2人の時の神
「あっはっは!そこの娘!私がトキアじゃ無いと?何故そう思う?」
トキアはテラスの手すりに座ったまま、両手を叩いて笑っている。
「う、うむ。…それはもちろん、トキア様と姿も形も違うからだ。」
これは…どういう事だろう。
このトキアが、偽物だと?
ザラは自分達が原始人である事を話す。
恐らくはこの時代とは別の文明から来たという事も。
「ふむふむ!サチとリコも私が偽物だと思うか?」
「「……。」」
流石に情報が少なすぎる。
今の段階では何とも言えないな。
「…いくつか質問をさせてくれないか?」
「それは私にか?それともこの娘にか?」
「どっちもだ。あとコイツはザラって名前だ。」
「ふむ!もちろん良いぞ!」
「…私もだ。」
ザラは今どんな気持ちなのだろうか。
信仰する神を名乗る女の子を目の当たりして、心中穏やかで無いのは間違いないが。
「まずはザラ。…ザラ達にとってのトキアは、どんな姿をしているんだ?」
「……灰色の髪に灰色の瞳。顔立ちはこちらのトキア氏と似ているが、その姿は老婆だ。」
うむ。
「次はトキア。…姿を自在に変えられたりはするのか?もしくは過去に変わった事があるか?」
「いいや。私の姿は不変だよ。」
うむ。
「もう一度ザラ。トキアは何か、神の奇跡の様なものを見せてくれたか?」
「……トキア様は、私達に叡智を授けて下さった。それが奇跡だ。」
うむ。
決まりだ。
「なら、そっちの世界のトキアは偽物だ。」
「………。」
「さ、サチ!いくらなんでも直球過ぎるわ!」
セリフからして、リコも同意見なのだろう。
トキアはにやにやと笑うだけで何を考えているのかわからないが。
「ザラ…。俺は謝るつもりは無いぞ?」
「…分かっている。……いや、本当は、こちらのトキア氏を見た瞬間に、分かっていたんだ。」
叡智を授けてくれたトキア。それは確かに人々の信仰を集める程に偉大な存在だったのだろう。しかし、目の前の少女は、時を止めた世界に君臨している。
『神』はどちらか、と考えた時には、余りにもその差は歴然だろう。
「しかし…何故だ?…何故時の神の名を騙る必要があった。私達はそんな大仰な名など無くても崇めただろうし、神を名乗るとしても実在の神を名乗る必要なんて無いだろう?」
それはその通りだろう。
何かしらの思惑はあるのだろうが…
「ふっふっふ。それ以上に不可思議な事もあるぞ?…私がこの世界と関わりを持ったのは1006年前の事だ。ザラとやらが本当に旧文明から来た者ならば、その時代に私の名を騙った者は…果たして何者なのだろうな?」
「………。」
普通に考えれば、偽トキアは現界人という事になるのだろう。
いや、未来人という可能性もあるか?
いずれにせよ、碌な人間じゃなさそうだが…
「今はまだ、分からないな。」
「…うむ。この件はまだ、同胞には話さないでおくよ。折角のお祝いムードが台無しになってしまいかねないからな。」
「そうだよね。…ザラもごめんね?私達がここに連れてきたばっかりに。」
「いや、私としては知れて良かったよ。どうやら私達は時神の子では無かった様だが…そこはさして重要な事では無い。この件は故郷に帰れた時にでも調べてみるさ。」
前向きだな。
今まで信じて来た神が偽物と分かったのに、彼女はいたって冷静だ。
「トキア…また会いに来てもいいか?何か進展があった時は報告に来たい。」
「もちろんだ!私も神の名を騙る者の正体は知りたいところだからな!…私からのアドバイスとしては、『50年前』の世界にこの件の鍵がある気がするぞ?」
50年前。
そこは所謂世界の分岐点だ。
未来世界からしたら『時間の特異点』。
魔法世界からしたら『魔王の座標』。
原始世界からしたら『偽神の片鱗』。
現界からしたら『勇者の死んだ時』。
そして…
化神の跳んだ時代だ。
ゲンガさんが偽トキアの正体である、と考えるのは余りにも短絡的過ぎるか?彼なら、原始世界に跳ぶ事も可能な気がするが…
俺達は至って平凡な夢を持ってギルドへ入職したのに、神が絡むこの件に関わらずにはいられないのだろうか。
「ありがとうトキア。今日は挨拶だけのつもりでお邪魔したけど、思わぬ事実が知れて良かったよ。」
「どういたしまして!私はお前達が気に入っている。いつでも話相手になってやろう。」
そう言ってトキアは、以前と同じ様に両手を合わせ、俺達を元の世界に送ってくれた。
「なんだが物凄い体験をしたが、お前達のお陰で新しい事実を知る事が出来た。お前達には世話になってばかりだな。感謝している。」
ザラが深く頭を下げる。
「いやいや、友人として当然の事をしたまでだ。」
「私はホントに何もしてないわ。サチと手を繋いだだけだもん。」
「それでもお前達は私の、私達の恩人だよ。…ありがとう。」
ザラのこんな優しい笑顔は初めて見たな。
きっとこれが、彼女本来の姿なのだろう。
組合のトップを母に持ち、自身も戦闘部隊のリーダーを務める彼女は、この緊急事態を前に張り詰めた空気を纏う事を強いられていたが、丸一日をかけてそれも抜け、本来の姿を取り戻したのだ。
「おう。…そろそろ宴会に戻ろうぜ!ギルドからもたらふく差し入れが届いたみたいだぞ?」
「イチトとカナデが羽目を外してないか心配ね。」
「ふふっ。ああ、戻ろう。久しぶりに美味い酒が呑めそうだ。」




