はじまりはじまり
時は遡り、9時間42分56秒前。
場所は太平洋上空。
俺たちは飛行機に乗っていた。
乗客は俺を含め50人。
いや、今思えば51人だったが、その時の俺には知りようの無いことだった。
パイロットも、客室乗務員もなし。それぞれ、オートパイロットとペッ◯ーくん擬きが代わりを務めている。
行き先は太平洋に浮かぶとある島。
厳密に言えば、島にある試験会場だ。
俺を含め、この飛行機に乗ってるのは全員受験者である。
【ギルド】と呼ばれる民間企業の採用試験へ向かうため、俺たちはギルド本部がある島へと移動中なのだ。
ギルドの仕事は多岐に渡るが、そのメインとなるのは
【異界】絡みだ。
外宇宙、遠未来、魔法世界。
要するに、現代の地球とは別の文化を持った世界を総称して【異界】あるいは【異世界】と呼ぶ。そして、区別をするために現代の地球を【現界】、そこに住む者を【現界人】と呼ぶようになった。
あっちの世界も、昔はいろんな呼び方があったらしいが、今は一般的には異界と呼ばれることが多い。言いやすいしな。当前、異界から来たもの達は【異界人】と呼ぶ。
そんな異界と現界が混ざりあって、もう1000年になる。
初めは異界人も、ひっそりと現界にやってきては、慎ましく暮らしていたらしいが、次第にその数は増していき、隠れることをやめた。
それに伴い異界人と現界人の間に起こるトラブルも増していく。異界から来るのは人だけじゃないしな。
そんな異界絡みのトラブルを解決するために結成された組織が【ギルド】だ。
世界中に支部があり、俺の住む日本にももちろんある。
しかし、採用試験は毎年本部で行う事になっており、こうして飛行機で10時間以上もかけて向かわなくてはならない。
ポーーン!
飛行機が離陸して数分後、シートベルト着用サインが消えた。
「うぅ…未だに信じられん……。こんな鉄の塊が空を飛んでるなんて…。」
前の方の座席からそんな声が聞こえてくる。
女性の様だ。
発言からしておそらくは過去人かな。単純に乗り物嫌いの線もあるけど…まぁどうでもいいか。
とにかく、彼女が声を上げたのを皮切りに、至る所で会話が始まった。
もっとも、この機の乗客はほぼ例外なく今日がはじめましての人達なはずなので、そこまで会話が弾んでいる感じはしない。
ごく一部、飛行機の離陸前という限られた時間と、あまり会話する気にならない離陸直後の時間を使い、自己紹介を終えたコミュ力の高い人達が、笑い声をあげながら会話しているが、ほとんどの人は今から自己紹介タイムに入る様だ。
残念ながら俺はそこまで積極的にはなれない人種なので、周囲の人達に話しかけるまで、数分を要してしまった。
俺の座席は、窓側から2つ目で右隣の窓側には前髪がやたらと長い金髪のチャラ男がイヤホンで音楽を聴いている、左隣は通路を挟む形で女の子が座っている。
女の子は、14.5歳くらいで赤みがかった茶髪を背中のあたりで揃えている。
座っているので今はわかりづらいが、搭乗する時にチェック済みだ。
何故俺が、3つは歳下の女子の髪型をしっかりチェックしているかというと、少女趣味な訳では決してなく、彼女が歳の差など超越したド級の美少女だったからである。
いや、女性の美醜なんて価値観によるだろうから、あくまで俺のタイプだったという事にしておこう。
そして、彼女の事が気になったもう1つの理由。
それは服装だった。
真夏だと言うのに長袖長ズボン、おまけに薄手の手袋までしている。機内こそ空調が効いていて涼しいが、連日猛暑日が続く今日この頃、そんな服装は目立ってしょうがない。
日焼けを気にしているだけなら、調節の効く服装もあるというのに、彼女の服装は明らかにそういうタイプのものではない。
人に見せたくない様な怪我を負っているのか、はたまた見た目によらずタトゥーがゴリゴリに入っているのかは分からないが、そんなミステリアスな所にも釘付けになってしまった。
俺は高鳴る胸を押さえ、平静を装って話しかけようと努力しているが、残念ながら彼女は反対側に座る女の子と話し始めてしまった。
そちらの少女も、彼女に負けず劣らずの美少女だったが、正直タイプでは無い(失礼)。
歳はおそらく17.8歳、俺と同じくらいだろうか。
搭乗する時にチラッと見た感じ、男の俺と身長は対して変わらなそうな長身で、赤茶髪のかわいこちゃんより髪は長かった気がするが、あまり覚えていない。
興味がなかったしな(重ねて失礼)。
そんな彼女たちの会話に入ろうと、タイミングを見計らう事10分。
ポポポーン!
機内に電子音が流れ、各座席の前に設置されたディスプレイに女性が映し出された。
「皆さんこんにちは。早速だが、君たちには殺し合いをしてもらう。」
俺の自己紹介タイムは、そんなイカれた発言で中断されてしまった。




