生体魔法と生命魔法
「僕の部下であるゲンガのことは知っているね?」
「はい。」
「そうだよね。君の師だもんね。彼は生体属性の魔法を完璧に使い熟す天才だ。故に、自身の適性属性さえ自由自在に変えられる。」
「知っています。」
「君にはそれを習得してもらいたい。生命属性を得て、僕に命を与えてくれ。」
「無理です。それはゲンガさんにしか出来ない事ですから。」
「いやいや、君に拒否権は無いよ。これは仕事だ。報酬は君の仲間の命さ。」
「……。」
「幸い時間はたっぷりある。君は不死だし、僕もまた136人分の命を吸ってきたからね。当分持つよ。」
「…ならここに、ゲンガさんを呼んで下さい。あの人に教わらなければ…」
「はは、そうは行かない。彼は今異界に行かせているんだ。最近、少し怪しい行動が目立つんでね。僕が次に彼と会うのは、永遠の命を手に入れてからだ。」
「信頼していないんですか?」
「信頼しているさ。ただ、他にも信頼している人間はいる。フォード ヘイル君っていうんだけどね。君も知っているよね?」
「以前隠密課で会いました。ゲンガさんに心酔している様でしたが…」
「ああ、そう見せているんだよ。ヘイル君が本当に心酔しているのは僕だ。彼が言うには、ゲンガと君が僕への反抗の意思を示しているらしいんだ。気を付けておくに越した事はないだろう?」
「…ゲンガさんが怖いんですね。生ける伝説ともあろう人が。」
「僕は元々臆病な人間だよ。だからこそ欲しいんだ、永遠の命がさ。今も実は焦っているんだ。ゲンガが戻るまで半年程しか無くてね。アイツが戻る前に、永遠の命を手に入れておきたいのさ。」
「永遠の命……死生會という組織も、貴方の組織ですね。」
「ああ。君の知るグロウという人物も僕の事だ。生命魔法の『成長』というモノを使っていたらそう呼ばれるようになった。どうだい?満足したかな?そろそろ生体魔法の練習を始める気になったかい?」
「…バカみたいに蒔いていた伏線を一気に回収されてビビってます。」
「ふふ、今こそ収穫の時だからね。ほら、時間はたっぷりあるけれど、私の気はそんなに長くないよ?早く生体魔法を使いこなしてくれないと、うっかり君の仲間を殺しに行ってしまうかもしれない。」
「………分かりました。やります。」
1週間後。
俺は、生体魔法を訓練し続けた。
正直、コイツの言う事は全く信用出来ないし、コイツも俺の事を信用させるつもりが無い。
真相を知る機会を得た仙境六花のみんなを、本当に生かしておいてくれるとも思えない。俺が練習に励む動機に使っているだけだろう。用が済んだらポイだ。
けど今の俺には他に選択肢がない事も事実だ。
それを分かった上でコイツはこんな無茶を要求しているのだろう。
徹底したクソ野郎だ。
2週間後。
本当に、この世界にはゴミしかいないのか?
もう仲間以外の誰も信じられなくなってきた。
ゲンガさんは本当にこちら側なのだろうか。
未来を知る彼が今この場にいないなら、あちら側だと考えるのが順当なんじゃないのか?
もしも味方であると考えられる可能性があるとすれば、ゲンガさんが元々いた未来は、実はとうに過ぎているという可能性だ。
だとすれば俺が、俺達が助かる道なんて、1つも無いだろう。
サイカイアも随分と焦ってきている。ゲンガさんが戻るまで半年とか言いながら、既にこの焦り様。本当に臆病なんだな。ダッセェ。
2ヶ月後
もう流石に嫌になってきた。
生体魔法は随分使いこなせる様になったが、自分の適性属性を変えるなんて、やっぱり無理だ。
これならいっそ、ゲンガさんが初めから全属性持ちなのだと考えた方がまだ現実的だと思える。
それくらいに、ここから先は何も見えない。
側から見ているサイカイアも同じ思いだろう。
もはや初めの頃の余裕のある態度は残っていない。
「ああ。君はどうやらやる気が足りない様だね。これだけ鞭を打っても全然成長しない。」
「やる気の問題じゃねぇよ。あんたも分かってるだろ?何度殺されようが、これ以上使い熟すのは無理だ。」
「分からないよ。僕は生命属性を完璧に使い熟すまで1ヶ月しかかからなかった。」
「なんだ自慢かよ。はいはい、すごいですねー。」
「真面目に聞け。これはやる気の問題なんだ。だから、君の仲間をここに連れてくる事にするよ。そして君の前で1人ずつ殺す。何人目で君はやる気を出してくれるかな。」
「っざけんな!!そんな事したって俺が生体属性を持てるわけねぇだろ!」
「…ほら、やる気になった。ちょっと待っててね。もっとやる気にさせてあげるから。」
ダメだ。
コイツにはもはや話が通じない。
行くなと呼びかける俺を無視して、サイカイアは消えた。
頼むからみんな、捕まらないでくれ。
そんな風に考えるが、サイカイアから逃げるのは無理だと主張する自分の声が消えない。
誰か助けくれ。
そんな思いもとうに消えた。
この2ヶ月で、奴の実力は知れた。
到底勝てる相手じゃ無い。
メンバー全員が束になってもどうにもならないだろう。
奴は自分のレベルを『525』だと言った。
そんな奴は世界中探したっていやしない。
黒竜や化神だって敵わないだろう。
あれ程のレベルを持った奴が、臆病だなんて何の冗談だ?
何か弱みでもあるのか?
分からない。
何も分からない。
どれだけ小賢しい策を考えたってアイツには届かないという事しか分からない。
もういっそ、誰か核兵器でもここに持ち込んでくれ。
ここがどこかも分からないが、もしもそれが可能なら1,000個くらい持ち込んで同時に使えば何とかなるかも知れない。
それか魔王とやらが復活してくれ。
50年前に現れて、誰かに殺された魔王。
誰に殺されたのかも知らないが、現界人に魔法を配ったくらいには規格外の存在なんだろ?
木製ショタの1人くらい何とかしてくれよ。
意味の無い思考は続いていく。
カンストした思考加速スキルは、考える時間をひたすらに引き伸ばしてくれたが、結局何の成果も生み出さないまま時は過ぎていった。
実時間にしたらきっと、丸一日も経っていないのだろう。
たったそれだけの時間で、サイカイアは戻ってきた。
俺の愛すべき仲間達を連れて。
「頼むから……そいつらを、殺さないでくれ。」
絞り出した声は、サイカイアの嘲笑に掻き消された。




