第25話 最強降臨
隕石の如く空からソノ女性はやってきた。
着地の風圧で木々は飛び、兵士や馬車、建物までもが吹き飛ばされ、唯一その場に残っていたのがエルとシウラだけであり残りの者達は全て吹き飛んだ。腕を前に起き、辛うじて風圧に耐えてはいたがエルの体にダーメジが響いていた。土煙が晴れると地面が一部だけ陥没し領地の大半が更地とかし、あれだけ豪華だった教会は面影がない程に消し飛んでいた。この時エルが一歩でも遅く危険を察知していなければ、領地の住民達の避難が遅れ命は間違いなく失われていた。着地の風の衝撃で骨が軋み、防御に使っていた腕は震え、足は踏ん張りが聞かずに力が尽きたように地面に膝をつく。神屋センは吹き飛ばされたミカルを抱き抱え、これ以上飛ばされぬように風圧に耐えてエル達と同じように崩れ落ちる。
この世界に手はいけない者がこの地に降り立った。
「Ladies and gentle men!!
私はゼロの世界及び全世界で[最強]の称号を持つ者!みんなのアイドル!
その名はミヨコちゃんでーーす!!!
………あれ?誰もいない、私の完璧な自己紹介を聞かないとは
何処のどいつだ!」
女性は自己紹介をして顔の横でピースをしているが、自己紹介を聞いている者は1人としていなかった。陥没した地面から上へ登り、地上を見るとそこには彼女がこの世で一番心をときめかせる人物、エルが膝をつき息を切らした姿があった。
「あはっ♡」
目に映った瞬間に満面の笑みで、エルが目で追う事も、反応もできないほどの速度で気づけばエルを抱き締めていた。目にも留まらぬ動きをしていながら、音も無く、風も吹かず、抱きついた時の衝撃もなく、一瞬でも瞬きをしていないのにも関わらず、動きが全く見えず反応することができなかった異次元すぎるその速さを目撃した神屋センは目に映った情報に頭が理解できなかった。
(何だ あれ…)
「スーーーッ……
うん!よし!知らない女の匂いはしない!
シーちゃんよく守ったね!褒めてあげるよ」
「…………ありがとうございます」
「まったく…どこに行ったのかと思えば、こんな辺鄙なところに来て!
お姉ちゃん心配したんだからね!!」
「…………」
「アーちゃん?」
『何さ?』
「変な事を私のエルに教えないでよ!」
『相変わらず気持ち悪いな… 別に変なこと教えてないよ?
近々何かあると思って行動しただけだし〜
あそこにいる[和名持ち]が証拠だよ』
「ん〜??」
抱きつき匂いを嗅ぎ、自分の知らない者と接触していないことを確認する。その行為はあの時の者と同じであり、同じ以上行為であり、変態に見えた。その変態の視線が神屋センへと向けられ、気づいたら目の前に立っていた。神屋センは、女性に顎を掴まれ無理やり上に向けられて瞳の奥を覗き込まれた。
(!! 早ッ…まったく見えなかった)
「んん〜??……」
「??」
「……! ハハッ!ハハハッ!!
君、厄介なのが憑いてるね!! 実に面白い!!」
(? 厄介?)
「ん?厄介じゃないか?
珍しい奴?でも厄介だよな…
まあいっか!!ハハハッ!! そうかそうか!」
神屋センの瞳の奥を覗き込み、笑いだす。厄介なのが憑いているというのは、言わなくてもわかるだろうが女神の事である。だがそれ女神をこの女性は厄介な奴と言った。そして音も無くエルの元へと戻る。
「まーさか、アイツが彼に憑いてるとはね〜
今日一の驚きだ! それに抱き抱えてる彼女…良いね〜
2人共良い素材を持ってるよ!
はぁ…鍛えたい♡」
その言葉を聞いた時、神屋センとミカルは異様な感じに背筋に寒気が走る。エルとシウラはこの女性から逃げて来たことを嫌でも理解できたからだ。初対面の第一人称で、[戦闘狂]、[変態]、[極度のブラコン]の三択に絞られていた。この世界で[最強]の称号を持つ者、一目見ただけで戦意を無くしてしまうほどの威圧感に、指の一本も動かせずにいた。
「じゃあ帰ろっか!」
エルの肩を優しく叩き、立ち上がらせ【ゼロの世界】へと帰ろうとした。しかしその前に自分の着地で陥没したところに目を向け、その場所へ歩みを進める。
「………フン!!」
「はぁ!?」
大穴の近くでしゃがみ込み、地面に手を突っ込んだ瞬間に破裂するような音が響き陥没した場所が元に戻っていた。これには声を上げずにはいられなかった。何が起こったのか、手を地面に入れ声を出した瞬間に元に戻った事が信じられなかった。そして立ち上がりエルの方へ体を向ける。
「さてと…帰ろう?」
「待て…」
エルは帰ろうとする女性を止める。
膝をついていた状態から立ち上がり、身に付けている装備を次々と外し始めた。羽織っているローブ、刀身のない剣と鞘、手袋を地面へ投げた。エルのこの行動にシウラは驚きを隠せなかった。この時エルは一番あり得ない選択をする。自分が恐れる存在、トラウマを植え付けた存在、[最強]の称号を持つ者に勝負を挑むという選択をする。このエルの行動に女性は口角を上げた。
「この短期間でどれだけ俺が強くなったか見たくねぇか?」
「ほほぅ…それは気になるね〜
じゃあ見せてもらおうかな?
でも……簡単に倒れないでね?」
「俺を誰だと思っている」
両指の骨を鳴らし、エルの元へと歩み寄る。エルは正面にいる女性へ構え息を吸った瞬間…
音より早く、風を切る音も感じさせず、時が止まる感覚の一歩手前の体感で動き右拳をエルへ撃ち抜く。
(…そう来るよな!!)
「!ヒュー♪」
ある程度想定していた為、間一髪体を左へ避け、拳が頬をかすり血が流れ落ちる。そして撃ち抜かれた拳の衝撃で空に広がる雲を切り裂いた。エルは避けながら、その細い腕のどこからそれ程の力が出て来るのか毎回不思議に思っていた。見た目から見ても、筋肉質の体つきでは無くシウラと同じほっそりとしており出るところは出ている。全世界の女性達が憧れ目標とする体系であった。その女性らしい体から、当たれば死を感じさせるほどの鉄拳が飛んで来る。この戦いで一瞬でも思考を止めた時、自分がどうなるか、エルはわかっていた。
『(相変わらず凄いパンチ…
ここまでの威力だと笑いが出るよ)』
「フーーーッ………!!」
「甘いよ!」
撃ち抜かれた拳の風圧で、そこらにあった草木や建物は全てなった。
エルは判断を誤った。
撃ち抜かれた拳を打ち終わるまで見てしまった。その後に来る攻撃の対処が遅れ、息を吐き攻撃に転じようとした時、顳顬に向かって左脚が一直線に向かって来た。一瞬の間に意識が拳へ注がれたところを狙われ、死角となっていた左側へ蹴りが入り、脳が揺れて方向感覚がおかしくなり視界がぼやける。
「ッ………!」
「気にし過ぎちゃったね〜
私の右手を警戒しすぎて、次の一手を読み損なった
普通の人なら気にならないレベルだけど、忘れちゃったかな?
自分の目の前にいるのは誰? その行動は私には致命的ミスだ
攻撃の軌道を読むだけで私に勝てるならとっくにこの称号は私の手から離れている」
(……クソッ…視界が!)
「今の状態じゃあ視界が遮られて相手の動きがよく見えないでしょ?……ならどうする?
〈空間認識〉?〈感知〉?〈索敵〉を駆使する?
No、No、答えなんてないだって手遅れだから、あったとしても私には通用しない
それはエル……あなたが一番よく知ってるでしょ?
フフッじゃあ望み通り次の一手は右手にするよ」
(クッッッッソが!!)
地面に倒れる直前で踏みとどまったものの、次の攻撃までの時間を与えてしまっていた。
蹴りを放った脚を戻し、右脚を下げると右拳に力を溜める。
そして右脚を前に踏み込み、エルの体へ拳を撃ち抜いた瞬間だった。
「なぁぁめるな!!」
「!!」
拳がエルの体へ撃ち抜かれようとした時、エルは拳を真正面から受け止める。そして拳の風圧で地面から土煙が舞い上がる。女性は打撃を受け止められたことに驚き、一瞬動きが止まった。そしてエルに目を向けると、エルは首の関節を鳴らし、手で口から流れる血を拭い、血が混じった痰を吐く。この予想外の展開に女性はエルに満面の笑みを浮かべ上唇を舐める。
「良い!!ゾクゾクする♡」
「変態が」
女性の変なスイッチが入ってしまった瞬間だった。
(さて…怪物討伐だ)




