いしまーす」
「む、そろそろ我は闇に紛れる時だ」
「お?そんな時間か」
「じゃあ今日はお開きかな?」
「すまぬ、ではさらばだ!」
『ラビ』さんがログアウトしました。
「じゃあ俺も落ちようかな、ばいび~」
『グレイヴ』さんがログアウトしました。
「……ばいばい」
『黒猫』さんがログアウトしました。
★ ★ ★
「参加、するって言っちゃった…」
パソコンから目を離し、天井を仰ぐ。
彼らに、会う。
「な、何とかしなきゃ」
とにかく話題の収集と浮かない格好を勉強しないと、引きこもりにはつらい現実が待っているかもしれない。
その日の夜、私は初めてファッションサイトを開いたのだった。
大変長らくお待たせいたしました
続きです。
まぁ、お気づきでしょう・・・こんな感じに更新速度はバリ遅です
それでもお付き合いしてくださる方がいらっしゃったら光栄です
さて今回は『黒猫』のお話
次はどのプレイヤーのお話なのか、楽しみにしていてください