合流と絶望
エヴァ クイーンの捜索は行き詰まった。
アキナのお陰で居場所自体はあっさりと掴めたが、そこに行く手段が無かったのだ。
エヴァは、無限迷宮に居る。
アキナの話では、その30階層に居るそうだ。
現在の最高到達階層は26階層。
それもSランク冒険者がパーティーを組んで成し得た事だ。
オレ達はランク戦によってDランクに上がったが、実力的にはAランク相当だと評価された。
それでもたかがAランクだ。
もちろん、審査員が完璧にオレ達の実力を測れたとも思っていないが、それでもオレ達の中に自分はSランク以上の力があるなんて自惚れる奴は1人もいない。
そんなオレ達が、30階層に到達するなんて夢のまた夢だ。
それでもオレ達は諦めなかった。なんとしてもサチを救い出すんだという想いで、一心不乱にダンジョンを攻略し続けた。
協力者はいない。居るわけがない。
オレ達が敵だと主張しているのは、ギルドの最高権力者だ。
当然無限迷宮への入場許可も降りなかったが、そこはシステムをイジる事で突破した。受付の職員を騙す事も躊躇わなかった。
とはいえダンジョンの突破はそう簡単にはいかない。
実に2ヶ月もの時間をかけて、やっと20階層に辿り着いたところだ。
しかし、ここから先の攻略には、2ヶ月どころじゃ済まないだろう。
ここに至るまででさえ、オレ達は血塗れになりながらやっと進んで来たんだ。
馬鹿みたいに高い魔道具を買い、セーブポイントを作る事は出来たが、いい加減資金も底をついて来た。食料を買い込む事さえ難しくなって来ている。
それでも進むしかない。
サチはきっと、オレ達以上の苦悩を強いられている。
それも、オレ達を庇うためにだ。
死なないからって何をされても平気ってわけじゃない。アイツは自分で思ってるほど心が強くない。
体は死ななくても、心が死んでしまうかもしれない。
その前に助け出さなくては。
もしかしたら、オレ達のやっている事はアイツの想いを無下にする事なのかも知れないが、そんなの知ったことか。
オレ達はアイツの仲間であって部下じゃないんだ。
言う事を聞いてやる義務なんて無い。
仲間ってのは、苦悩を共有するものだろう。
「やぁ。君たちは本当にサチが好きなんだね。だからこそ価値があるんだ。」
20階層の攻略中に、ソイツは現れた。
脈絡も無く、情緒も無く、ただただ唐突に現れた。
全ての元凶。
オレ達の敵。
あまりにも突然の登場に、オレ達の意識はソイツに集中した。
だからこそ気が付かなかった。
背後に『黒い竜』が居た事に。
オレ達は何の抵抗も出来ずに、空間魔法に捉えられていた。
視界が入れ替わる。
洞窟から一転、遺跡に跳んだらしい。
そこに居たのは、敵が2人。
生ける伝説と黒竜だ。
そして…
「頼むから……そいつらを、殺さないでくれ。」
探し続けたオレ達のリーダーの姿があった。
「サ…チ…?」
2ヶ月間に及ぶ捜索で、その影すら見えなかった。
そんなサチが、今目の前にいる。
余りにも当然の展開に、その名を呼ぶリコの声は掠れていた。
「リコ…。みんなも、お願いだから…逃げてくれ。」
第一声がそれかよ。
つくづくお人好しな野郎だ。
「ふざけんな!てめぇを探すために、こっちは血反吐吐きながらダンジョンに挑んで来たんだぞ!」
「そうだよ!思っていた形とは違ったけど、こうしてサチを見つけて、敵も見つけたんだ…ボク達に引き下がる理由なんて無い!」
そう言ってヒカルは、『空断』を5発連続で放つ。
2つは総帥に、2つはエヴァに、最後の1つはサチへと飛んでいく。
「エヴァ。」
「はい。」
エヴァが右手を振ると、空断はたちまち掻き消えた。
サチへと飛んだ空断だけは無事で、拘束している椅子をサチごと切り裂く。
「……。」
サチは体が両断されたというのに声も漏らさず立ち上がる。一瞬のうちに再生されたとしても、痛みまでは遮断できない筈だが…
「てめぇら…オレらのリーダーに何しやがった!?」
言いながらも分かっていた。
きっと想像を絶するような拷問を受けたのだろう。
痛みに対する反応がマヒする程の拷問。
考えるだけでハラワタが煮えくりかえる。
「あー、そういうのいいから。君達はただの取引材料だ。余計な事は喋らないで、一列に並んでおきなよ。順番に殺して行くからさ。」
「やめろサイカイア!お前らも逃げろって言ってんだろ!!おいヒカル!みんなを転移させろ!」
「そんな事するつもり無いよ。仮にあっても出来ない。…ここは無限迷宮なんだ。」
ダンジョンの中では階層を跨ぐ転移は出来ない。
サチはきっと、自分がどこに居るかも分かっていなかったのだろう。
「サチ…。私達だって強くなったの!絶対見捨てたりなんてしないよ!」
「……うん。私とヒカルは、レベル50を超えた。そんな奴らに負けない。」
リコもフタバも自らを奮い立たせる様に宣言する。
相手の桁外れな力量を推し量った上で。
「違うんだ……。エヴァさん、いやエヴァはともかくサイカイアはそんな次元じゃ無い!レベル525の怪物なんだ!」
それを聞いたオレ達は、瞬間的に理解した。
何故サチがあれほど絶望しきった顔しているのかを。
何故しきりに逃げろと言い続けるのかを。
歴史に名を残す伝説の冒険者でさえ、そのレベルは300台に過ぎない。それを525だなんてバカげている。
だが、それでも…
「そんな事は、関係ない。オレ達は…」
「あーもー。だから、黙れって言ってるだろ!」
突然。
遺跡の床から蔓が噴き出した。
「これは気持ちでどうこうなる問題じゃないの。いい加減分かってくれないかな?」
オレ達は全員揃って蔓に巻き取られ、宙吊りにされる。
「ま、待て!わかった!死ぬ気で生命魔法を使える様になるから!だからそいつらには手を出さないでくれ!」
「だったら早く習得してよ。あと4ヶ月もしたらあいつが帰って来ちゃうんだ。何を企んでるのか知らないけど、あいつが帰ってきたら何かが起こる予感がしてるんだよ。」
あいつというのはゲンガさんの事だろう。
この2ヶ月、連絡を取るどころか居処さえ分からなかった。そうか、コイツが仕組んでいた事だったのか。
エヴァは異界にいると言っていたが、今となってはそれすら信用出来ない。
「けど、せっかくエヴァに連れて来てもらったからなー。やっぱり1人くらい殺しておこっか。誰がいいと思う?」
「……私には、分かりません。」
「つまらない子に育っちゃったねぇ〜。…うーん。やっぱりここは、サチ君に1番ダメージのありそうな……リコちゃんかな!」
瞬間。
サチが走り出す。
「は?なにそれ?それで庇ってるつもりなのかな?」
サチはリコの前に立ち塞がり、両手を広げた。
「……いや。あんたを相手に、抵抗なんて出来ないさ。」
「なんだ。分かってるじゃん。ならそこどいてよ。」
「ただ…殺す前に、少しでいいから時間をくれ。」
「何時間あげたって、状況は変わらないよ?」
「これは気持ちの問題なんだ。」
「ふーん。…じゃあ、10秒だけね。」
きっとこれは、総帥の気まぐれなんだろう。
気まぐれで殺すつもりだし、気まぐれで待ってみるつもりなんだ。
それでも、そんな気まぐれの結果だとしても…
サチとリコの10秒には、きっと最高の価値が有るのだと思う。




