1話飛ばした?
俺がボス部屋に辿り着いた時、全てが終わっていた。
それはもう、どうしようもなく終わっていた。
これがフィクションの世界なら、思わず「あれ?1話飛ばした?」と言ってしまう程度には終わっていたのだ。
「わ、私の傑作が……こんなガキ共に…!」
いやいや。
そんな最後の捨てゼリフみたいな言葉を吐くなよ。
白衣を纏い、血走った目をした中年男性が、息も絶え絶えといった様子で毒づいている。男は、白衣を自らの血で染めながら、洞窟の冷たい地面に横たわっていた。
「…ボク達の勝ちだ。」
「……ヒカルだけでも余裕だったね。…お兄ちゃんまで加わったら、ただの弱いものイジメだよ。」
「いやいや、あのスライムは中々ヤバかったぜ?」
「でもリコの魔眼があったから、どうしても余裕に見えちゃうよねー。」
「カナデの水流支配も凄かったわよ?かなり使いこなせる様になってきたんじゃない?」
お前らも、そんな終わった感を出さないで欲しい。
俺の3日間に及ぶ、地獄の修行は何だったんだ?あのクソ仮面、ホントに未来人かよ。…それともこの結末を分かっていた上であそこまでのイジメを行ったのか?
「………。」
「あ、サチ!遅かったわね。」
洞窟の入り口で呆然と立ち竦む俺を見て、リコが声をかけてくれた。
「お、おう。…悪いなみんな、遅くなった。」
俺の言葉に、皆気まずそうにしている。
それはそうだろう。俺が来なくても何の問題も無く乗り越える事が出来たのだ。俺がした事と言えば、皆がボスを倒したところを見に来ただけである。
「あー、なんだその……こっちこそ悪かったな。あんなやり方でしか止めてやれなくて。」
イチトがバツの悪そうな顔で謝罪をしてくる。俺を無理やり眠らせた事を言っているのだろう。
「いや。…アレは俺が悪い。許してくれ。」
皆、驚くほどあっさりと許してくれた。
元からそれ程怒っていなかったのか、俺の到着前に全てを終わらせてしまったバツの悪さなのかは分からないが、和解できたのは素直に嬉しいな。
「何があったのか聞かせてくれるんだろ?」
「ああ。…とその前に、このクズをギルドに突き出すぞ。」
「あ、これまだ生きてるんだ?」
聞き耳を立ててみると、白衣の男は消え入りそうな程小さな声で呻いていた。いや、呻くというよりこれは…何かを唱えている?
「おい!リコ!!魔眼!」
「!?…分かった!」
俺は思わず叫んだ。
途轍もなく嫌な予感がしたからだ。
「…!!…そのスライム!まだ生きてる!」
リコがその目で視た未来を告げる。
「あ?オレが魔石を破壊したはずだぞ!?」
凡そ5メートル程の巨体を持つスライムは、魔石を破壊された事により、その巨体を縮めている最中だった。
しかしその収縮は、スライムの体が1メートル程の大きさになった所で停止する。
「ハ、ハハハッ!…この土壇場で成功するとはねぇ!」
虫の息だった白衣の男は、息を吹き返した様に高笑いを上げる。
「今のコイツは、その体を最適化した最強の生命体だ!」
何かしらが成功したらしいが、つい先程合流した俺としては何のことやらさっぱりだ。1つ分かるのは、俺にも活躍の場が用意されたという事だろう。
「…感謝するぞ白衣野郎。俺の修行の成果を見ろ!……生体魔法『変し…』」
「ぁがっ!ぎゃ…ぁ……。」
白衣の男は、背後からスライムに飲まれた。
「………。」
「お、おい!…だめだ!死ぬな!!せめて俺に殺されろぉぉ!」
俺の叫びも虚しく、スライムが取り込んだ男を消化する。
「……な、なぁ?…このスライムって、アイツが使役してたんじゃないのか?」
「…私もそう思ってたんだけど……。」
「仲間割れかなー?」
カナデがのんびりとした声音で言うが、使役した魔物に食われるなんて聞いた事がない。
俺達が呆然とスライムを眺めていると、思わぬ所から回答があった。
「《……仲間なんかじゃない。》」
「!?」
これは…念話か?
「《…私の魔石はこの男に加工され、支配されていた。それを貴方達が砕いてくれたの。魔石の中心に残っていた、私の本来の魔石だけを残して砕けたから、自分の意思で動ける様になったわ。…この男はそれを、実験の成果だと思ったみたいだけどね。》」
そう言ってスライムは、体内に残った男の残骸を吐き出した。
この男が最後に唱えたのは、実験を進行させる何かだったのだろうが、それは不発に終わった様だ。
「スライムがこんなコミニュケーションを取れるなんて…いくらなんでも知能が高すぎるわ。」
「《それは……私が人間だったからよ。》」
スライムは、自身を【転生者】だと表現した。前世では『本蔵 呆凪』という名前の女子高生だったらしい。謎の病により命を落とした後、世界を超えてこの世界で生まれ変わったのだという。
異界からの転生者というのは、数こそ少ないが前例はある。歴史に名を残した者の中にも複数名存在し、例外なく強力な力を有していたそうだ。
「…そうか。……そうとは知らず、一度は殺しちまって悪かったな。」
「ボクもだ。…その男への怒りのあまり、君の体を吹き飛ばしてしまった。」
「《いいの。…私の方こそごめんなさい。私にもっと力があれば、こんなゲスに操られる事なんて無かったのに。》」
スライム、もといアキナは、そう言って体を震わせた。仙境六花のメンバーは、口々にアキナへと謝罪の言葉を投げかけている。…もちろん俺以外だが。
「そ、そんで?アキナはこれからどうするんだ?」
1人除け者にされた居心地の悪さに耐えきれず、話を進める方向に進んでしまった。
「《…分からない。…このダンジョンをこのままにはしておけないから、【コア】を破壊してからここを出ようかな。》」
コアというのは、ダンジョンの最奥部に有る心臓部の事だ。
これを破壊する事で異界ゲートは自衛能力を失い、ダンジョンが魔物や罠を生まなくなる。
「………私達と、来る?」
「《え?》」
フタバの突然の提案に、アキナが驚きの声を上げる。
「…コンゾウの友達になれるかも。」
コンゾウ?
と、一同揃って首を傾げていると、フタバは床に置いてあったぬいぐるみを持ち上げる。犬と鳥を混ぜ合わせた様なぬいぐるみだ。尻尾だけが変に細長く、その他の部分はデフォルメそれてコロコロと丸い。
どうやらそのキメラみたいなぬいぐるみは、フタバのガリバーらしい。
「《それは……楽しそうね。》」
そう言ってアキナは、床をずるずると這って来て、コンゾウに触手を伸ばす。それに合わせてフタバがコンゾウの手?を動かし、両者が握手をした。
俺達のクランに、新しいメンバーが追加された瞬間だ。
「…さて。…そんじゃコアを壊しちまうか。」
誰が壊すか、という話にはならなかった。ここはアキナがケリをつける場面だろう。
「《やるね。…『アックス』。》」
アキナから伸びた触手が斧を型取り、勢いよく振り下ろされる。
ガキンッ!
と音を立て、バスケットボール大のダンジョンコアが砕け散った。
砕けたコアから、薄い光が溢れ、ダンジョン内に広がっていく。
「これで任務完了だね。ボクはこれから、他の冒険者達の亡骸を回収してから戻るよ。皆は先に…」
「俺達もやるよ。…つうか、マジでそろそろ働かせてくれないと、リーダーとしての立場が無さすぎるんだが…。」
「《あ。貴方がリーダーなんだ。…こっちの2人の内のどっちかかと。》」
そう言ってアキナはイチトとフタバを指すが、誰一人として返事をしなかった。このダンジョンにおける一連の流れを見れば、どう考えてもそう思うからな。
「……リーダー替えるか?」
「いやいや!サチのままで!!」
「お、おう!今回はたまたまだろ!」
再び気不味い空気になりつつも、俺達はボス部屋から出てダンジョン跡地となった森に向かう。
せめて事後処理くらいは頑張ろう。
そしてクソ仮面を殴りに行こう。
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