総帥
「みんな、大変!!サチが……え?誰?」
サチが拐われ、私は急いでみんなのところに戻った。
するとそこには、見知らぬ女性が立っていた。
「ああ。突然邪魔して済まないな。私はエヴァという者だ。サチに用があって来たんだが…その様子だと何かあったか?」
銀髪銀眼の女性はエヴァと名乗った。
その名前には聞き覚えがある。
「黒竜…。」
「そうとも呼ばれているな。…それで?サチがどうしたんだ?」
何故ギルドランク1位の黒竜がサチの事を知っているのかは分からない。
けど今はそれ以上にこの事態を何とかしたいという気持ちが優っている。
「さ、サチが…拐われたの。」
「…は?拐われた!?」
イチトが椅子から立ち上がり、そう叫ぶ。
他のみんなも口々に驚きと疑問を口にした。
「だ、誰がそんな事を…」
カナデもいつになく取り乱している。
私はエヴァさんに目をやった。
「私がいると話せないか?もし良ければ力になるぞ。今はゲンガさんもいない。相手にもよるが、私の力が必要になるんじゃないか?」
まるで相手が誰なのか心当たりがある様な言い方に少し引っかかったが、今は迷っている場合では無い。
「……アダム サイカイア総帥よ。」
事情を知るメンバーはみんな苦い顔をする。半ば予想していたのかもしれない。
「それ以外なら誰でも良かったんだけどね。」
ヒカルが俯きながら呟く。
犯人が他の者なら対処できると思っていたのだろう。
けれど、相手は最悪にして最強の敵だ。私達だけではどうにもならない。
「げ、ゲンガさんが居ないというのは本当ですか?」
「ああ。彼は今、総帥の命令で異界に飛んでいる。任務が完了するまでは戻らないだろう。」
最悪だ。
最悪のタイミングに最悪の敵が来た。
「それで…エヴァさんは協力してくれるんですか?」
「ああ。…それが本当ならな。」
「!?」
ゲンガさんは総帥の右腕と呼ばれている。そして左腕と称されているのが、このエヴァさんだ。
彼女は総帥に絶大な信頼を置いていると言われ、また総帥も彼女を信頼しているらしい。
やはり彼女のいる時に話すべきでは無かったかも知れない。
「そんな顔をするな。もしかしたら総帥には何かしらの考えがあるのかもしれん。私が調べてみるよ。…白黒つくまでは、君達は大人しくしていなさい。」
「そ、そんな事!出来るわけありません!」
「これは命令だよ。」
そう言って凄んだエヴァさんの迫力に、誰一人として動けなくなってしまう。
「では、私は早速調べに行く。くれぐれもおかしな行動はしないようにね。」
それだけ言って、エヴァさんは転移した。
圧倒的な強者が去ったこの部屋に、一瞬静寂が訪れる。
だがそれは一瞬だ。
「リコ、オレは行くぞ。」
「分かってる。私もよ。」
「もちろんボクも。…けどどこを調べれば良いのか…」
「……まずはギルドにある総帥の部屋かな?」
「エヴァさんが手掛かりだと思うなー。」
「カナデ?何故そう思うんだ?」
「空間属性だから…ですよね?」
そうか。
サチをさらった総帥は、転移して消えた。
けれど総帥は生命属性の筈だ。協力者がいた筈。
そして総帥の左腕が空間属性。これが偶然ならあまりにも出来過ぎだ。
「じゃあ…エヴァさんがここに現れたのって…」
「総帥を運ぶのと、オレ達に釘を刺す為、だな。」
「ボク達の事なんて、いつでも殺せる筈なのに…なんでそんな…」
「神様にとっての、弱味になるからじゃないですか?」
「あー、それっぽいねー。…話を戻すけど、エヴァさんが手掛かりだとしても、それを辿る手段が無いよねー?」
「《それならあるよ。》」
「アキナ?大人しかったが何を?」
「《ごめんね。集中してたんだ。…エヴァさんの移動が止まった。》」
「追跡…してるの?」
「《うん。私の一部をエヴァさんの服につけておいたの。》」
「……アキナ…えらい。」
繋がった。
アキナのお陰でギリギリ詰まなかった。
「《でも私の隠密スキルじゃ、いつまでも持たないと思う。バレたら移動されちゃうから、早く動かないとだよ。》」
だったら早く動こう。
私達は急いで支度をし、拠点から飛び出した。
………………………………………………
「どこですか?ここ。」
「うーん、内緒。」
総帥に連れてこられた場所は、薄暗い遺跡の様な所だった。
「…じゃあ、俺に聞きたいこととは?こっちは内緒じゃないでしょう?」
「もちろん。でもまぁ、そんなに焦らないでよ。とりあえず座って。」
そう言って総帥は、軽く腕を振るう。
パキパキっ。
遺跡の床から木が生え、あっという間にテーブルと椅子が出来上がった。
「やっぱり…生命魔法ですね。」
「うん。分かってたでしょ?僕の事調べてたもんね。」
もちろん分かっていたが、確かめたかったから聞いたのだ。もう何も隠すつもりがないのかを。
「あ、質問責めはやめてね?聞きたいことがあるのはこっちなんだからさ。ほら座って。何度も言わせないでよ。」
「はい…。」
椅子に座ると、肘掛けから蔓が伸びてきて俺の両腕を固定した。
「一応拘束しておくね。暴れられても面倒だから。」
「暴れませんよ。どうせ無駄なので。」
イチトに負けるような俺に、『生ける伝説』を相手に何か出来る訳がない。
現に俺の腕を固定している蔓も、力んだところでビクともしない。バカみたいな量の魔力で強化されているのだろう。
「それでね。君に聞きたい事っていうのは…」
「サクラの事ですね。」
「……話が早くて助かるよ。」
総帥は、生命属性を持つ者から生命力を吸って生き長らえている。おそらく、何かしらのリンクを伸ばしているのだろう。
当然、その相手に何か変化があれば気が付く。
「三日咲さんは、5年後に死ぬはずだった。調整してゆっくり吸っていたからね。…けどつい先日、彼女の生命力が爆発的に増えたんだ。それに君が関係していると睨んだわけだね。」
不確定かの様に言っているが、これは明らかに確信して言っているな。
「ええ。ただそれは、彼女にしか使えない方法です。貴方に命を与える事は…」
「白々しいよ。」
総帥はテーブルに腰掛け、こちらを威圧してくる。
「彼女の生命力を回復どころか過剰供給出来る君なら、僕にもそれを施せるはずだ。」
「……やはり貴方は、生命属性を持つ者からしか生命力を吸えないんですね。」
「だから白々しいってば。そんな事わかり切った事だろう?」
「ですが分からない事もあります。サクラから吸えるなら、何故そうしないんですか?俺から吸ったサクラから吸えば、間接的に貴方に渡るでしょう。」
これが分からない。
俺からしたら、サクラから吸わない理由なんて無いように思える。
「………出来ないんだよ。」
「は?」
「だから出来ないんだ!彼女の生命力が増したその日から、何度やっても吸えなくなってしまったんだ!」
何だそれは。
そんな事…あるのか?
「そんなことを言われても、本当に彼女にしか渡せないんです。これは俺の心情的な問題じゃなく、スキルの問題です。」
嘘じゃない。
これはサクラのスキルがあってこそ成し得た奇跡なんだ。
「ああ、分かった。だったら解決方法は一つだね。」
この人が何を言うか、流石に分かった。
「君には、生命属性を持ってもらう。」
やっぱりそう来るよな。
ああ、ここでもあのクソ仮面のせいで苦労するのか。




