第43話 走る
目の前で何が起こっているのかわからなかった。
ここが何処であるかもわからなくなっていた。
難易度が上がり、魔物の強さが増し攻略も難しくなっているにも関わらず。
四人のプレイヤーの目に写っているのは、当たり前のように魔物を一撃で屠り続ける黒い仮面を着けた男と[冷血女王]の姿だった。
驚いたのはそれだけではない。
この仮想世界で有効な攻撃であるとは思えないが、剣を抜き相手を確実に仕留める為の首や心臓部を狙って攻撃をしている[冷血女王]の動きは、まるで宙を舞っているような美しい動きで魔物を仕留めていた。
その[冷血女王]の美しい動きに対し仮面の男は、魔物を蹴り飛ばしたかと思えば、素手で魔物の首をへし折り、引き千切っていたのだ。
攻撃を受けても傷痕だけがつき、直ぐに消えるはずなのだが、仮面の男は魔物の首を片手に持ち、首と胴体を切り離していた。
「うっ……吐きそう」
「アレを見れば無理はないけど、今は我慢しろ…」
「……それよりもアレどうなってんの?
魔物につけられるのは傷だけじゃないの?」
「わからない……
[冷血女王]のあの動きも、魔物を素手で倒すあの仮面の男も…」
手に持った魔物の首からは当然血は流れ落ちるわけがなかったが、プレイヤーからすればそれは余りにも無残な光景だった。
次々と疑問が重なり更に困惑するプレイヤーであるが、前を歩く二人が歩みを止める訳もなく先へと進んで行く。
プレイヤーは吐き気に襲われながらも二人の後をつけて行った。
一方その頃、プレイヤーの前を歩く二人は…
「うーん…やっぱり」
「どうかしましたか?」
「少し気になる事があってな?
前にアリスの魔力を纏って戦っていたんだが、階層主に攻撃した時、階層主を真っ二つに出てたんだ」
「え?」
「それで今回、通常の状態とアリスの魔力を纏っている状態とで比較してみたんだが…
やっぱりアリスの魔力を纏うと、この世界の魔物の体を切り離せる事ができるようだ」
エルはダンジョンで実験をしていた。
通常の状態で魔物に攻撃すると、その箇所に傷だけがつき血は流れ落ちず切り離すこともできない。
暫くすると傷が消える。
この仮想世界では、仮の命であり魔物だけではなく、プレイヤーも同じようになっておりその体に血液は流れていない。
しかしプレイヤーは不慮の事故により、この世界での死は現実でも同じようになってしまう。
そこでエルが行ったのは、第二十階層の悪魔王に放った一撃からの発想で、そこから試行錯誤を繰り返していた。
女神の魔力を体に纏う事で、〈断罪の大鎌〉を使わずに魔物の体を切り離す事ができるのかという実験を行なっていた。
そして成功した。
人の持つ魔力、アリスの持つ神の魔力、この二つの魔力が合わさった状態の魔力がこの世界の常識を覆した。
「ところで……後ろの四人、アレ誰?」
「………二人はわかりませんが、他の二人は顔見知り程度ですね」
「ふーん…強いの?」
「男性は[煉獄の剣王]と、女性は[雷帝]という二つ名で知られています
プレイヤーの中で三本指に入る実力を持っていると言われていますね」
「何その強そうな二つ名、ちょっと手合わせを…」
「駄目ですよ」
「やっぱり?」
「三本指に入ると言われていますが、実力は私以下です。
こう言うと失礼ですが…
エル様のお相手にならないかと」
「……そうなの?」
エルはダンジョンに入る前から、後をつけてくる四人に気づいていた。
それはシウラも同様である。
かと言って何故後をつけてくるのかをプレイヤーから問いつめるつもりは微塵も無かった。
エルにとって重要なのは、後をつけてくるではなく強いかどうかである。
強ければ手合わせを願い、弱ければ放っておく。
全プレイヤーの中で三本指に入る実力を持つ四人のうち二人。
それを聞いた時には心が踊ったが、エルがプレイヤーと戦う可能性はシウラの一言により消え去った。
この世界でのシウラ以下、[神風]副団長としてのシウラであり、本気を一度も出していないシウラがプレイヤーを下に見ているということは、二人のプレイヤーは他のプレイヤーとは大差のない実力であるということだった。
「………残念
今のお前以下か…」
「はい」
「それじゃあ、育てても駄目?」
「それはわかりません
私という前例がありますから」
「それはあの二人が異常なだけだ」
「わかりませんよ?
エル様の体には御二方と同じ血液が流れていますから…
絶対に無いとは言い切れません」
「………俺ってそんなに似てる?」
「似てますね」
雑談をしながらエルとシウラは歩いて行く。
そして第二十五階層の階層主のいる部屋の扉の前に辿り着いた。
本来ならばシウラはここで引き返し、調査の結果を伝えなければならない。
「お前はどうするんだ?」
「言うまでもなく、ご一緒させていただきます」
「そうだよな…
じゃあ行……!!」
「?、エル様?」
扉に手を添えた瞬間に、エルは何かを察知した。
階層主のいる部屋の扉を開かずに数分その場から動かなかった。
その様子を見てシウラは心配そうにエルの顔を見る。
そして…
「ハハハッ…シウラ」
「………何でしょうか」
「何も言わずにこの扉を開けたら後ろの四人を抱えて走ってくれるか?」
「??」
開けた瞬間に何かが起こる、それがとんでもなく厄介である事をエルは悟っていた。
エルは扉を開ける前に一度息を整え、後ろの道を確認した。
四人のプレイヤーの位置も確認して再び扉の方に視線を向ける。
「行くぞ」
「??……はい」
エルは意を決して階層主のいる部屋の扉を一気に開けた。
すると扉が完全に開いた瞬間に、階層主と思われるドラゴンがエル達目掛けて火を吹いた。
エルは階層主の姿を一瞬捉えただけで、次の瞬間には視界全体に炎がエル達に迫ってくる光景が目に写っていた。
そしてエル達は階層主のいる部屋までの道を全速力で走った。
「!!!!??」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!!!!」
「「「「え?」」」」
迫り来る炎から必死に走って逃げた。
四人のプレイヤーをエルとシウラが二人ずつ抱えながら、死に物狂いで走った。
(オイオイオイ!!!何だコリャ!!!
先手必勝に使うやつじゃねぇだろ!!!!)
エルとシウラは二人ずつ抱え、風を切り裂きながら走る。
プレイヤーには何が起こっているのか理解できていないが、後ろから炎が迫ってきているのは理解できた。
理解できないのは炎から逃げきれるだけの速度で走っているエル達だった。
ゲームの世界とはいえ、これだけの速度で走ることは出来ないからである。
プレイヤーが深く考えている間にエル達はダンジョンの外へ走り抜けていた。
炎はダンジョンの外まで届き、幸い入口の側にはにはプレイヤーがいなかった為犠牲者はいなかった。
するとエルは抱えていたプレイヤーを放り投げた。
「……っ…蜥蜴が〜〜!!!」
「あっ……」
「ぶっっっっっっ殺ぉぉぉぉぉす!!!!」
「エルさ……」
制止しようとしたシウラの声がエルに届く前に、怒り狂ったエルは階層主の元へ走り去った。
踏み切った箇所には深く穴が空き、エルが走ったところには土煙が舞い上がった。
そして暫くするとダンジョンの奥から、叫び声と破壊音がダンジョンの入り口まで鳴り響いてきたのだった。
「死に去らせぇぇぇぇぇぇえ!!!!」




