第28話 座標転移
まるで気絶をしているように眠っているミカルとセンの横で、エルは起き上がる。自身の怪我の具合を、手を開いたり握ったりして後遺症がないかを確かめると身体中に巻かれた包帯を解き、回復薬を飲む。身体中の骨を鳴らし、怪我が全快し魔力も戻り何も問題のない状態へ戻った。シウラは寝ていた3人の下に魔法陣を描いていた。これはエルが支持したものであり、風魔法で3人を浮かべ寝ているうちに書いていた。魔法陣を書き終わるとシウラは、エルの横で眠っていた。
「……さて、座標を確認するかな」
『座標なら指定された所から少し離れた街で良いならシウラちゃんが設定してたけど?』
「え?嘘?マジで?」
『マジで』
「相変わらず気がきくね〜
お兄ちゃん感動したよ」
『………やっぱりエルはあの二人の弟だよ』
「…………気をつけよ」
『うん…そうしなね』
無意識にあの二人が言いそうな言葉が口から出てきた時は恐怖を覚えた。自分の中にあの二人と同じ血が通っている事はしょうがないにしても、同じような言葉を吐いた事実は変わらない。まともな人間でいようと思っていたエルにとって、それは危機感を覚えるほど衝撃な事だった。
「……一体誰と何を話してんだ?」
「!?………起きたのか」
「あぁ…身体中が痛え…回復魔法をかけても痛みが取れやしない」
「そりゃ、衝撃が残ってるからな…
あの人の攻撃を受ければ誰だってそうなる」
「それに何だ、あの説明の下手さ加減は!
殆ど何言ってるのかわからん!」
「安心しろ、俺も理解するのに半年かかった」
「「グワッと」とか、「ドンッと」とか、「シュシュッドーン」とか擬音語ばっかりだった」
「それはどうしようもできないな
俺が前に言ったことがあるが治らなかったし」
「嘘だろ?」
「ホントホント」
ミヨコから受けた打撃の衝撃が体内に残り、痛みの余り目が覚めた。起きた時、回復魔法を自身にかけるが効果はあまりなく傷は癒せても衝撃は残ったままだった。それでもセンが一番文句を言いたかったのは、ミヨコの説明の下手さ。擬音語ばかりの説明で詳しい事は何1つわからない、感覚で物事を捉えるミヨコは説明が絶望的に下手だった。だがその話の前に、エルはこの時ある事を見落としていた。エルはセンが最初に言った「誰と話してる」と聞いてきた事を思い出した。
「なぁ…お前、女神が見えてないのか?」
「ん?」
「俺に誰と話してるって聞いてきたよな
それは女神が見えてるか、それとも俺が独り言を言ってるかの二択なんだよ」
「…………」
「[和名持ち《ネームド》]なら普通は見えているんだけどな」
「正直白い女って事だけで良く見えない
そこに何かいるってことはわかるが、最初は目がおかしくなったかと思ったけどな」
[和名持ち《ネームド》]ならば女神の姿が見えていてもおかしくはない。だがセンには女神、アリスの姿はハッキリと見えてはいなかった。その原因はセンは力を抑えていたからであり、それは周りと同じ人間として見られるために、普通の生活を欲していたからだった。だが自分を偽るのをやめ、体内に溜めていた魔力を全て外へ出した。それでもアリス姿が見えていないとなると
(理由はわかるかいアリスさん)
『……センの中にいる女神が、私のように表に出ていないという事…
エルと同じように、エルの魔力と私の魔力が合わさると女神の姿が見えるようになる。
例外はあるけどね、シウラは精霊の力で、ミヨコとサクヤは……アレは女神と同等の魔力を持ってるからだね』
(ほぉ…)
『…………』
(どうした?)
『覚えてる?ミヨコがセンに言ったこと…』
(……何か言ってた?)
『うん…センの顔を掴んで厄介なのが憑いてるって…』
(厄介なの?)
エルはその詳細を聞こうとしたところでミカルが目を覚まし、話はそこで止める。頭の中に雲がかかったように不明確なものが残った。ミカルが目を覚まし、続けてシウラも目を覚ますと、起きたミカルとセンへ軽く説明を行い、これから転移する事を伝える。寝ぼけているミカルは適当に返事をしている横でシウラが着々と準備を進め、転移の準備が整った。
「これからやるのは〈座標転移〉だ
簡単に説明するとな?
こうやって魔法陣を書いて、転移先に座標を設定して座標までの距離を計算すると転移先に魔法陣が浮かび上がりそこへ転移できるって事だ」
「「??」」
「……実際にやった方が早いな
シウラ!準備できたか?」
「はい、荷物などは全てまとめて〈収納〉魔法でしまっておきました」
「じゃあ始めるか」
「ちょっと待てい!」
「転移開始」
センの制止を求める声はエルに聞こえる事なく転移を開始した。地面に書かれた魔法陣が白く発光し、辺りが暗くなる。そして指定した座標まで4人は転移した。転移が終わると、魔法陣が消えて何事も無かったかのようにいつも通りに戻った。
転移した先はある街の外に、少し離れた場所の森であった。この場所であれば転移したところを目撃されることはない。
「何時までポケーッとしてんだ?
早く行くぞ!」
「ちょっと待て、今状況を整理してる」
「ここどこよ!?」
「まだ寝ぼけてんのか?今転移したろ」
「おい…まさかあの街は大教会第二支部のある街の【クントルン】?」
「知らん、行くぞ」
状況の整理が追いついていない2人を置いてエルとシウラは街の入口へと向かう。常識ではあり得ない事を連発しているエルに、呆然としていた。その2人を置いて躊躇なく街へと向かうエルの後ろでシウラが、ミカルとセンへ一生懸命わかりやすく教えていた。そして入り口に近づくと、警備隊が検問を行なっており、荷物検査を行なっていた。
「面倒くせぇな」
検問の姿を見たエルは頭を書き、警備隊が前にいる人たちの荷物に目が映った瞬間を狙い、目にも留まらぬ速さでエルとシウラは中へ入った。
「「はぁ!?」」
「何やってんだ!早く来い!」
ミカルとセンが同行している事を考え、検問を受けようと思っていたが、2人の事をミヨコが軽く手を合わせていた事を思い出し、一瞬で検問くらい通り過ぎるくらいなら出来ると判断していた。しかしセンとミカルは大人しく検問を受け街の中へ入った。
「何で検問なんか受けたんだよ」
「王女の私が隙をついて中に入るなんてことできるわけないでしょ…」
「変な所真面目だな…お前」
「そうなんだよ!昔から変なとこ真面目なツンデレでなんだよな!」
「五月蝿い!!
そんな事より次どこ行くの!!」
「えっと…アレだよ、あの建物」
「……あのオンボロの建物?何しに行くの?」
「治療をしに」
「治療だったら教会に行けば良いじゃない!
高度な回復魔法の使い手がたくさんいるわよ?」
「教会は嫌いなんだ」
教会嫌いのエルが向かったのは、今にも崩れそうな建物で営業している治療院だった。この街に教会が出来てから、この治療院の経営は危うくなっているが、今だに潰れずにいるのはここで働いている医者の腕が確かだという事だった。教会は何度もこの目障りな治療院を潰そうとしてきたが、何度刺客を送っても全て返り討ちにあい、次第に手を出さなくなっていた。この情報を聞き、ミカルが渋り、センがミカルを説得し、シウラは黙ってついて行く中でエルは治療院へと向かう。そして扉を開き中へ入ろうとすると、受付の所で足を机に置いている者がいた。
「ん〜〜??お?
こりゃぁ〜珍しい客が来たもんだ〜な」
「場所を間違えたようだ」
「おいおい、用も無くその扉を開く奴がこの街にいるわきゃね〜よ
入りな!大した持て成しは出来ねぇけど、どんな怪我でも直してやるぜ?」
「テメェまさか…」
「まぁ入れよ、そのダメージが残った身体をキレーに治してやるぜ?」
中にいたのは長髪を後ろで束ね、白衣を肩に掛け足を組んでいる女だった。治療院の従業員とは思えないほどの、だらしのなさに場所を間違えたかと思ったほどだった。白衣を着用していても、左目に縦に入った縫合された傷からはとても医者には見えなかった。だがそれ以上に、エルは感じ取ってしまった。このガラの悪い女がエルとセンと同じ[和名持ち《ネームド》]である事を女の後ろにいる女神を見て確信した。
『うっそー…』
「マジか」
「歓迎するぜ?同胞」




