化神
サチはよく、ボクやイチトの事を『主人公』と表現した。
けれどボクとイチトの意見は少し違う。
主人公と呼ぶべきはむしろ、サチやゲンガさんの方だ。
そして今、その内の1人の主人公が登場した。
絶体絶命のピンチに現れ、一瞬のうちに事態を収拾する。
正に『主人公』だ。
「な、なぜここに!?…お前は異界に居るはずだろう!!」
総帥は自らの魔法が消し飛ばされて狼狽している。
隣のエヴァも同じだ。
「…総帥の命令を無視したのですか?」
ボク達の前に立つのは、この世界のヒーロー。
ボク達のリーダーに嫌われた、絶対強者。
その二つ名は……【化神】。
「ゲ、ゲンガさん…助けに来て、くれたんですか?」
「おや?この状況を見ても疑われるのかな?みんなサチの影響を受け過ぎだよ。」
全身黒鎧の暗黒騎士は、この場にそぐわぬ呑気な声音でそう言った。
「おい!答えろゲンガ!!お前の任務は、異界の…魔界の魔人どもを押さえつけておく筈だろう!?」
「それなら既に、終了しました。魔人達とはお友達です。」
「!?」
何がどうなっているのかサッパリだが、きっとサチのおかけだ。
なんとなくだけど、そう感じる。
「私の次の任務は……貴方を殺す事です。」
気が付いた時には、ゲンガさんはエヴァの背後に立っていた。
「アダムの娘。お前は退場しておけ。」
「なっ!?」
ゲンガさんに触れられたエヴァは、忽然とその姿を消した。
「何を…何をしたんだ!?」
「『転移』させたんですよ。老害には気が付けないかも知れませんが…ここはもう、ダンジョンでは無いのでね。」
彼は何でもないことの様に話す。
あり得ない事に、彼はこのダンジョンをクリアしたと言う。
「お、お前は…私に逆らうのか?」
「今更ですね。私は、貴方を殺すと言った筈です。」
先に裏切ったのがどちらなのかは分からないが、この2人は既に敵対している。そして、それを明言してからは即座に戦闘に移っていた。
「『覚醒成長』!」
「……。」
総帥はストレージから大剣を呼び出し、自身にブーストをかけた。レベル525の化け物が、さらにその能力を強化させてゲンガさんに飛びかかる。
対するゲンガさんは、素手のままだ。
無詠唱で魔法を使ったのかも知れないが、見ているこちらには棒立ちしている様にしか見えない。
「ゲンガぁ!お前はクビだっ!!」
「はい喜んで。」
爆発的な攻撃力を持つであろう大剣の振り下ろしを、ゲンガさんは右手で掴んで無力化した。
「バカな!?」
「バカはてめぇです。」
大剣は握力だけでへし折られ、左手の拳を受けた総帥が吹き飛んでいく。
「…どうやら私は、貴方よりも随分と強いらしい。」
「あ、ありえない……こん、な事がぁ…。」
総帥はワナワナと震え、床に膝をついたまま俯いている。
「鎧も必要ねぇですね。…ああ。言葉遣いも限界だわです。」
ゲンガさんはそう言って、自身の鎧を消し去った。
鎧は空気に溶けるように消えて行く。
後に残ったのは、スーツに仮面の男性だ。
「この仮面を付けた時から…あんたを殺す事ばかり考えていたよ。」
ゲンガさんは静かに語る。
そして、その手を総帥へと翳す。
…………………………………………………
繋がった。
やっとココへと繋がったんだ。
余りにも長く、余りにも辛い時間を過ごした。
67年の人生で、1番辛かったのはこの3ヶ月間だ。
すぐ目の前にいるのに、触れる事さえ叶わない。
憎む敵にも、愛する人にも。
けれど、それも終わりだ。
俺の時間はここから動き出す。
「ほら、タネ明かしだ。」
俺は顔に貼り付けた仮面を外す。
ああ、良い反応だ。
サイカイアのこの顔を見るために、俺は生きてきたのかも知れない。
「あ…あ?……君、は……未来を、変えたのか?」
「変わってなんかいないさ。アンタが言ったんだろ?変わった結果が今なんだって。」
そうだ。
全ては茶番だ。
この物語は、始まる前から終わっていた。
「分かりやすく、詠唱してやるよ。『生命減衰』。」
俺はサイカイアに手を向け、その命を刈り取った。
「その目に焼き付けろ。…お前が望んだ『生命属性』だ。」
50年前、お前が俺に望んだ成果だ。
「…がっ…あぁ……ぁ。」
サイカイアは見る見るうちに干からびて行き、実にあっさりと生き絶えた。
生ける伝説も、死ぬ時は案外普通なんだな。
思っていたより、心が動かない。
俺の中ではそれ程重要な事でも無かったのだろうか。
宿敵の打倒よりも、もっと待ち望んだ事が有るからかも知れないな。
俺は後ろを振り返り、みんなの健闘を讃えた。
「最後まで良く諦めなかったな。流石は俺の仲間達だ。」
やっぱり、サイカイアの驚愕の顔よりもこっちの方が断然良い。
驚き。
喜び。
安堵。
様々な感情が読み取れるが、全て好意的な感情だ。
「ただいま、みんな。…俺を救ってくれてありがとう。」
俺は帰ってきたんだ。
みんなにとっては一瞬でも、俺にとっては一生だった。
「……サチ。」
「やぁリコ。やっぱり君は、最高に可愛いな。」
俺達は抱き合い、一瞬と一生ぶりの再会を喜び合った。
お読み下さりありがとうございました。
最後は少し駆け足になってしまいましたね。
ここで一度、この物語はひと段落です。
1日1話以上の更新をして来ましたが、ここからはゆっくり更新にさせていただきます。
人気の無い物語ですが、個人的には書いていて楽しいので、今後もまったりと続けていくつもりです。
最後までお読み下さった皆様、改めて有難う御座いました。




