第29話 汚れた治療院
[和名持ち《ネームド》]高塚ヤマト。
幼い頃は何不自由ない、ごく普通の平民として暮らしていた。光り輝く長髪をなびかせ、最初は元気で誰にでも優しく明るい性格をしており貴族と間違えるくらい美しい少女であった。友達も多く学校には休む事なく通い続け成績も上位に入っていた。そして学校の推薦で、貴族が多く通う魔法学校へ進学すると通い始めて一月経ったある日、突如グレた。半年経った時には、一人で街の外へ出ると全身に血を染めた状態で、全長2メートルの体格の熊の首を引きちぎったかのような状態のクマの頭を片手に持ち帰ってくる。嘗ての元気で明るい少女の面影は何1つ残ってなかった。左目に縦の傷を縫い合わせ、街の人々から気味悪がられる存在となっていた。その後に治療院を一人で経営しているその姿に街の人々からは落ちた聖女と罵られていた。そんな彼女が、今机にお茶を並べている。
「お茶っぱなんてもんは無いから、薬草で作った粗茶だが…まぁ問題はないだろ」
(((……薬草で!?)))
「飲めないことはない」
ヒビの入ったコップに薬草で作った粗茶が出される。ミカルとセンが躊躇する中、エルは何の問題も無く一気に飲み干す。
「早速だが、治療を頼めるか?
金ならある…早急に終わらせて次の所に行けないんだ」
「アーシは別に金が欲しくて治療院をやってるわけじゃねぇんだ
タダでいいよ」
「……裏とかないだろうな」
「あるに決まってんだろ?」
「………望みは?」
「お前に憑いてる女神」
「それならまぁ、良いよ」
「じゃっ始めますか」
高塚ヤマトの望みは金では無い、アリスだった。それは悪用しようとかそういうものでは無く、単に興味があったからである。[和名持ち《ネームド》]にしか憑いていない女神は、人それぞれであり、能力も違う。高塚ヤマトは自分以外の[和名持ち《ネームド》]の女神はどんな姿をしているのか純粋に知りたかった。そして高塚ヤマトは立ち上がり手をエル、セン、ミカルへ向かい肩を触ると座っていた位置に戻る。
「終わった」
「!」
「早っ!」
「触っただけで!?」
この治癒方法にはエルも驚いた。触っただけで治癒ができるなど信じられるわけがなく、怪我を負っていた箇所に触れると完全に治っていることに驚く。高塚ヤマトは対象を触れるだけで治癒できることを認識したが、余りにも非常識な治癒の速度に治癒できた体を見て目を疑う。いくら回復属性と言え、触れるだけで全快させる何て前例があるはずがなかった。
「じゃ、女神を見してくれ」
「………アリス」
『なぁに?』
信じられないが治癒をしてもらっているので、エルはアリスに姿を見せるように言う。
普段からアリスは外に出てはいるが、初対面である高塚ヤマトにはその姿は見えてはいなかった。それはアリスの意思に関係するものである。特定の人物には[和名持ち《ネームド》]であっても姿を見せる事は無い、理由の1つはアリスの人見知りである。故に初対面の相手には姿を見せないことが多かった。しかしエルに言われた以上その姿を見せないわけにもいかず、姿を現わすとアリスは高塚ヤマトに視線を向ける。
『ん?…ほら!私が出て来たんだから貴方も出て来なさいよ!ミレス』
「?」
「へぇ……おいミレス」
アリスがミレスという名を口に出し、高塚ヤマトの背中に羽が生えたように見えた。そして高塚ヤマトの中から出てくるように、羽を広げて高塚ヤマトの後ろへ立つ。光り輝くその姿は天使のようで、女神のモデルと言われてもおかしくはない程に、女神という名に相応しい姿をしていた。
『何かご用ですかヤマト』
「ほら!白い女神だ!」
『?……あぁ、アリスさんお久しぶりです』
『そうだね、久しぶりミレス』
『『…………』』
「?」
『……あぁぁぁぁぁぁぁ!!!無理です!!
やっぱり我慢出来ません!!!!
アリス様ーーーーーーーー!!!!!』
『寄るな!』
『ハイ』
回復の女神ミレス、治癒に特化した魔法を使い、どんな傷や病を治す女神として崇められる。最初の聖女という称号を持ち、ミレスの像が置かれ教会で信仰されている神の一人。お淑やかで誰にでも優しく、救いの手を差し伸べる者を見捨てない最上級の天使というのが表の顔である。この最初の聖女ミレスの裏の顔は、どんなに言葉を選んでも天使とは言えないものだった。実際にミレスの行為を見た者たちが、ミレスへの第一印象に聖女と天使の言葉が掻き消えた。大きく手を開きアリスの胸へ飛び込もうとした姿を見た時、その場にいた者たちは逆に引いていた。アリスはミレスが飛びつく前に制止の声を飛ばし、動きを止めて正座をしているミレスの姿を見て高塚ヤマトは呆れた表情をしていた。
『あぁ…アリス様…その蔑んだ目をもう一度拝見できるとは、私は一番の幸せ者です!』
『…………』
「「「「「……………」」」」」
『あの凛々しいお姿は変わらず、神々に盾をつき、私達女神の先頭に立ち魔人族を絶滅なされる時の事を私は昨日の事のように覚えています』
(凛々しい?コイツが?…)
『誰にも媚びず、信じず、そして魔人族へ躊躇いもなく命を奪うその姿に、私は心を奪われました。
アリス様のご命令ならば、私はどんなにことも致します
私の心はアリス様のものです
アリス様の全てが欲しい!!
誰にも渡したくない!!全てを私が独占したい!!!』
ミレスはウットリとした表情をしながら語り始める。その度を超えた発言からは、とても教会に信仰されている神とは思えない程に異常だった。アリスへの憧れから、アリスへ依存し独占欲が生まれ、ストーキングをするようになる。異常な程のアリスへの依存は周りに恐怖を与えるまでとなっていた。
『はぁ……しかし私がこんなにも愛してアリス様を欲していても、アリス様を手にする事はできません…
アリス様は既に心を許している者がいらっしゃるからです』
「!」
『以前よりも表情が豊かになっておられるようですし、その方がアリス様の思い人なのですね
なら私は涙を呑んでお二人を祝福いたします』
ウットリしているかと思いきや突然涙を流す姿に、エルは思わず苦笑いが出た。反応に困る発言を連発しているミレスを見ているうちに、エルは目的を忘れかけていた。
「もういいか?」
『ムッ!何ですか!!
いくらアリス様の思い人だからと言って…』
『ミレス!五月蝿い!』
『…すみません』
「……もうそろそろ行かねえと…」
「? 何かあるのか?」
「厄介ごとの処理という名の新たな世界の見極め及び破壊…」
『エル!!!』
「エル!!!?」
「エル様!!!?」
「ん?」
「………何それ面白そう」
包み隠さず高塚ヤマトへ話したエルに驚愕する3人だったが、隠す必要が無いと判断したエルには問題はなかった。
「なぁ!アーシもその面白そうなのやりたい!」
「良いぜ」
高塚ヤマトは子供のように目を輝かせながらエルたちと同行を望んだ。そしてエルは周りに相談する事なく承諾した。秒速で高塚ヤマトの同行が決まり、シウラ、ミカル、センの3人の空いた口が塞がらずその場で立ち尽くし呆然としたままだった。エルの顔に動揺はなく、寧ろこれは望んでいた事だった。これから先、高塚ヤマトの治癒能力は必要不可欠だと判断し高塚ヤマトを誘導して同行する方向へと持っていった。これは全て計算して行ったことではなく、ただの直感で決めた事に気づいているのはシウラだけだった。




