サイの暴威
「オォォーーッ!!」
森の中に猛々しい咆哮が響く。
「Dランクともなると迫力あるなー。」
俺達の前で吠えているのは、深い緑色の体表をしたサイだ。
「フォレストライノって名前よ。皮は硬く、突進力が高いって出てるね。」
カナデが鑑定で得た情報を教えてくれるが、正直見た目通り過ぎて何も情報が増えない。
一目で分厚いと分かる緑色の表皮に、軽自動車レベルの体積を持つ化け物だ。コイツに体当たりされたら、おそらく俺の体はぐちゃぐちゃになるだろう。
「よし、とりあえずオレが行ってみるわ。多分抜けてくるから、リコとカナデ魔法の準備しといて。」
「分かった。気をつけてね!」
「無理しないようにねー!いざとなったらサチ投げるから!」
「おう!」
俺に人権はないのか。
イチトはナイフを両手に構えて駆け出した。FやEランクを相手にしていた時とは気迫が違う。
「……だらぁ!!」
イチトは駆け出した勢いをそのままに、両手を振りかぶった勢いまで利用して高く跳躍する。
そのままフォレストライノの頭の上に両手のナイフを突き立てて組み付いた。
「ブォォオオォォーー!」
フォレストライノは頭を振ってイチトを振り回す。
ダメージは大して通っていないだろう。イチトのナイフは、フォレストライノの分厚い皮に阻まれて殆ど刺さっていない。
しかしイチトの行動は、あくまでも予備動作だった。
「『帯雷』!!」
魔法を吼えた瞬間、ナイフに紫電が走る。
紫電はナイフを伝い、フォレストライノの体中に広がっていく。
「……ちっ!浅いな!」
イチトは悪態をつきながら、フォレストライノの頭上から飛び降りた。
本来の狙いとしては、フォレストライノの体内に電撃を送り込むつもりだったのだろう。しかし、想像以上に表皮が分厚く硬かったため、思いの外ナイフが突き刺さらなかったのだ。
あそこから次の攻撃に移るのは難しいと判断して、即座に離脱するあたりにイチトの冷静さが伺える。
「悪いリコ!そっち行くぞ!」
「任せて!」
フォレストライノは僅かに焦げた体表を晒しながらも、未だ体力を充分に残した状態でこちらに突っ込んでくる。
「充分魔力は練れたわ。……『火球』。」
リコは薄っすらと赤く輝く右手を前方に突き出し、小さく唱える。
すると、みるみる内に掌の先に炎が生まれ、収束していく。炎は球を象り、バスケットボール程の大きさまで膨れ上がると、爆発する様に射出された。
火球は空を切り、一瞬の内にフォレストライノに到達する。
ボンッ!!!
と、爆発音を響かせ火球が炸裂した。
「ブォォー!」
フォレストライノは短い鳴き声をあげ、爆炎に包まれた。巨体の全てが炎と黒煙に隠される。
「やったか!?」
「サチの発言のせいでやってないねー!」
俺が何を言おうが結果は変わらないと思うが、ポイントも経験値も獲得出来ていないので、姿が見えていなくても生きているのは分かる。
「カナデ!頼む!!」
「おっけー!『氷槍』!」
大技を決めて息を切らしているリコに代わり、カナデに声をかける。言われるまでもなくカナデは魔法の準備をしていたため、黒煙を突き破ってきたフォレストライノの姿を確認した瞬間、魔法を発動した。
天に向けた状態で持つ木の槍に、カナデから溢れる魔力が集まる。魔力は水に代わり、槍を覆った所で氷つく。
あっという間に出来上がった氷の槍を構え、カナデは俺の3歩先に歩み出る。
「仕留められなかったらごめんねー。」
消極的な発言をしながらも、突進してくるフォレストライノに向かって槍を突き出す。
普段の緩い態度を見ているだけに、本気の突きを披露するカナデは、あまりにも格好良く見えた。
ズドンッ!
「!!」
イチトとリコの攻撃により弱っていたフォレストライノ。その眉間にカナデの氷槍が深々と突き刺さった。
フォレストライノは声も上げられず絶命したが、突進の勢いまでは殺しきれず、カナデが吹き飛ばされる。
「ひゃ!」
「おっと!」
ちょうど俺の正面に飛んできてくれたので、俺は慌てて彼女を受け止めた。STR上がってて良かったな。
《レベルが1上がりました。現在のレベルは6です。》
《試験ポイントが5加点されました。》
俺が5点貰えているって事は、フォレストライノの得点は20点か。
未開堂試験官曰く、試験ポイントは5〜20点の間との事なので、この島に生息する魔物はDランクが最高なのだろう。……ボスを除けばだが。
「……ええっと、サチ?…もう大丈夫だよー。」
「ん?…ああごめん。変なトコ触ったか?」
カナデは本人も言うようにモデルの様な外見をしている。スタイルに関しても、出る所は出て、締まる所は締まっている。
手に感じる感触的には、締まっている所を掴んだつもりだったが……。
「い、いや!大丈夫!……シンプルに恥ずかしいだけ!」
「そか、良かった。あとお疲れ様!」
俺はそう言って彼女の体を起こしてから手を離した。
「おいサチー。何をイチャついてんだこらー。」
「ちょっとー?私も頑張ったんだけどー!」
イチトとリコが疲労感の見える表情を浮かべながら歩いてきた。
「2人もお疲れ様!次は俺にも出番回してくれよ?」
「おう!次はサチを囮にして、全員で総攻撃っつー作戦でどうだ?」
しかしこれだけの労力を払って1人当たり5点か。経験値的には美味しいのかもしれないが、試験の事を考えると微妙な気もする。EランクとDランクの討伐難易度の差が大き過ぎるのに対して、ポイントの差が1人当たり1点から2点ほどしか無いのだ。
「囮作戦も良いけど、その前に1回休憩を挟まないか?昼飯にはまだ早いけど、消耗した魔力を回復しながら作戦会議といこう。」
「そうね。変態1人を除けばそれなりに働いたしね。」
ひどい!
けどこれはもしかして…
「もしかして……さっきの妬いてる?」
「妬いてない!むしろ焼くわよ?」
うむ。やっぱりリコは顔を赤らめているところが可愛い。無表情でも可愛いけどな。
「ま、まぁ確かに俺は働いていないな!……よし、皆が休憩している間に雑魚でも狩っておくよ!どうせ疲労なんて感じないしな。」
「え?いやそんなつもりじゃ…!」
俺はリコの言葉を振り切って走り出した。
実のところ皆がガッツリ戦う姿を見て、俺も戦いたくなったのだ。
ここまで割と堅実に進んできたが、少しくらいなら若者らしい衝動的な行動をしても良いだろう。
「よっしゃー!狩るぜぇー!!」
俺はナイフを片手に森を駆ける。
出来ればお昼ご飯に出来そうな獲物でも見つかるといいなー。




