第23話 勇者誕生
エル、シウラ、結局両者2日間眠ったまま領地へと到着した。ミカルが起こすまで一回も起きず、呑気に眠っている間に気づけば勇者誕生の儀式当日になっていた。
「2人ともそろそろ起きなさい!」
「んー……直前になったら起こして」
「もう直前よ!!!」
「あっそうなの?随分と早いな」
儀式直前まで眠り続け、体力も魔力も全快し、眼を覚ます。シウラが布団を畳み馬車を降りると、エルは体を起こし背筋を伸ばした。馬車を降りると領地内の街の人々が祭りみたいに賑やかにしており、教会の方へ向かっていく。馬車は教会のすぐ近くに止まり、王妃、第一王女、ミカルと神屋センは教会の中へと入って行く。
「シウラ、変装しておけ」
「はい」
顔を隠さずに街の中を歩けば、当然街の人々の視線がシウラに集中する。これ程美しいエルフは他を探してもいるわけがないからである。だから顔を隠したり変装したりしている。故に人間の変装をしたくなくともしなければならなかった。人間に変装してもその美しさは変わることはなく、変装と言っても髪と目の色と耳を変化させているだけであった。そして変装しているシウラと外で儀式が始まるまで食べ歩きをしながら時間を潰しているうちに、街の人々が教会の鐘の塔を見上げ勇者の誕生を待ちわびていると鐘が鳴り、勇者誕生の式が行われようとしていた。エルも塔を見上げ勇者が出てくるのを待つ。そして塔に教皇が現れ、街の人々は歓喜の渦で騒がしいくらいに叫び出すとそこに王妃、第一王女、ミカル、神屋センの姿はない。
「只今から、勇者の誕生の儀を行います
その前に勇者は世界を害する魔王を倒し、平和な世界を取り戻さなければなりません!!」
(……何言ってんだ
魔王が世界を守ってんじゃねぇか
教皇があれじゃあ、説得に失敗したか?)
『何言っても無駄だったようだね〜』
「勇敢な勇者が私達のため、世界の為に魔王を……」
「そういえば、今の魔王って誰だっけ?」
「えっと…
[吸血鬼王]カールベルテ
[妖魔]ミナツキ
[死霊]バルサ
[人魔]アラシ
[闇森人]ケミュ
[大魔王]ジウ
の6名ですね」
「六天……変わってないな」
「そしてこの全6名が魔王と言われていますが、実はもう1人影で魔王ではないかと言われている者がいます」
「ヨミか…」
「はい、ヨミです
しかし彼は、私と同じ種族の王ですから魔王とはなりませんから、ヨミに至っては正直、魔王と種族の王のどっちに入るのかわかりません」
全6名の魔王のうち1人でも倒してしまえば、ゼロの世界と繋がり魔王以上の脅威が世界を襲う事を教皇や街の人々は知らない。何も知らないから、自ら過酷な道を歩いて行ってることに気づいていない。エルはこの街にいる全ての人に呆れていた。そして勇者が鐘の塔に姿を現した。街の人々は勇者が現れると、煩いくらいに叫び領地は歓喜に満ちていた。勇者の後ろには、賢者、僧侶、戦士の3人が控えていた。すると勇者が街の人々へと演説を始める。
「皆さま!私が[勇者]エルド・アレクセイです。
私はこの仲間たちと共に世界に恐怖を与える魔王を討伐しに行きます!!
平和な世界を取り戻す事をここに約束します!!」
この勇者の演説に、エルは開いた口が塞がらない。この勇者が本気で魔王を倒せると思っているのか、疑問を投げつけたいくらいだった。だが街の人々は勇者へ歓声を浴びせるばかりで何とも思っていないようだった。これには思わず苦笑いをする。シウラは勇者に対し、虫でも見るかのような視線を向けていた。
「これはあれだな……見るからに大丈夫だな
アイツに魔王を倒せるとは思えん
帰るか…」
『気持ち悪い…』
「そうですね…余計な心配でしたね」
一目見てこの勇者が、魔王を倒せるとは思えなかった。魔王を倒すという目的よりも、勇者である立場を利用するだけの者に見えた。実際に自分自身の目で勇者を見て、ゼロの世界の結界が破壊される心配はないと判断してこの場を去ろうとした。
「待て!ちょっとそこにいるお嬢さん!」
「?」
「君も俺と一緒に魔王を倒しに行かないか?」
立ち去ろうとした時、塔の上から勇者がシウラに向かって魔王討伐へ誘っていた。この時勇者は決してシウラの実力を見抜いたわけではない、完全に外見で判断をしてシウラのその美しさに惚れ勇者は勧誘した。この誘いにシウラは当然、害虫を見る時と同じ目を勇者に向けていた。
「いいえ、結構です」
「何でだ?魔王を倒すという事は素晴らしい名誉だぞ?」
「はぁ? ……失礼しました
はしたなかったですね」
「君も名誉が欲しいだろ?なら俺と一緒に……
そうか…わかった
そこにいる男に何か弱みを握られているんだな?」
「は?」
『面倒くさい事になりそう…』
勇者からの理不尽で無知な勧誘に苛立ち始めたシウラは少々言葉が崩れだし、エルの反応を気にして言葉遣いを訂正する。そして勇者の勧誘は続き、断られ続けられ勇者は矛先をエルへと向ける。
「おいお前!その子のどんな弱みを握ったか知らないが!
勇者である俺がお前を倒して救ってやる!!」
「ほぉ……
シウラ、止めるなよ?
勇者様は俺をご指名のようだからな」
「……主の命に従います」
勇者は踏んではいけない虎の尾を踏んだ。
「相手をしてやるよ、自称勇者
二度と外に出られないくらいに恐怖を植え付けてやるよ」
『私の力は?』
「いらん」
『ちぇ…』
勇者は距離があるせいか、エルの表情が見えていないため尊大な態度をとり挑発しているように見え、シウラは今の状態のエルの前にいるのが自分だったらと考えるだけで背筋がぞっとしていた。
「フン!愚か者が!
この聖剣で打ち滅ぼしてくれる!」
勇者は聖剣を手に取り、塔から地上へと飛び降りると集まっていた街の人々はエルに罵声を浴びせながら、勇者とエルが向かい合うようにして道を開けていた。そしてエルは刀身のない剣を抜く。
「〈錬成〉」
エルは相対する勇者へ歩み寄りながら、錬成魔法で剣を作り始め、勇者はエルに向かって走り構えた聖剣をエルへ振り下ろす。金属音が鳴り響き、エルの剣は傷1つなく横に構え勇者の聖剣を受けると
(何だ、こりゃ?)
エルは微かに違和感を感じると剣で受けた聖剣を手首で返し、勇者の体勢が崩れ聖剣が地面へ着く。そこを狙い左足を軸に体を回し右足で勇者の脇腹を蹴り飛ばすと蹴り飛ばされた勇者は、街に並ぶ建物を次々と破壊しながら貫通していき領地の端にある壁の外まで飛んで行った。
「………加減を間違えたか?」
『別にいんじゃない?死んだら死んだで…』
「…………はぁ
シウラ、そっちは任せる」
「わかりました」
エルは勇者が飛んで行った方向へ歩いて行く。そしてシウラは残された、勇者のパーティーのメンバーへの対応を始めると勇者が飛ばされた光景に硬直していたが、直ぐさまシウラへと視線を向ける。
「貴方方はどうしますか?
私で良ければお相手になりますよ?」
「「「………っ…」」」
「………困りましたね
出来れば一対一でお相手をして差し上げようかと思いましたが、こちらは2人足りません」
「それなら大丈夫だ、これで数は合う」
「?」
敵意を一瞬でも向けられた以上、穏便に済ませる気はシウラには無かった。しかしシウラは残りの3人を纏めて相手にするのではなく、一対一で相手をしようとしたが人数が合わずどうしようか考えていた時だった。教会の扉が開き中から現れ、神屋センとミカルがシウラの横へ並び勇者の仲間と相対するとエルと勇者とは別の場所でもう一戦行われようとしていた。




