温泉とコーヒー牛乳
宴会もお開きとなり、時刻は22時12分。
俺はイチトとヒカルと共に温泉で1日の疲れを癒していた。景色はあまり良くないが露天風呂だ。
「なんかサチご機嫌じゃね?」
「あ、それボクも思った!なんかあったの?」
「さぁ?宴会が楽しかったからじゃん?」
まさか正直に話す訳にもいかないので、適当に誤魔化しておく。
「リコ関係?」
「……さぁね。」
コイツの勘の良さはなんなんだ一体。
「嘘が下手だなーお前。まぁいいけど。…にしても今日は疲れたなー!その分楽しかったけどさー!」
「だねー。…あ、でもサチは疲れないんだっけ?」
ヒカルにもスキルの事を話しておいた。いい奴っぽいし、ギルドで働く以上これからも付き合って行く事になるしな。
「体はな。中身は別。」
不死になってみて実感したのは、温泉の力だ。なんだろうな、魂に染み渡るっていう表現がしっくりくる。
「そういうもんなんだね〜。温泉が楽しめるなら良かった。」
「おう。……それより俺はさ。温泉と言ったらやっぱりアレだと思うんだが。」
「ああ、アレだな。」
俺とイチトは顔を見合わせて頷き合う。
「……この温泉はノゾキ出来ないよ?」
「「は?」」
俺達の顔から何かを察したヒカルがそんな事を言う。
「いやだから、女性用の露天風呂は確かにすぐ隣だけど、S級冒険者の張った高位結界魔法のせいでどうにもならないんだってさ。」
男風呂と女風呂を隔てる壁は、3m程の高さしかない。しかしその上には不可視の結界が張られているという。
「嘘だろ……なんなんだそのS級の無駄遣いは。」
「クソ!!ギルドは腐敗しちまってるのか!!」
冒険者には階級がある。魔物と同じ、というと語弊があるが、同ランクの魔物に対抗出来るだけの戦力を備えているという基準で、階級付けされているのだ。S級といえば、高難度ダンジョンのボスを単独で撃破出来る様な人外の戦闘力を有していると言われている。当然その数は少なく、ほんの一握りの選ばれし人間だけだ。
「てかそんな事知ってるってことは、ヒカルもノゾキを考えてたんだな。見直したぜ。」
「いや何を見直してくれたのか分からないけど、お風呂の入り口に書いてあったよ? 知らずにうっかり覗こうとしたら死ぬレベルの結界らしいから。」
「こっわ。確かに犯罪だけど、やっていいタイプの犯罪だろう。」
「………ギルドの適性検査ってザルなの?」
あの脳内陵辱プレイの事か。あんなのキモチイイだけだろう。
「覗けないならもう出るか。」
「だな。」
「はぁ。…ボクはこの人達に負けたのかー。」
温泉から上がり、冷たい物でも飲もうと休憩室に入ると、浴衣に着替えたリコ達が座っていた。
「あ、イチト達もお風呂上がりー?」
「やっほー。売店にコーヒー牛乳売ってたわよ。」
「………私はフルーツ牛乳派。」
リコとカナデに加え、フタバも休んでいた。こちらと同じで、3人一緒の部屋にしたのかもしれない。
湯上りで上気した顔の3人は、いつにも増して美人さんに見える。そんな事を考えながら3人を見回していると、不意にリコと目が合った。特にやましい事なんてない筈なのに、少し気まずい。リコも同様のようで、すぐに目を逸らされてしまった。
「俺買ってくるよ。2人とも何がいい?」
「おう。コーヒー牛乳で!」
「ありがとう。ボクはフルーツ牛乳がいいな。」
ふむ。
リコから逃げるようなマネをするなんてな。これは非常にまずい。あの話の後は一緒に宴会を楽しんだが、イチト達に振り回されるばかりでまともに話していないからな。
「お姉さん、コーヒー牛乳2つとフルーツ牛乳1つ下さい。」
「あ、コーヒー牛乳3つにして下さい。」
売店のお姉さんに注文をすると、後ろからリコが追加の注文をしてきた。
「……まさかのおかわり?」
「……好きなんだもん。」
クソ可愛いなーおい。
流石に湯上りの一杯をおかわりってのは無理があるだろ。どう考えても建前だ。
「えーと、何かな?」
「…あんたこそ何よ。……なんで避けるの?」
ヤバい。リコが俯いてしまっている。
「いや、そういうんじゃなくて……なんか恥ずかしくなっちゃってさ。」
「…絶対私の方が恥ずかしいわよ。……プロポーズした様なものなのよ?」
私の魔眼があなたを求めてるのよー、的な?
どんなプロポーズだよ。
「でも実際の気持ちは分からないんだろ?その辺はゆっくりでいいってば。」
「………お風呂で2人に相談したの。」
マジでか!
つまりカナデとフタバはこの話を知っていると?
……恥ずかし過ぎるんだが。
「そしたらね。2人とも同じ事を言ってたわ。……魔眼なんてただのキッカケに過ぎないって。…私のこの気持ちは本物だって。」
「…………。」
「私もああやって口にしてみて心の整理が出来たの。魔眼で視た未来になんて支配されるわけ無いって。だから今の私の気持ちは本物なんだって。」
あ、これって「好きだ。」って言われる流れ?
「だから……多分私は…あんたの事を……。」
「…事を?」
「……ちょっと気になる男の子だって思ってるわ!」
「………。」
え??
それだけ?
「な、何か言ってよ…。」
「……てっきり好きだって言われるかと。」
「え?…………はぁ!?そんなわけないでしょ!私達出会って2日も経ってないのよ?あんたもそう言ってたよね??」
いやまぁそうなんだけども。俺の方はしっかり惚れてしまっているからなー。あり得るかと。
「あ、あーうん。まぁ……ね。」
「な、なによ歯切れが悪いわね!こっちはあんたと違って変態じゃないの!……とりあえず私の事を避けないで、普通に接して。避けられるのは……嫌なの。」
「う、おう。分かった。」
それだけ言ってリコは皆の所に戻っていった。
「……あのー。そろそろいいかな?」
あ、売店のお姉さんの存在を忘れてた。
俺はキンキンに冷えたビンを4つ持ち、リコの後を追いかけた。




