制服と呑んだくれ
ギルドには制服がある。
各部署ごとに記章が刺繍されたそれは、新人からベテランまで平等に支給される物だ。その品質は上等で、数万人とも言われるギルド職員全員に配布し続けるというのはコスト面だけでも現実的ではないだろう。
よって、初めの1着以外は個人で購入という形をとる事になる。冒険課のアカデミー生にとっては戦闘服としても使われるため、その購入頻度は高くなるそうだ。
とまぁ、旅館にて制服を受け取る際にそんな説明をされたのだが、要約すると「大事に扱え」という事だろう。
制服は、未開堂さんが代わりに受け取ってくれていたが、俺達が受け取りに行かなかった理由については特に聞かれなかった。事情は把握していると思われる。
ただ、俺と同じ新人達からも一切聞かれなかったのは不思議だ。ゴリラとメガネは初めからバックれていたので分かるが、俺とリコは昨日の宴会でそれなりに交流を持った。
にも関わらず質問の1つも無いというのは、少し不自然に感じる。もしかすると、ギルドが何らかの情報操作をしたのかも知れない。
今回の事件は、ギルドの不祥事として取り上げられる事案だ。充分にあり得る。
とはいえ流石に、イチト達には質問責めにあった。いつも一緒に行動している為どのみちバレると踏んで、イチト達への情報操作は諦めたのだろう。
隠しても仕方がないので、4人には正直に話した。
「……そうか。サチが甘ちゃんじゃなくて良かったぜ。…お前があの2人を見逃してたら、オレが殺しに行っていたところだ。」
みんなの反応はそれぞれだったが、心配と怒りの2つは共通していた。イチトのセリフも、嘘では無いのだろうが、俺を気遣って言ってくれているような気がする。
「みんな心配かけて悪かったな。連絡しようと思ったんだが、スーツ組に止められててな。」
ギルド職員の中で、制服を着用しない者達はある程度存在する。お偉いさん達はもちろんだが、アカデミーを出た冒険者達の多くが、自分に合った特注品を身に付けているのだ。
しかし、制服以外の衣服を集団で揃えて着る者達はごく僅かだ。その1つが『スーツ組』。
正式な名前は誰も知らず、スーツ組とかエージェントとか呼ばれている。主にギルドの裏方を担当しており、その職務の詳細は不明だ。
今回のような表沙汰にしたくない事案が発生した時に仕事をしているようだ。
彼らとはあまり深く関わらない様に言われているので、これを機に5人にも伝えておく事にする。
「まぁそんなおっかない人達にわざわざ関わろうとは思わないけど……何でサチはそんな裏方さんの事を知ってるの?」
「親父が昔、ギルドの仕事を請け負ってたんだ。フリー契約の冒険者って感じでさ。…その時の経験から忠告されたんだ。『スーツ組には関わるな』って。」
カナデの質問に答えると、皆一様に頷いている。
スーツ組がどんな仕事をやっているかは分からないが、いや分からないからこそ近づかない方が良いと感じてくれたのだろう。
「しかしアレだな。ギルドの適性検査ってあてにならねぇな。」
「うーん。なんかカラクリはありそうだけどなー。」
まぁこれに関しては情報が無さすぎるからな、考えるだけ無駄だろう。
「とりあえずそういうのは後にして、一先ずご飯にしない?お腹ペコペコだよー!」
「……お腹空いた。」
カナデとフタバが空気を変える。言われてみると俺も腹が減ったな。不死スキルのせいで、これ以上腹が減る事は無いんだが。
「そうだね。今日は食事は出ないらしいから、外で食べる?この旅館、普通に食べると結構高いらしいし。」
ここはヒカルの提案に乗ろう。俺達はまだ仕事を始めてすらいない段階だ。宿に関してはギルドが手配してくれたので助かったが、食事にお金をかける程の余裕は無い。少なくとも俺は。
「そうしよう。今は……20時か。まだ充分店開いてるな。」
ガリバーで近隣の食事処を調べると、口コミ評価の高い定食屋が出てきた。俺とヒカル以外は中々に裕福な家で育ったらしく、庶民派の店で良いのかと確認を取ったが、どうやら問題無いらしい。
まぁ昼間のカフェも特別高級店というわけでは無かったし、無駄な気遣いだったかもしれないな。
定食屋は、旅館から徒歩5分と激近だった。看板には『高坂屋』と書いてある。
「……コウサカヤ?タカサカヤ?」
「コウサカの方じゃないかな?分かんないけど。」
フタバとヒカルが少し後ろでそんな会話をしている。
「どっちでもいいだろ。いいから早く入ろぜ!すげぇ美味そうな匂いしてんじゃん!」
イチトが暖簾をくぐって引き戸を開け、中に入っていく。俺達もそれに続いた。
「いらっしゃい!…6人かしら?そこ座ってー!」
中に入ると、元気の良いお姉さんが席を案内してくれた。店は大勢の客で賑わっていて、お姉さんはテーブルに食事を運んだ体勢のまま、こちらに振り向きながら声をかけてきた。
「ちょっと待っててねー!今お水持っていくから!」
これだけ忙しそうだと、何度も足を運ばせるのも悪いな。席に着いたらさっさと注文する物を決めてしまおう。
「俺日替わり。」
「オレも。」
「ボクも。」
「…私カレー。」
「私もー。」
「……オ、オムライス。」
リコの照れながらのオムライスでお腹いっぱいだ。
しかしみんな決めるの早いな。トータルで5秒だ。
お水を持ってきてくれたお姉さんも驚いていた。
「なんかイカつい人多くね?」
「確かに。ギルドが近いから、冒険者が多いのかな?」
周りの客を見回すと、なんというか…迫力のある人が多い。
「…おい。お前ら新人か?」
すると、隣のテーブルで食事を摂っていた3人組の1人が声をかけてきた。新人という言葉を使っているからには冒険者だと思うが、見た目的には完全にチンピラだ。歳は30代中盤くらいだろうか。
なんかこういうのって、フィクションの世界だとテンプレだよな。とりあえずガラの悪い奴らに絡まれる的な。
「……そうですよ。」
しかし今日はもう日中に絡まれた。せめて明日にしてもらえないだろうか。
「そんな顔すんなって。新人ならまだ仕事始めてねぇんだろ?確か明日からクエストの受注が出来るんだったか。」
「一応……そう言われてますね。」
実際に明日から動けるかは分からないが、許可自体は明日出る。午前中に、新人全体に仕事と研修の説明が有り、昼過ぎには自由行動となる。早い者は早速クエストを受注し、仕事を始めるだろう。俺達は食事の後で、明日の行動について打ち合わせをしようと思っていたが、俺としてはいきなり明日から仕事を始めるのは難しいのではないかと思っている。
「だよな…だったらアレだ。今日はたらふく食って明日から頑張れや。ここは俺らが出してやるから。」
は?
なんなんだこのチンピラは。
めちゃめちゃ良い人じゃないか!
「え?…いいんですか?」
リコが戸惑いながら確認すると、チンピラ先輩は穏やかに笑いながら「おう。先輩ヅラさせろ。」と返してきた。
「あ、ありがとうございます!…ガラの悪いチンピラに絡まれたーとか思っててすみませんでした。」
「…正直に言えば良いってわけじゃねぇんだぞ?」
どうやら俺は、こういう時に空気が読めないらしい。
「ちなみに俺、スキルの影響でその気になれば無限に食べられるんですが……」
「……お前は俺らと呑め。」
5人がタダ飯を満喫している中、俺は中年チンピラ3人組と酒盛りをする羽目になった。ここが日本なら法律を盾に断れるが、残念ながらこの島では通用しない。ガリバーアイランドは異界の文化に引っ張られ、16歳で成人とみなされてしまう。
何という理不尽だ。
とか言いながら、何だかんだで意気投合して、皆が食事を終える頃にはマブダチになっていた。
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