究明
「どうにも引っかかるんだよなぁ。」
「ん?なにが?」
「何ってもちろん、ギルドの原始人殺しだよ。」
「今更何を……私はこの目で見たのだ!レイノは私の目の前で死んだ!」
ザラが怒鳴る。
彼女の目から見たら、俺は仲間の暴挙を庇おうとしている様に見えるだろう。
「いや、それは分かってるし、君が嘘をつけるタイプじゃないとも思ってる。」
ここはあえて友人としておこう。
恋人かもしれないが、それはあくまで俺の推測だ。
「…俺が引っかかってるのは、君達が生き残り過ぎている事だ。」
「な、なにを…!」
「いやいや!銃を降ろしてくれ!君達はもっと死ぬべきだとか、そういう事じゃないんだ!」
あ、危ねぇ。
危うく衝動的に撃たれる所だった。
俺はいいが、サァラが流れ弾でも受けたら大変だ。
「俺の予想だけど、君達の仲間が死んだのは、そのレイノの時だけじゃないか?」
「……そうだ。…やはり私には、もっと死ぬべきだと言っている様に聞こえるな。」
「お姉ちゃん。一回最後まで聞いてみよ?」
ナイスだサァラ。
俺は話を続ける。
「うん。実は、在留派の人に聞いてみたんだ。ギルドとの衝突で亡くなった人について。…そしたらみんな、レイノの話しかしなかった。つまり、他には死んでないって事だろ?……そして今回もまた死亡者ゼロだ。いたら真っ先に報告するもんな?」
「そうだね。派閥なんて物が出来ちゃったけど、私達はみんな同郷の仲間だもん。」
「……。」
サァラの言葉に思うところがあるのだろう。ザラは神妙な表情をしている。
「…さっきも言った様に、もっと死んで欲しいなんて話をしたいんじゃない。ただ…不自然なんだ。」
「不自然?」
「ああ、確かに君達は強いさ。俺だって一度殺されてる。…だけど、ギルドには俺以上の手練れが大勢いるんだ。」
押し黙っていたザラが、ゆっくりと口を開く。
「…つまり貴様はこう言いたいのか。…我々が、ギルドの連中に手心を加えられていると。」
「ハッキリ言えば、そうだ。」
ガタン!
ザラが椅子を倒しながら立ち上がる。
「ふ、ざけるな……ならば何故レイノは殺された!アイツだけは例外だったとでも言いたいのか!!」
感情的な娘だ。
まぁ、友人が殺されたのだから仕方がないか。
「……いや。…例外だったのはむしろ、殺した側だったんじゃないか?」
「な、なんだ…と?」
俺は努めて冷静に話す。
「俺もそんなに詳しいわけじゃ無いが…ギルドってのはさ、大規模な作戦を行う時には、『力場』ってやつを張るらしいんだ。」
「力場?」
サァラが首を傾げる。
「そう、力場。防護結界とか呼ぶ奴もいるみたいだけどな。この力場の中では、あらゆる攻撃を防ぐ事が出来るらしい。さすがにノーダメージにはならない様だけど、半減くらいはするんだろう。防衛戦においてのギルドは、無敵と言われてる。」
故にギルドは、これ程の戦力を持ちながらも、どんな大国にも屈せず、中立を保って来られた。
「…確かに。私達の銃撃は、悉く防がれた。しかし、だから何だと言うのだ?」
「だからさ。君達を殺さない様に加減するくらいの余裕はあると思うんだよ。…あ、バカにしてるわけじゃ無いぞ?俺もギルドの防衛陣に攻め込んだら完封されるも思うし。」
ザラの目が殺気を放って来たので、慌てて弁明する。
「えっと…つまりレイノの時は、事故だったって事?」
「待てサァラ。そんな簡単にコイツの戯言を信じるな。」
事故。
その線でも考えてはみた。
だが…
「…一つ確認したい。レイノは…ザラより強かったよな?」
「なっ!?」
この反応は、正解という事だろう。
「…何故わかる。」
「君が言っていただろう?『レイノは私の目の前で死んだ』って。…君はリーダーでありながら、最前線で戦う人だ。転送装置の置かれた部屋から出てきた時もそうだった。俺に斬りかかったのも君だしな。死傷者を最小限にする布陣なんだろ?強い者が前に立ち、仲間を守りながら戦う。…そして君は仲間の中で1番強い。……君の前で戦っていた友人を除いて。」
「……。」
ザラは、立ち竦んだまま拳を握る。
悔しいのだろう。最愛の恋人であり、最強の相棒を失った事が。
「…そうだ。…レイノは、私の師だった。」
「…俺の師と違っていいヤツだったんだな。こんなに弟子に想われるなんて。」
在留派の人達から聞いたレイノの評判も、どれも良いものばかりだった。
「まぁ、俺が言いたかったのはだな…そんなに強かったやつが、ギルド側の『うっかり』で死ぬとは思えないって事だよ。」
「ならば、やはり意図して殺したという事だろう?」
「それだと辻褄が合わない。1番強かったレイノを殺せたのに、他の人間を殺していない事の説明がつかないんだ。」
「サチ…回りくどいよ?どういう事なのかちゃんと説明して。」
俺も頭を整理しながら話しているんだ。回りくどいとか言わないで。傷付くから。
「あー、つまりだ……レイノを殺したのは、ギルドの冒険者じゃないって事だ。」
「「!!」」
これでもまだ、仲間を庇っている様に見えるだろうか。勿論俺にそんなつもりなんて無いが、念のため話と推測を続けよう。
「俺がこう考えた理由はもう一つ有る。それは、ギルドの提案だ。」
「…共同でゲートを研究しよう、とかいう戯言の事か?」
口調キツイが、段々と態度は軟化してきた気がする。
「それだ。普通に考えて、1人殺しておきながらそんな提案をすると思うか?」
「だからお前らは蛮族なんだろう。社会性を持たないクズどもなら、そんなイカれた事を言っても不思議では無い。」
なんかザラって、ちょっと未開堂さんに似てるな。
未開堂さん元気かなー。
「んー、なぁザラ。…俺とこうして話してみて、君はまだ俺達のことを蛮族だと思うか?」
「………。」
「その沈黙はどっちだ?」
いや、答えは分かっているが。
素直になれない性格なのだろう。
「ま、いっか。続けるぞ?…俺の読みでは、ギルドには原始人の1人を殺してしまったという話が伝わっていないんだ。ゲンガさんは知ってたみたいだし俺も知ってる事だから、当然ギルドも知ってるもんだと思ってた。…けど違う。ギルドはそれを知らずに、君達の事をただ故郷に帰りたいという想いで戦う勇敢な者達としか思っていない。だから殺さないし、和解を申し出ているんだ。」
しかし、ゲートの防衛部隊が殺していれば、そんな話にはならない。
「ゲートの防衛戦で原始人側に死者が出れば、間違いなく上に報告が行く。仮に殺してしまったバツの悪さから口を噤んだとしても、現場を目撃した者の内の誰かしらは報告するだろう。…しかし現実にはそうなっていない。つまり、レイノが死んだのはギルドの預かり知らない所だったってわけだ。…ザラ、レイノが死んだ時、そこにギルドの人間はいたのか?」
「………。」
今度の沈黙は、答えたく無いが故のものでは無いだろう。
ザラの目が激しく揺れ動いている。
当時の記憶を呼び起こし、動揺しているのだろう。
「……い…かった。」
「…お姉ちゃん?」
「…いな、かったんだ。」
やはり、そうか。
「あの時……私達は撤退中だった。」
ザラは、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。
「ゲートの在った森からの撤退だ。…私とレイノは、殿を務めていたんだ…。」
記憶を呼び起こしながら、当時の光景を必死に言葉で表そうとする。
「安全圏に、離脱出来たと…そう思った。」
「……。」
「だが…私には何も分からなかったが、レイノが何かに気が付いたんだ。……私とレイノ、タケヤとキィンで戦闘陣形を組んだ。」
タケヤとキィンというのは、サァラを拘束したあの2人だろう。部隊の中で最精鋭の4人で陣形を組み、レイノが感じ取ったという『何か』に備えたらしい。
「……陣形を組んで直ぐだった。急に、視界が暗転したんだ。…10秒…いや7.8秒くらいだった思う。……視界が戻ってすぐに、レイノが崩れ落ちていくのが見えた。…慌てて駆け寄ると、レイノは…首が裂かれていて………レ、レイノ…は……」
限界、だな。
「…もういい。…話してくれてありがとな。」
「お姉ちゃん…頑張ったね。」
「……すま、ない。」
ザラは顔を俯かせ、何度か鼻をすすった後、毅然とした顔でこちらを見た。
「…まだ、お前の言葉を全て信じたわけではない。……だが確かめねばならない事があるようだ。」
その顔は、先程までとは打って変わり、まさしく戦士の顔付きだった。




