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異世界ラジオ体操

 意識を取り戻した私が真っ先に気にしたのは、自分の姿勢である。意識のない状態で直立する技能を通勤列車で身に付けたとはいえ、それは吊革あっての話。体に力の入らない状態で起立しているというのは恐ろしく不安定なものである。異世界転移モノの多くで転移者が立った状態で召還されれば、転けるのは道理のはず。

 さて私はといえば、例に漏れず立った状態で気が付いた。特筆すべきは、姿勢が極めて安定しており、両腕が水平に伸びていたことである。我が生涯に一片の悔いなしとばかりに胸を張り、両腕を伸ばして我ここにありと主張するかのように。手の平を下に向けて、腕をまっすぐ伸ばすその姿勢。


 Tポーズである。


 考えてみれば当然である。姿勢をロードされなかった人体がデフォルトでどのような姿勢を取るかといえば、AポーズかTポーズに決まっている。それが世界(ぎょうかい)の常識。常識人たる私も当然そのようになるのである。

 とはいえTポーズは生きた人間にとっては不自然そのものでもある。私はゆっくりを腕を下ろした。自然にふぅと息が漏れる。期せずしてラジオ体操第一を終えたようなモーションを行った私の、緊張が解れたのを感じたのであろうか。私と違って自然な姿勢で立っていた姫君らしき人が話しかけてきた。


「お待ちしておりました。勇者様でございますね」

(いや、知るかいな)


 声に出さずに済んだのは、偏に私が常識人の鑑であったゆえである。そもそもの話、勇者というラベルをつけて呼び出したのは姫君サイドであり、呼び出された私にそれを聞かれても私の与り知るところではない。変数を自分で作っておいて「あなたの変数名はfooですか?」などと聞く輩はいないのであるーー普通は。

 しかし私は、この世界が危機に瀕していることを知っており、世界が何故かスマートポインタを使って実装されていることを知っており、私が召還された立場であることを最初から理解していた。


 リフレクションである。


 この世界がある種のVM(仮想機械)として振る舞うことを知っており、その振る舞いに直接強引に干渉する能力を与えられた私は、間違いなく特別な存在であった。彼女らがその特別さを求めて私を呼んだのであればーー


「まあ、勇者ってことになるんでしょうね」


 今なら多少自惚れたって許されるだろう。苦労ばかりの人生だったが、これからは新天地で第二の人生を送れるのである。もっとも、第二の人生といっても、私の主観では意識が消失した瞬間を認識していないので、前の人生と今は地続きの時間である。実態はどうあれ、私にとってこれは転生というより転移に近い。


 異世界転生、実質的に転移。すなわち、ライブ(生きたまま)マイグレーション(移住)である。

● T ポーズ

直立し、両手を水平に伸ばして手の平を下に向けた姿勢。画像検索されたし。

人の形をした 3D モデルを作るとき、デフォルトでこの姿勢か A ポーズにすることが多い。

(A ポーズは A の文字の斜辺のように、腕を水平でなく斜め横に広げて伸ばした姿勢である。)

理由としては、脇の付近のポリゴンが隠れないこと、脇のポリゴンが曲がりすぎて潰れないこと、腕の角度が上下の限界の中間の角度なのでボーン (骨) と頂点の追従のウェイト (追従度合い) の対応を調整しやすいこと、などがあるらしい?


●変数名を聞く

ネイティブ実行されるコンパイル型言語において、通常、変数名とは便宜上のものにすぎず、実行時には変数へのアクセスは名前でなく順番や位置によって行われる。すなわち、デバッグ用に変数名をわざわざ記録しない限り変数名そのものが消えるし、デバッグ用情報はプログラム外部の観測者のための情報なので、プログラム内から変数名を知ることは普通できない (できても相当に面倒である)。


●リフレクション

実行中のプログラム自身が、自身のソースコードレベルの情報などにアクセスしたり、変更を加えたりできるような機能。

ネイティブバイナリにコンパイルされる言語では、かなり難しいか読み込み専用の限定的な対応がせいぜいだが、インタプリタ型言語や仮想マシン上で実行される中間バイナリにコンパイルされる言語では、かなりよくも対応していることが多い。


●仮想機械 / Virtual Machine

ここでいう機械とは計算機、コンピュータのこと。

仮想機械とは、 CPU そのものではないが CPU のように振る舞うプログラムであったり、コンピュータそのものではないがコンピュータのように振る舞うプログラムなどを指す。


●ライブマイグレーション

あるコンピュータで実行されているプログラムを、終了することなく実行状態のまま、別のコンピュータに移動させ、そちらで実行を続けさせること。

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