宴会
思えば今日は長い1日だったな。
深夜から野営の見張り、早朝から魔物狩り、昼前にはモンスターハウスを殲滅して、昼過ぎにはボス戦だ。島から出てもギルド本部にて、面談等をこなした。
昨日まではレベル1の高校生だったのに、今はレベル8の冒険者見習い。人生の転換期ってやつかな。
ともあれ、そんな大変な1日を締めくくるのは、一緒に苦労した者達との宴会だ。そう考えるとなかなか悪く無い1日だったのかもな。少なくとも充実度合いは人生でNo. 1だったと思う。
「…サチー!イチトー!」
妙に満たされた気分で宴会場に入ると、宴会場の隅からリコとカナデが手招きしてくる。畳に座椅子と長テーブルという如何にもな宴会場には、既に半数以上が集まっているようだ。
「こういう時って普通、女子の方が時間かかるんじゃないの?お化粧直しとかで。」
「泥やら血やらに塗れた姿を見せてるのに、今更着飾っても仕方ないでしょ。」
「いや、俺らにはそうだけど、他にも男は大勢いるし…」
と、そこまで言ってハッと気付く。
「俺達以外は眼中にないと!?」
出来れば俺だけを見て欲しいところだが、イチトなら許してやってもいいか。
「いや、飛行機に乗り込む所で皆に見られてるし。」
「サチってば分かってないなー。女の子のお化粧は、男の目線を気にしてやるとは限らないんだよ?」
うん。わからん。
男の俺からすれば、女の子にモテたい以外の動機でカッコつける意味なんて無いと思うが。
「それより早く座りなさいよ。もう随分集まってきたわよ?」
そう言われて周りを見ると、既に殆どの人が席に着いている。この集まりの早さは、未開堂さんへの恐怖なのか、単純に腹が減っているだけなのか。
リコとカナデはテーブルを挟んだ形で向かい合って座っているので、俺はリコの隣に、イチトはカナデの隣に座った。
少しして、宴会場に未開堂さんが現れる。
「皆揃ってるな。グラスは行き渡ったか?……では、長ったらしい挨拶は抜きだ。今日は存分に楽しんで、明日からの新生活に向け英気を養ってくれ。諸君らのこれからの活躍に……乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
この場にいる殆どが、昨日知り合ったばかりの者達だ。にも関わらず、皆まるで昔からのツレの様に親しく、無礼講に宴会を楽しんでいる。同じ苦難を乗り越えたという気持ちが互いに働き、心の距離を縮めているのだろう。16歳以上の者の中には酒を呑んでいる者もいるので、それも手助けしているのかもしれない。
特にイチトは、皆の中心になり場を盛り上げている。既にムードメーカーとしての地位を確立しているようだ。
カナデもそれに付き合い、フタバと一緒になってヒカルをイジメている。
一方の俺はと言えば、宴会が始まってからずっとリコに見惚れていた。
「あんたは混ざってこないの?」
「こう見えて人見知りでね。現代っ子っぽいだろ?リコこそ混ざってこないのか?」
「私もまぁ……人見知りよ。」
嘘が下手だ。
完全な嘘では無いのだろうが、リコの場合は魔眼のせいで生まれた人間不信という感情が大きいのだろう。ただ、人間不信という言葉は、宴会の席で使うにはいささかヘビー過ぎる。俺が気を悪くしないように言葉を選んでくれているんだろうな。
「…そっか。なら俺の相手でもしといてよ。暇つぶしくらいの気持ちでさ。」
「……サチって、皆の前で話す時と2人で話す時で別人みたいよね?」
「あー、うん。まぁね。これでも一応、相手が俺に気があるかどうかぐらいは分かるからさ。皆の前じゃノリ優先だけどな!」
空気が怪しくなってきたので、精一杯笑いながら言ってみたのだが、リコの表情は微妙だった。
宴会の喧騒は只の背景になり、俺とリコの会話は淡々と続いていく。
「……正直ね。あんたの事は嫌いじゃ無いの。」
ちょっと前に聞いた覚えがあるな。あの時は『あんたら』だった気がするが。
「優しいし、顔も良いし、頭も良いし。褒めてくれるのも嬉しいしね。」
これは俺の話だろうか。そして今喋っているのは本物のリコなのだろうか。普段と違い過ぎないか?
「……でも私には、それが本当に私自身の気持ちなのか分からないの。」
「…どうゆう事?」
「こう言ったの覚えてる?今から5年後の未来を魔眼で視たって。」
もちろんだ。スキルを得た時に視たと言っていたな。
「魔眼で視えた未来はね。私の結婚式だったの。」
血の気が引いた。
そうか、リコには既に決まった相手がいたのか。
「それで……その相手が………」
リコは存分に溜めた後
「サチなの。」
そう言った。
「………………は?」
「ま、まぁ気持ちは分かるけど。」
なんだそれは。
サイコーじゃないか!!
「だから最初に飛行機で見た時は驚いたわ。そして……意識しちゃったの。」
ああ。そういう事か。
魔眼で視た結婚式の映像に引っ張られて、自分の意思とは無関係に俺に興味を持ってしまったのではないか、と考えているのか。
「なるほどね。それは……まぁたしかに。」
「なんかごめんね。こんな事言われても何て言えばいいんだって話だよね。」
気持ちの問題は難しい。証明のしようがないもんな。
「……謝る事じゃないだろう。むしろ話してくれて嬉しいよ。」
「……そお?」
「おう。…とりあえずさ、その話は置いておこう!」
「え?」
「俺達はまだ出会ってから2日も経ってないんだ。リコは5年前から俺を知ってたけど、実際に会ったのは昨日の事だ。今すぐにどうこうなんて考えなくていいと思う。それにまだ5年も先の事だろ?それだけの時間が有れば、俺の事を好きだと心から思えるようにしてみせるよ。」
ちょっとカッコつけ過ぎただろうか。
「…ほんとかっこいい。」
「照れるな。」
「……あ、声に出てた?」
リコは顔を真っ赤にして俯いてしまった。ここは難聴主人公を演じるべきところだったか。
「うん。とりあえず他の男よりは一歩リードしてるみたいだな。」
何せ結婚出来る未来が待っているのだ。かならず実現させなければ。
「……他に男知らないし。」
依然俯いたままでリコが呟く。
「知らないままでいてくれ。」
イチトとは結構打ち解けていると思うけどなー。今のうちにライバル候補を潰しておくべきか。
「よし!ちょっとイチトを殺してくる。」
「!?…なんで!?」
おもむろに席を立つ俺を、リコが追いかけてくる。
結局俺達はムードメーカーに巻き込まれて宴会を満喫する事になった。




