10秒
10秒。
それだけあれば、充分だ。
俺はすぐさま振り返り、リコを見つめる。
「さ、サチ…私っ!」
「悪い。時間がないんだ。俺の言葉をしっかり聞いてくれ。」
話し合う程の時間は無い。
「…うん。聞くわ!」
リコは今、何を考えているのだろう。
俺に告白されるとでも思っているのだろうか。
残された時間は既に5秒だ。今更そんな分かりきった事に時間を使うつもりはない。
思考加速により引き伸ばされた時間を目一杯使い、俺は慎重に言葉を選ぶ。
「【時間がないんだ。】」
「そ、それはさっきも……っ!」
強調して再度告げたその言葉を、リコは察してくれた様だ。
蔓に囚われ宙に吊られたまま、リコが手を伸ばす。
俺は空かさずその手を掴み、引き寄せ様にキスをした。
「ははっ!最後に何がしたいのかと思えば…そんな事とはね!君たち凡人は実に分かりやす……い…!?」
サイカイアの言葉は最後まで聞こえなかった。
何故なら俺達は、既にその時間には居なかったからだ。
……………………………………………………
「わお。すごい場面で会いに来てくれたねー。」
白い少女が呆れた様に話しかけてくる。
「良いものが観れただろ?」
「……。」
リコは今尚蔓に囚われたままで、表情も絶望したままだ。
「リコ、そんな顔するなって。」
「だ、だって…こんなのって、その場凌ぎじゃ…」
「いいや。これで…サイカイアを殺せる。」
これは分の悪い賭けだった。
サイカイアの慢心、リコの気づき、俺の思考力。
そのどれか1つでも欠ければ勝ちの目は無かっただろう。
「…どういう…こと?」
流石にこんな言葉では、リコを安心させる事は出来なかったらしい。
けれど…
「悪いがまだ言えない。多分リコにそれを伝えてしまうと、何かが崩れてしまうんだ。……けど、すぐに分かるよ。」
自分でも意味深な事を言っている自覚はある。
けどこれは、ほんの僅かな間違いも許されない、繊細な冒険なんだ。
「トキア…ここからリコだけを出す事は出来るか?」
「!?」
「出来るよー。サチが何を考えてるのかも何となく分かった!」
俺はリコの体から離れようとしたが、リコは手を離してくれない。
「だ、ダメよ!あんた…時神の力を使うつもりなんでしょ!?」
当然それは分かるよな。
ここに来て、その場凌ぎ的な避難で無いのならそれしか無い。
「トキアも言ってたじゃない!人間が時間を操ったりしたら、碌な事にならないって…」
「ああ。操れば、な。」
俺が求めているのはそこじゃない。
「ほら、後は俺に任せて、みんなの所に戻っておいてくれ。…必ず、俺も行くから。」
ダメだ。
リコの顔を見ていると、決心が鈍る。
「だ…だけど!!」
「…トキア。頼む。」
「うん。」
パンッ。
トキアが手を叩くと、リコは元の時間に戻っていった。
俺に向かって手を伸ばしたまま、微動だにしない。
しばらく会えないと思うと、離れるのが辛いな。
「さっ!…改めて聞こうか、君の決断を。」
そう言って微笑むトキアは、いつになく神の威厳を放っている様に見える。
「……分かってるくせに。」
「むひひ。まぁね!…君の成長が間に合うように、時間の方は調整しておくよ。君はたらふく魔力を使ってちょーだいな!」
「おう。頼りにしてるぜ、時の神。」
パンッ。
トキアの拍手を聞きながら、俺は自分の意識が薄れていく感覚に身を預けた。
…………………………………………………
「……ち凡人は実に分かりやす……い…!?」
私だけ…戻された。
目の前には変わらず絶望が2人。
居なくなったのは、サチだけだ。
「あれー?あれあれぇ?…サチ君はどこに行ったのかなー?……ねぇ。……おい!答えろよ!!」
総帥が顔を真っ赤にして怒鳴る。
けどそんなのは私が聞きたいことだ。
「きっと…未来を変えに行ったのよ。」
これは私の願望だ。
サチは必ず俺も行くと言った。
あいつは私に嘘なんてつかない筈だ。
けれど、今この場に行くと言ったわけでは無い。
こいつを倒す手段を手に入れる為に、未来を守る為に動いているんだ。
「バカだねぇ…君たちは本当にバカだ!いいかい?未来っていうのは変えられないんだよ!言い換えれば、変わった結果が今なんだ!…今!現在!此処!それが全てなんだよ!君たちのバカな考えのせいで、僕の命の源が消えたんだよ!?その意味が分かっているのかなぁ!?」
総帥はツバを撒き散らしながら怒り狂う。
永遠の命なんてバカな事を考えるから、そんな無様な姿を晒す事になるんだ。
永遠の命は、サチの物だ。
サチだけの物であるべきだ。
こんなクズにそんなものが備わったら、世界にとっての害悪だ。
みんなも同じ考えだろう。
きっとサチは、未来の為に行動している筈。
みんなそう考えているからこそ、この場にサチが居ない事を喜んでいるんだ。
「あいつなら、必ずこのクズを何とかしてくれる筈だ。オレ達はそれを信じてここで死のう。」
「うん。きっとボク達の役目は、サチとリコを引き合わせる事だったんだ。」
「……役目は、果たせたかな。」
「最後に、サチの変態モード見たかったけどねー!」
「《リーダーらしいところは見られたよね!》」
「リーダーどころか…やっぱり神様らしいところですよ。」
「今回ばかりは、ワタシもそう思うよ。」
本当に出来た仲間たちだ。
助けに来た相手が消えたのに、恨み言1つ出てこない。
私達はここで死ぬけれど、どうせなら最後に一花咲かせたい。
いや、六花咲かせたい。
「代理リーダー!…目標は?」
私はイチトに問いかける。
「8人で6撃喰らわせる!…欲張り過ぎか?」
全身から植物を生み出す総帥を前に、私達の戦意は再燃した。
黒竜が次元の違う魔力を放っているが、そんなものでは私達の戦意は鎮火出来ない。
「控えめ過ぎるくらいだよー!……『水流支配』。」
「『地球両断ぶれーど』!!」
「『金属支配』。」
「せ、『生命減衰』!」
「《吸収模倣》。」
「『獄炎弾』!!」
「……『鬼姫』。」
「『鬼神』!」
カナデの水流支配で、私達を捉えている蔓がネジ切れた。
それを合図に全員一斉に走り出す。
狙うは総帥だ。
あいつさえどうにか出来れば、それより弱いエヴァなんて目じゃ無い。
「総帥には、触れさせない!」
「邪魔だよエヴァ。この凡人どもは、僕が殺す。さっさと始末して、命の元を探しに行かないと!」
ヒカルの空断を何倍にも凶悪にした様な黒い刃が、同時に10本飛んでくる。
それに追従する様に、禍々しい魔力の込められた黒い樹木が遺跡の壁や床を抉りながら這ってくる。
改めてこいつらは化け物なんだと認識したが、私達の中に立ち止まる者は現れなかった。
元より死ぬ前提で挑んでいるんだ。
今更怖いものなんて、何もない。
私は自らの脚を前に進ませる為に、腹の底から鬨の声を上げる。
「あぁああぁあああっー!!」
そして、ドス黒い刃と樹木が目と鼻の先まで迫った時…
「お待たせ。」
彼が現れた。




