第63話 神王妃
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[神王妃]ヘラが地上に現れた事により、事態は予想もしていなかった方向へ動き出していた。
ヘラの姿をその目ではっきり見たミレスは最初にセンにヘラが憑いていることよりも地上に降りていることに疑問が行く。ヘラは婚姻、家庭を守護する神であるが浮気性のゼウスが原因で嫉妬の女神とも呼ばれ、ゼウスの浮気相手に悲劇を引き起こしていたと知られているが、ヘラは世間にも知られていないあることをしていた。それは魔王、魔族の誕生である。嫉妬から生まれた邪悪な根源が悪魔や魔王の生みの親となり、神の力を持ち悪魔の力をも使う善と悪の力を持つ神となる。そんな最悪の神が地上に降りた10人の女神の中に混ざっていたことは他の女神は勿論のこと神界にいる神々も気づいていない、気づいたところで止められるわけもなかった。神々の頂点に最も近い位置にいるヘラを止められる神はいない。そして人間の体に宿り、地上に降りた史上最悪の神は賢者と相対している。
圧倒的な存在感を放つヘラを前にしてネティは左腕の出血を火魔法で傷口を焼き無理やり止める。荒い息、にじみ出る汗から疲労がピークであった。下唇を出血するほどの力で噛み、痛みに何とか耐えていたネティは心身ともに限界であるにも関わらず残った右腕で杖を持ち立ち上がる。
ネティはこの事態を自分で招いた故に後には引けず、センを殺そうとした事実がそのまま自分に返ってきているだけであり、ここで自分が殺されても文句は言えない。センが覚悟を決め勝負を挑んだ以上、ネティも満身創痍の状態でもセンの体を使っているヘラに立ち向かわなければならなかった。これは自分が蒔いた種であるから
ネティは残っている力を全て使いヘラに挑もうとしていた時、右腕を失いボロボロの状態で立ち上がるネティの姿に勇者一行は絶句していた。勝利を確信していただけに今の光景は勇者たちにとって信じられず、ネティの現状に言葉を失い立ち尽くしていた。右腕を目の前で千切られ、それを咀嚼しているところを見てセンの正気を疑った。あれがネティが思い続けた人なのかと思えば尚更だった。その後センの姿が男から女の姿に変わった時はミーシャは自分の目を疑った。変化した瞬間に空気が変わり、先ほどまでのセンとは別人のように圧倒的な存在感で強制的に勇者たちは格の違いを思い知らされていた。あれに関わってはいけないと本能が危険だと心臓の音が人間の出せる最大音量で知らせていた。足が竦み動こうとしても前に出て行けずにネティがやられている姿を見ているだけとなった。だがここで勇者たちを責める者はいないだろう。今回の相手が悪すぎたのだ。相手がセンだけであれば問題はなかったが、ネティの相手はセンの中に宿る女神[神王妃]ヘラ、[和名持ち]の中でもイレギュラーな存在であった。それが宿主の体を乗っ取り表へ出ている時点で誰にも予想できない展開となっているのだ。
「ブフッ!!」
「ネティ!!」
隻腕で戦う賢者ネティは残り少ない魔力でも応戦しているが、それをあざ笑うかのように回避してはカウンターを与えられていた。だがそれだけで終わらずヘラは笑いながらの追撃がネティを襲い吐血した。そして賢者ネティが一方的に嬲られる姿に耐え兼ね、戦士ミーシャがネティを助けようと誰よりも早く動き出した。だが助けようと動いたミーシャの前にミカルが立ち塞がる。
「死ぬ気?」
「そこをどいて これ以上は見ていられない」
「やめときなさい 今行けば間違いなく殺されるわよ」
「そんなのやってみないとわからないじゃない」
「いいえ? 既にアンタたちはわかっている筈よ
あれは私たちが適う相手じゃないって」
「それでも仲間が殺されようとしている姿を黙ってみているわけにはいかないのよ!!」
あなたには悪いけど、そこを退かないなら力ずくでも…」
「…やってみなさいよ」
ヘラの元へ向かおうとするミーシャを止めようと説得を試みているが、頭に血が溜まって冷静な判断ができていなかった。ミカルは事実を突き付けているが、それを聞かずに実力行使で来ようとするところでミカルも頭に血が上った状態となりエルはミカルを見もせず、シウラはため息をつき、ヤマトは自分で作った煙草を取り出し吹かす。
「ミカル落ち着いてください あなたがムキになってどうするのですか」
「うぐっ…」
「まったく…いいですか?戦士様 私達だって今のセンは危険だと承知しています ですが私達でもあの状態のセンを止めることはできないのです
いいですか?今闇雲に手を出したところであれを止めることはできないのです」
「じゃあどうすればいいのよ!!」
「最悪の場合となる前に俺が出る」
ミーシャを宥めようとしているシウラの後ろでエルが静かに立ち上がるとヤマト達に指示を出す。エルはヘラがセンの体を乗っ取った時には既にヘラと戦う可能性を考えていた。そしてもう一つの可能性として勇者が動くならば陰でサポートをして自分たちの実力を隠そうと考えていたが、勇者を見るとヘラの存在感で戦意を喪失しているところを見ると呆れて何も言えなかった。だから戦士ミーシャが動いた時には驚いていた。友のために自分の体を犠牲にしても厭わない姿に過去のことを思い出し何と無く心が動いた。エルは戦士ミーシャが起こした行動は嫌いではなかった。
「ヤマト、準備しておけ」
「フ――――――ッ…アーシは出なくていいのか?」
「お前はまだミレスの魔力を使いこなせていないからな 万が一のことを考えて待機していてくれればいい
それに今回はアリスなしでやる」
「……了解」
「ミカル、お前は勇者たちの防御」
「わかった」
「シウラ、俺のサポート」
「わかりました」
今回はアリスが出てこないという事態になりアリスなしでの戦闘となるが、エルはアリスが出てきていても女神の魔力は使うことはなかっただろう。それは相手が神だからであるのが一番の理由だった。同じ神であるがヘラの方が神としては上位であるが故に、アリスたちの手の内を知り尽くしていてもおかしくないのだ。そしてヘラが[和名持ち]の女神としてセンの中に宿っているともなれば女神を出した場合こちらに勝機は少ないと考え、へラを止める方法があるとすれば、センの意識を戻すしかなかった。
(センの中にいるのがヘラだって何で教えてくれれば対処を考える時間があったてのに、本当にふざけてやがる)
ミヨコはセンの中にいるのがヘラだってことがわかっていながら黙っていた。それにエルは頭を掻き唸る。女神が宿主の体を乗っ取ることができるのは一応頭の隅には置いていたが実際に起こったことはなく対処のしようがないことはわかっていた。エル自身何度かアリスに体の主導権を奪われたことがあった。しかしその度に何かがエルの頭の中に話しかけ正気を取り戻していた。その時に誰に何を言われたかは覚えてはいない。そのことを考え可能性として方法があるとすれば、宿主であるセンの意識を回復させ、体の主導権をセンが取り戻すしかなかった。
(何でいつも俺に面倒ごとが集まるんだ?)
エルはため息をつきながらもヘラと相対する準備を行うことにした。
そして場面が変わりヘラに挑むネティはというと、既に体はボロボロというよりも酷い状態となっていた。眼が充血し瞳から血涙が流れ落ち、息が異常なほどに荒くなり、足が震え、下唇が噛み気を失わないように杖を地面につき必死に倒れまいと意識が朦朧としていた。ネティには正気を伺う余裕はなく立っているのがやっとであった。
[神王妃]ヘラの右手は神の力、左手は魔の力、その二つの力をネティに容赦なくぶつけていた。右目を切り付けられて視力を失い、骨も何か所か折れおり、痛みに耐えながらも意識を保っていた。片方の肺が傷つき中に血が流れ、咳をするたびに激痛が走る。ネティの瞳には光が失いかけていた。
「ヒューーッ…ヒューーッ…」
「『ふむ…もう終わりかの?
何じゃ、賢者に選ばれたものがこの程度とは拍子抜けもいいとことじゃな
中途半端な実力で我が子とも言える魔王を倒すとは笑わせてくれる
全く……神託で適当に決めすぎているようじゃの 素質のないものが選ばれ、素質のあるものが淘汰される
言うて、素質のある者はバカ女神共が許可もなく[和名持ち]にしたのが原因じゃが
成るべき者が成らず運で選ばれた者がこうして調子に乗っているわけじゃな
それに…… ん?主の顔に何やら魔法が集まっておるな」』
辺りが見る影もなく破壊されそれによってできた岩に寄りかかりネティは虫の息の状態となっていた。当然のように無傷の状態でヘラは不完全燃焼と言わんばかりにネティを見下ろしていると冷めた視線をネティに向けていた。
だがその後でヘラはネティの顔に魔力が集まっていることに気づき、ネティの顔にかかっていた魔法を人差し指で宙に文字を書くと魔法が解ける。そしてセンにそっくりだった顔がみるみる変化していき別人のようになっていた。右目を覆うようについた火傷が表へ晒された。
何が起こったのかわからないという表情をしていると、残っている右手で自分の顔を触り確認すると、魔法が解けていることに気づき次の瞬間
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
重傷を負っているにも拘らず、ネティは狂ったように叫んだ。
まだまだ続きますよぉ!!




