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第22話 休息

意識を保てず睡魔に負け、後ろに倒れたエルは夢の中で真っ暗闇の中に佇み、状況を確認していた。夢の中とはいえ意識がハッキリしているが、辺りには何もなく方向感覚がわからなくなっていた。思考だけが働き、視覚、聴覚、触覚、嗅覚はこの中では無意味と言っていいほどに感じなかった。



(あ?…何だ、ここは?)



次第に暗闇に目が慣れ始め、自分の体が無事である事を確認する。何の問題もない姿を見ると、エルは再び辺りを見渡す。そしてこの何も無い空間に驚かずにその場に座り込む。



(偶にこういうのあるよな〜

意識がハッキリしてる夢)



エルは冷静にこの場所にいる前に自分がどの様な状況にあったかを思い出し、眠気に襲われそのまま寝落ちしてしまったのだと結論を出す。だがこれはただの意識のある夢では無い。



――見〜〜つけた♡


(!!)



背後から突如聞こえてきた声に、エルは背筋が凍る。

夢の中であると頭ではわかっていても、声を聞いただけで体が震え、冷や汗が流れ落ち、自身の体温が一気に下がった。あの時が止まっている空間の中での恐怖と同じ震えであるが、この恐怖の震えはあの時とは違うものであった。これが夢だとわかっていても声を聞いただけで体が竦む、エルに恐怖心を植え付けた者の声は無意識に体が、頭が例え夢の中でも感じ取ってしまっていた。そして追い討ちをかけるように、エルの耳元で囁かれる。



――探したよ〜?

起きたら隣にいないんだもん!

イケナイ子、お仕置きが必要ね!

思いっきり抱きしめてあげる♡

私の可愛い可愛いエル…

絶対に誰にも渡さない、私の可愛い弟…


(…………)


――あっ…そうそう

あのね?私ちょ〜〜っと嫌な波長を感じたんだけどね……

これはどう考えてもあり得ないと思うんだけど



体が動かず、耳元に囁かれたこの異常な愛情のこもった言葉がエルを恐怖の底へと導く。

エルはこれ程までに、視覚と聴覚を無くしたいと思った事はなかった。夢なら早く覚めろ!と願うが、現実であるならば覚めるな!と逃げ場の無い恐怖がエルを襲っていた。そしてこの後の囁かれた言葉で、エルは飛び起きる。



――……エル?誰かに結婚を申し込まれた?


「うぁぁあ!!!」

「きゃあ!?」

「ハァ…ハァ…ハァ…」

「エル様?」

『……どうしたの?』

「ハァ…ハァ……夢?」

『随分と魘されてたよ?

一体何の夢見たの?』

「………一番夢に出て来てほしくない奴の夢」

『…それは悪夢だね』



エルが悪夢から目を覚ますと幌馬車の中いた。周りには荷物が置かれており、その真ん中に布団が敷かれエルはそこで寝ていた。



「……ここは?」

「ここは教会のある領地へ向かう馬車の中です

実は第二王女が眠ってしまったエル様を見て、早朝に彼女らも出発するそうなのでよかったら幌馬車で良ければ、エル様をそこで寝かせても良いと…」

「……そうか」

『シウラが布団を整えて寝かしてる姿を見てると、エル介護されてる人みたいだったよ?

クソ笑えた!!』

「………」



アリスの女神らしからぬ言動に、エルは呆れ溜息をつく。そんなアリスを無視してエルはシウラから様々な説明を聞く。この幌馬車は領地へ荷物を運ぶための馬車であり、一番後ろに位置しており王妃や第一王女、ミカルの乗る馬車を先頭に領地へ向かっていた。エルは馬車に揺られ目を擦りながら外を見る。魔力感知の波長を広げ、索敵スキルを駆使し、辺りの地表、地形の調査を行う。計5台の馬車に当たる風を感知し速度を計算した。



「だいたい速度は24キロ程度……走った方が早くないか?」

「そうですね…

ですが、このまま行きましょう」

「え?」

「時間はかかりますが、目的地は同じです。

エル様はこのまま体を休めてください」

「いや…もう全快しているけど」

「いえ、いつ襲われてもおかしくない状況の中で倒れられたのです!

大丈夫なはずがありません!

お休みください!!」

「…………」



馬車の速度を測り、走った方が領地へ早く着くと判断したエルは馬車から降りようとしたが、横で正座をしていたシウラがエルの判断を否定する。エルの体調を気遣い、体を休めることに専念させようとしていた。王城で気が途切れ、糸が切れた人形のように倒れ眠ったエルを見ての判断である。王国からすれば得体の知れない、況してや実在しないと言われていたゼロの世界から来た者を信用するわけがない。いつ敵意を向けられ攻撃されてもおかしくはなかった状況で、エルは少しの油断から気が途切れ眠りについた。シウラは絶対にすることの無い動作に困惑し、エルが油断して眠る事など考えられなかった。今必要なのは休息だと判断した上での走って領地へ向かう事を全否定した。このシウラの考えにエルは反論できなかった。



(仕方がないか…

俺もまさか気が緩むとは思はなかった。

あの時に同じ事をやってたら半殺しだったからな)

『3日間も一睡もしていないんだし、気が緩んだ瞬間寝落ちするのも無理はないんじゃない?』

(色々あったしな…)

『それに…』

(ん?)

『休みが必要なのはシウラちゃんも一緒だよ』



気づけば正座の体勢のままシウラはエルの横で寝ていた。エルと共に行動していたシウラは、戦争が起こる前、周辺を調査しているうちにエルが連行され、エルを探し、王国した後に神屋センへ魔法を放ち、王女との決闘、エルフの救出、そして眠ったエルを馬車まで運ぶ、疲れが溜まっていないわけがないのだ。正座の状態で寝ているシウラを、自分が寝ていた布団に寝かせエルは一息つく。



(……今回ばかりはしょうがないか)



日々常に何かしらと戦っていた。人であり、魔物であり、常に気を張っていたため休むという考えがなかった。一日をゆっくりと過ごす日が一度も無く、エルにとってこれは初めての経験とも言えた。穏やかな風が吹き、目を閉じて自然を感じる。静かに寝息を立て、警戒心が無く、穏やかな空気が馬車を包み込んでいるような空間の中でシウラは寝ていた。エルが傍にいる事で安心して寝ているシウラの寝顔を見て、偶にはこういう日も良いなと思うエルであった。

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