閑話 とある主人公の冒険
ボクは星宮 光。
どこにでもいる平凡な高校生だ。
いや、平凡な高校生だったというのが正しい。
ある日の事、授業が終わりバイトに向かっている道中、突如として目の前に異界ゲートが現れたのだ。
ボクは、抵抗すら出来ずに異界へと転移してしまった。
そこから2年。
2年を費やし、ようやく現界に帰還した。
本当に大変だった。ボクの転移した異界は、現界と交流の無い世界だったのだ。
そんな世界で、砂漠の真ん中に落とされたボクは、死にものぐるいで生き延びた。迫り来る魔物、渇き、飢餓、その全てに対処した。
先天スキルを得る前なら死んでいただろう。
けれど、先天スキルを得た後ならば、苦痛はむしろ新たなスキルを得る糧になる。
最終的にボクは、自力で現界に帰還した。
凡そ普通に生活していたら得られないであろう数のスキルを携えての帰還だ。正直今後の人生に期待した。
だが、現実は残酷だ。
2年も経つと、高校には居場所はなく、バイト先は潰れていた。
18歳になったボクは悩んだ。
今から高校に戻っても、周りは知らない人達。だったら新しい学校に行くか?いや、それに何の意味がある。
そんな風に悶々とした日々の中、見兼ねた母がこう言ってくれた。
「あんた昔は冒険者に憧れていたのよ。今なら出来るんじゃない?」
そうだ。ボクは冒険者に憧れていた。
けどその夢は、ある日を境に言わなくなった。
父が失踪したからだ。
父はギルドに所属する冒険者で、異界相手の外交官だと言っていた。ボクはそんな父の冒険譚に憧れを持ち、いつしかボクもそうなりたいと思ったのだ。
しかしそんな父はいなくなり、母は毎日のように泣いた。そんな母を支えるため、ボクは幼くして夢を捨て、堅実に生きる事を決めたのだ。
だというのに、たった一度の事故で、ボクは堅実に生きるルートから外れてしまった。
外れてしまったが、冒険者になるというのはいくらなんでも……
「あんたは昔から利口だったからね。母さんを気遣ってくれてたんだろ?でも、いいんだよ。あんたは父さんと違って帰ってきてくれた。それで充分だよ。後はあんたの好きに生きな。」
ボクは母に後押しされ、気持ちが変わった。
そうだ。どうせ今から公務員とか目指しても何かが違う。
空間転移が出来るのに、普通の学校に通って普通に就職するなんて違和感しかない。
だったらいっそ冒険者になって、たらふく稼いで、母に楽をさせよう。
そう決めてからはあっという間だった。
ギルドの冒険課は毎年求人を出している。
書類審査はあっさり通り、今は本試験の真っ只中だ。
本試験も今のところ順調だと思う。得点は既に180点を超え、ランキング的にも1位をキープ出来ている。2位の来道 双刃という人が迫って来ているが、負けてなるものか。
態々ランキングなんてものを設けているのだから、1位を取るメリットは有るはずだ。少しでも有利な状態でスタートして、なるべく早く稼ぎたい。
「お!フォレストライノだ!」
1km先にDランクの魔物がいる。どうせどの魔物も一撃で仕留められるのだ。なるべくポイントの高い魔物を狩りたい。
「てや!」
ボクは右手を左から右へ振る。
「うん、手応えあり。」
嘘だ。手応えなんて有るわけがない。
なんの抵抗もなく両断出来たという確信があるだけだ。
《試験ポイントが20加点されました。》
ガリバーからの通知も来た。
フォレストライノの死骸を回収しに行こう。
そろそろボスも狩りに行ってみようかな。
「ん?…これは……。」
しまったな。
索敵を使っていたので気が付かなかったけど、探知のスキルに人間の反応がある。
ボクが倒したフォレストライノのすぐ近くだ。驚かせてしまったかも知れない。
「悪い事をしたな。……どうやって謝ろうか。」
ボクは謝罪の内容を考えながら歩く。
2年も人と関わらなかったから上手く話せるか心配だ。
―――――――――――――――――――
「………………。」
これはどういう状況だろう?
私の目の前で、巨大なサイが真っ二つになった。
これはもしかしてアレかな。
「……この森には……巨人がいる?」
そうだ。そうとしか考えられない。
きっとこのサイは、その巨人の持つ5メートルくらいの大剣で叩き切られて、切られた事に気付かなかったうっかり屋さんなのだ。
そしてそのまま歩いて来て、私の前まで来たところでようやく気がついたのだろう。
「あ、オレ切られてるわー。」ってな感じに。
「……巨人は…怖い。」
昔お兄ちゃんが読み聞かせてくれた絵本に巨人が出てきた。その巨人は人間を次々と食べて回り、顔は返り血で真っ赤に染まっていたのだ。
今でもたまに夢の中に出てきて、私はその度に飛び起きる。
ここまでは大して強くない魔物しか出てこなかったから余裕だと思ってたけど、ここからは警戒しなくちゃ。
あんなに大きいサイを真っ二つに出来るなんて、大きくて鋭い大剣を持っているとしか思えないもん。そんなの振り回されたら私も逃げられるか分からない。
ガサッ!
「……巨人!?」
警戒しようと思った矢先、後ろから何かが草を掻き分ける様な音がした。
「え?……この島巨人がいるの?」
しかし現れたのは巨人ではなく、亜麻色の髪を爽やかに伸ばしたイケメンさんだった。
「あ。……多分います。」
私はそう言って2つに別れたうっかり者のサイを指差した。
「えーと、ごめんね。ボクにはそれ、サイに見えるんだけど……。」
それはそうだ。私にもそう見える。
この人は少し頭が悪いのかも知れない。
「…違う。……これを倒したのが巨人。」
まったく。
知らない人と話すのは苦手なのに、こんなに丁寧に説明しないと伝わらないとは。困った人だ。
「あの……重ねてごめん。それ倒したのボクなんだ。獲物を横取りしちゃってごめんね。」
この人は何を言っているのだろう。
さっきから謝ってばっかりだけど……。
「あなた…私と同じで……ナイフしか持ってない。」
「あ、それはね!こうやったんだ。」
そう言ってイケメンさんは右手を軽く振るう。
スパッ!
それだけの動作で、近くにあった大木が斜めにズレて、空気と地面を揺らしながら地に倒れた。
「………。」
「あぁ!またごめん!警戒させちゃったよね?ボクは星宮 光。怪しいものじゃありません。」
星宮……ランキング1位の人だ。
ヒカルって読むのか。ヒカリかと思った。
「……男の人だったんだ。…別に警戒なんてしてない。」
「あ、そう?もしかしてボクと同じで人見知りなのかな?」
どう見ても人見知りには見えないけど、本人が言うならそうなのかな。
「ちょっとだけ苦手。……私は、来道 双刃です。」
「あ、2位の人だ。フタバって読むんだね!勝手に男の人だと思ってた!」
今時名前で性別を判断するなんてナンセンスだ。
「……失礼な人。」
「あ、あれ?今君も僕のこと……い、いやなんでもない!失礼だったよね!」
星宮さんは慌てて謝ってくる。
ふむ。素直に謝れる人は良い人だ。
「えと……星宮さんは…」
「ヒカルでいいよー!」
「…じゃあヒカルは……すごく強い?」
星宮さん改めヒカルは、私の質問に「うーん。」と考え込む。
「あんまり人と比べて来なかったからよく分からないけど、この試験ではポイント取れてる方みたいだし、島にいる中では強い方かな?」
取れてる方どころか、200点を超えているのはこの人だけだ。その下の私は150点だし、そのさらに下は100点にも届いていない。
「でもフタバちゃんも高得点だよね!だから、こんなに可愛い女の子だって分かって凄く驚いてるよ!」
50点以上も上回ってる人に褒められても…
と、普通なら嫌味に聞こえるのに、不思議と嫌な感じがしない。
「…ちゃん付けはやめて。……子供扱いされてる気がする。」
私はこれでも15歳だ。立派な大人の女性だ。
「う、うん……えと、フタバ。」
顔を赤くしている。
少しカワイイ。
「ヒカル……少し、一緒に行ってみる?1位の人の戦い方見てみたい。」
「お!いいね!ボクもライバル視してた君の戦うところ見てみたいし!」
私は少し、この人に興味が湧いていた。
この人なら巨人を倒せるかも知れないと思えたのは、家族を除いて初めてだ。
ヒカルが送ってくれたパーティー申請を見ながら、私はそんな事を考えていた。




