初めての野営
「ホントごめん……私が馬鹿みたいに泣いたりしたから…」
時刻は17時半。
日は随分と傾いている。
リコは自分のせいで貴重な試験時間を無駄にしたと謝るが、それは全くの検討違いだ。
俺達は、出会ってから丸1日も経っていないにも関わらず、既に旧知の仲かの様に打ち解けている。
その中心となったのは、間違いなくリコだ。
俺はそう思っているし、他の2人も同じだろう。
「気にすんな。たかが1時間程度のロスだろ?何でかわかんねーけど、オレたちなら余裕で試験突破出来る気がしてるんだ。これくらいのハンデなんて無い様なもんだ。」
「私も同意見よ!」
「もちろん俺も。リコのおてても触れたし!何の文句もないよ!」
俺達の言葉に、リコは笑ってくれた。
俺の時だけ少し苦笑いだった気がするが、恐らく気のせいだろう。
「…イチトもカナデもありがとね。……あと変態も。」
「この対応の温度差ですらキモチイイ!!」
リコは俺が握った手を服で拭ってから話す。
「よし!それじゃここから気合い入れていくわよ!」
「がんばろーう!って言いたいところだけど、その前にパーティー申請済ませちゃお!」
「ん、そうね。えっと…これかな?」
ピロン!
リコが腕輪からディスプレイを表示し操作すると、他の3人のガリバーから通知音が鳴る。
〈パーティー申請が届きました。〉
そういえば通知のオンオフの項目があったな。
初期設定がオンになってたからそのままにしていた。
俺はディスプレイから、パーティー承認をタッチする。
これで完了した様だ。
ついでにパーティーのヘルプを見ると、パーティーを組んでいれば、魔物を倒した際の経験値の獲得…エネルギードレインを均等分配出来るらしい。
ガリバー高性能過ぎるだろ。
ある程度魔物の近くにいなくてはならないらしいが、これは便利だ。
パーティーを組んでいないと、討伐時に魔物へ与えたダメージに応じて振り分けられるらしいので、補助職などが殆ど貰えなくなってしまう。
まぁ俺らの中に補助職はいないけどな。
けど下手をすると、均等分配の場合俺って寄生野郎にならないか?
……頑張ろう。
「それじゃ、無事パーティーも結成出来たし!今度こそ試験に臨みましょー!」
リコ元気いっぱいだな。
はしゃいでいるところも最高に可愛い。
「しかしアレだな……ここに来てかれこれ2時間以上経つけど、魔物なんて全然いねーぞ?」
確かに。
砂浜を歩いて来た時も、ここでリコを慰めている時も、割と俺らは無防備だった気がするが、魔物に襲われるなんて事は無かったな。
「魔物なら森の奥の方にいるよ?」
「ん?…ああ、そういえばカナデは索敵のスキル持ってたな。」
「うん。って言ってもLv.1だし、距離が離れてると何となく気配が分かる程度だけどね。」
いや、それだけでもかなり有難い。
森の中ではカナデの指示に従うのが正解だな。
魔物の分布と転移先が離れているのは、試験官の優しさなのだろうか。
「どうする?早速討伐しに行ってみる?少し奥に入れば、弱そうな魔物の居場所とかも索敵出来ると思うけど。」
「……そうだな。本来なら野営の準備とかする時間帯なのかもしれないけど…浜辺なら夜も安全か?」
うん。
そんな気がする。
恐らくは、浜辺と森の浅い所は安全地帯なのだろう。
ギルドで働きたい者が集まっているとはいえ、あくまで採用試験だ。
程良く危険な状況を作れれば、充分に審査は出来るだろう。
しかしこれは冒険課の試験だ。
ギルドの冒険課職員は、通称『冒険者』と呼ばれるが、冒険者に求められる資質には色々ある。
代表的なのは戦闘力。
荒事に関わる機会の多い冒険者には当然それに対処するための能力が必要だからだ。
しかし、ただ戦えるだけではダメだ。
冷静さもまた、冒険者として重要な資質だろう。
『冒険』と『無謀』を履き違えてはいけないのだ。
自分の能力を過不足なく測り、状況に対処出来るかを冷静に判断する。
それが出来なければ早々に引退を強いられる事になるだろう。
的な事を以前本で読んだ覚えがある。
要するに、ギリギリまで頑張る!みたいな事は、フリーでやるならともかくとして、ギルドという組織に属するのであればあまり良い評価はされないだろうというのが俺の考えだ。
「いや、ここは大人しく野営の準備をしよう。森の中では空が少し暗くなり始めた程度でも、視界が相当悪くなると思う。そうすると碌に戦えないだろ?俺らはパーティーを組んだばっかりだし、例えザコを相手取るとしても最初は万全な状態で挑みたい。」
俺の言葉に、3人は少し考える。
そして
「うん、そうね。魔物とは戦ってみたいけど、序盤でケガするわけにはいかないし…。まぁ時間が無くなったのは私のせいだけど。」
「いやいやイイって!リコってば気使いすぎ!どうせあの時間から探索しても大した事出来なかったと思うし!」
「だな!俺もサチの案に賛成だ。今日は軽く打ち合わせでもして、明日は朝からがっつり狩ろうぜ!」
どうやら決まりだな。
「そうと決まれば……もうちょい薪集めるか。リコとカナデが集めてくれたのと同じくらいの量は集めとこう。どっちみち明日も使う事になるし、余るくらいで良いだろ。」
「おう!全員で集めるか?一瞬で終わりそうだな。」
うむ。
それは少し勿体ない気がする。
「うーん。手分けしてみようか。せっかくだから食料も探してみよう。森の浅い所で済ませるなら問題ないと思うけど、一応2人ずつにして何かあっても声が届く距離で探索するって事でどう?」
皆賛成の様だ。
機内食は皆食べていたので、食料は絶対に必要ってわけでもないが、明日以降の事を考えると出来れば確保しておきたい所だ。
組み分けは、レベルの関係でイチトと俺、カナデとリコで分ける事にした。
食料調達組は、鑑定スキルを持っているカナデ達、薪調達組はイチトと俺だ。
恐らく薪の方が早く集まると思うので、調達が済んだらカナデ達に合流するという事で決まった。
と言ってもそんなに離れないけどな。
「じゃあ気をつけてなー!」
「あんたらもねー!」
カナデとイチトとが元気よく声を掛け合い、俺達は探索に向かった。




