無限迷宮 Part3
薄暗い洞窟の中、俺はガリバーで時間を確認する。
《9月3日/10時35分》
どうやら、ダンジョンに入ってから二日が経過したようだ。
この二日間の成果は以下の通りだ。
1、ツヤ豚 討伐数25体
2、ツヤ蝙蝠 討伐数48体
3、ツヤ狼 討伐数8体
4、ツヤ宝箱 開封数1個
5、階層移動 無し
「………。」
流石に参ってきた。
不眠不休、食事無しで暗闇の中を歩き続けるというのは、非常によろしく無い。
何が良くないって心に良くない。
レベルは馬鹿みたいに上がったが、途中から通知音がウザくなって切ってしまった。
せめてもの救いは、蹴躓いた事で発見した宝箱の存在だ。
未だ謎の多いダンジョンにおいて、最大級の謎として君臨している『宝箱』。
誰が置いたか知らないが、この宝箱の存在が多くの冒険者の心を引きつけてきた。
そんなもの、例え何が入っていようが不気味なだけだろうと思っていたが、実際に見つけた時には狂喜乱舞した。
あまりにもマンネリ化した探索に、いい加減ウンザリしていたのもあっただろう。
しかし、その中身は非常に助かるアイテムだったのだ。
『マジックバック』と呼ばれるそのアイテムは、外見からは考えられない程の容量を持つ、魔法の鞄だ。
ガリバーのストレージは、倒した魔物の魔石やら素材やらで立ち待ち満タンになり、途中からは魔物の死骸は捨て置くだけになっていた。
そんな中見つけたマジックバックは、外の世界へ帰還した時に多額の報酬を受け取れるというモチベーションを呼び起こしたのだ。
このマジックバックの容量は、鑑定スキルの無い俺には分からない。だが、ここに来てから倒した魔物達を全て入れてもまだ余裕があるようだ。
今現在、俺の心の支柱となっているマジックバックは、俺の体の支柱にもなっている。
どういう事かというと、このマジックバックは巾着袋の様な形をしてるのだ。
そして俺は全裸。
となればやる事は1つしか無い。
俺は、マジックバックを履いていた。
いやいや、全裸で歩いた事のある男性なら分かるだろう?歩く度にナニが脚に打ち付けられ、非常に不快なのだ。
不快なだけならまだしも、一定のリズムで『ぺしんっ、ぺしんっ』と音を発しながら歩いていると、魔物に発見されるのである。これは非常に問題だ。
不意打ちなら一瞬で殺せる魔物を相手に、数分の戦闘行為をしなくてはならなくなる。
ちなみに、広大な空間を持つマジックバックの中にアレをしまっていると、ものすごい開放感に包まれる。ぜひ諸君にも一度試して頂きたい。
「………。」
とはいえ、未だに1つの階層もクリア出来ていないというのは如何なものか。上階への道はその影すら見えてこない。
余りの先の見えなさに、心の中で架空の友人達に語りかける様になってしまった。
これは早急になんとかしなくては。
ガリバーは魔力を動力にして動くので、灯りには困らないが、夜目スキルが向上してきたおかげでそれも必要無くなってきた。
どうやらこの洞窟は、完全なる暗闇では無く僅かな光が存在している様だ。
光の発生源は、ツヤツヤ系の魔物の死骸だった。
自然死なのか生存競争の末の結末なのかは分からないが、少なくない数の魔物が死んでいる。
そして僅かでも光があれば、夜目スキルが仕事をしてくれるのだ。
魔物の死骸は、ある程度時間が経つとダンジョンに吸収されてしまうので、中には全く先の見えない場所も在ったが、そういった所はライトを使って視界を確保した。
「…………ん?」
最後に時間を確認してから、体感時間で2時間程経った頃、頭の中に薄っすらと地図が現れた。
今まで何とか頑張って道を覚えながら歩いていたので、何らかのスキルが生えたのだろう。
後でステータスを確認する事にする。
頭の中の地図は所々霞がかかった様に見えなくなっていて、そこがまだ自分の踏み入っていない場所なのだと分かった。
どうやら俺は、知らず知らずの内に同じ道を何度も通っていた様だ。視界の悪さと頭の悪さが災いしたな。
そこからしばらく…恐らく半日程かけて、地図の穴埋めを行った。
すると、この二日間待ち望んだ物が現れた。
「か……いだ、ん。」
あまりに喋らなすぎて上手く声に出せなかったが、そこには確かに階段があった。洞窟の壁にポッカリと空いた穴。その中にそれは存在したのだ。
階段の両端には、薄っすらと光る宝石の様な物が埋め込まれており、暗いがあまり躓く人が出ない様にという親切仕様になっている。
ただし…
「…階段の、向きは…優しくない。」
その階段は、降っていたのだった。
「あぁ……アアァ…。」
俺は膝から崩れ落ちた。
たかが二日で、人はここまで追い込まれるのか。
なんて冷静に客観視する自分もいたが、思考の大半はクソ仮面への罵詈雑言で埋め尽くされている。
初めから分かっていた。
どう考えたって、こんなクソダンジョンの26階層から2週間で脱出なんて不可能だ。
未来を知るクソ仮面なら、そんな事は百も承知だろう。…その上で俺を送り込んだ。
これは完全にクソだ。
クソみたいな嫌がらせだ。
「クッソ!…クソ!クソがぁ!ゲンガの野郎っ!!次に会ったらあのクソみたいな仮面毟り取ってやるっ!」
誰も聞いていないんだ。
好き勝手言ったって良いだろう。
これでもランク戦は楽しみにしてたんだ。みんなでランクを上げて、それぞれの目標もクランの目標も一歩先に進める。それを、こんな…こんな事で台無しにするなんて…!
「今、ゲンガと言ったか?」
誰も居ないはずの洞窟に、俺以外の声が響く。
「!?」
「ああ、驚かせて済まない。知った名前が聞こえたのでね。」
それは、階段から現れた。
前人未到の27階層から現れたのだ。
「…な……ん、で?」
「ん?なんでとは?」
長い銀髪。
鋭い銀眼。
真っ白な肌。
「ここから下には…誰も…」
「…なるほど。それで驚いていたのか。」
漆黒の衣装に包まれたその女性は、透き通る様な声で言葉を紡ぐ。
「無限迷宮の最高到達階層は、私が更新したよ。」
「なっ!?」
「と言っても30階層までだけどね。そこから先はまた次回だ。」
何でもない事の様にそう話す女性は、どこかゲンガさんに似ている気がした。
「それより君は先程、ゲンガさんの名を口にしていたね?彼の知り合いなのかな?」
「……一応、ゲンガさんは俺の師です。」
この人の正体は分からないが、一先ず会話をしてみる事にする。
「…そうか。君が……。先程は呼び捨てにしていた様だが、あまり良い関係を築けていないのかな?」
「……忘れて下さい。」
絶望的な状況に、つい悪態を吐いてしまったのだ。
「うむ。ダンジョンというのは、人の精神を蝕む物だからな。…しかし見たところ、君からはそれ程大きな力を感じないな。この階層までよく辿り着けたものだ。」
多分、俺を貶めるつもりで言っている訳ではないのだろう。どちらかというと、その程度の力で良く頑張ったという意味合いで言っている気がする。
とはいえそれは誤解だ。
俺は辿り着いてなどいない。
ここに居る経緯を掻い摘んで話した。
「そうか。ゲンガさんならセーブポイントくらい抑えていても不思議は無いな。…うん、ここで会ったのも何かの縁だ。持って行きなさい。」
俺の話を聞いた女性は、腕輪型のガリバーから何かを取り出した。
「20年前のものだが、地形は変わっていない。充分役に立つだろう。本当は同行してあげたい所だが、あまり助力してはゲンガさんの意思に反してしまうのでね。」
渡されたのは地図だ。
「え?良いんですか?」
「ああ。私はガリバーに読み込ませてあるしね。…ただ、貴重な物ではあるので大事にしてくれると嬉しい。」
ヤバい。
泣きそうだ。
人の優しさが沁みる。
「では私はこれで…」
そう言って歩き出す女性を、俺は呼び止めた。
「あ、あの!俺は、キリサキ サチです!…良ければお名前を!」
「ん?ああ、これは失礼した。私は、エヴァ クイーンだ。周りの者達は『黒竜』と呼ぶけれどね。」
エヴァ クイーンという名は聞いた事が無いが、黒竜は知ってる。
ギルドランキング1位の絶対王者だ。
異界に派遣されていると聞いたが、ガリアイに来ていたのか。
「エヴァさん!地上に出たら必ずお礼に行きます!!」
「ふふっ。楽しみにしているよ。」
そう言い残し、エヴァさんは今度こそ去って行った。
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