二日目 開幕のファンファーレ
俺たちが待ってから数分後、奈良坂さんが行きと同じように走って戻ってきた。
「こちらが顧問の福山桜先生よ…ってあれっ? 先生は?」
「ハァ…ハァ… ちょっと待ってください」
肝心の先生は、奈良坂さんの走りについていけず、遅れているようだ。
「ふぅ、私が顧問の福山です。それで、入部する人は、君たち三人であってるかしら?」
「そうよ」 聞かれていない奈良坂さんが、俺たちよりも先に答えた。
「えっと、これが入部届けで、ここに名前を書いて、担任の先生の印鑑をもらって私のところに持ってきたら、入部完了です。 何か質問はありますか?」
俺たち三人は顔を合わせて、首を横に振り、入部届けを受け取った。
「野依、早速名前を書いて、先生のところに持っていこうぜ。まだ先生は職員室にいるはずだし」
「なんだか、いよいよって感じだね〜」
二人は楽しそうな表情をしている。 印鑑をもらって、顧問のところに持って行って入部完了と言っていたが、奈良坂さんは、もう俺たちが入部したかのように、喜びに満ち溢れた表情をしている。
そして、俺たちはそれぞれの担任から印鑑をもらい、福山先生のところへ持って行って、正式に、化学部に入部した。その後、三人はまた第一実験室に戻ってきた。
「さて、早速化学部としての活動を…と言いたいとこだけれど、入部していきなり実験っていうのもあれだし、今日はみんなで自己紹介大会にしようと思うの」
「自己紹介? それならさっきやったと思うんですけど。」
「いやいや、こういうのは、名前以外のことについての自己紹介ってことだろ」
「なるほど、それじゃあ私からね。 私は一年二組の宮浦七海、誕生日は八月一日、化学のことについてはそんなに詳しくないけど、頑張りまーす」
宮浦がさっそく一番目の自己紹介を終えた。何というか、見た目通りの明るさと積極性だ。
「じゃあ俺も、四組の根岸一です。よく野球とかサッカーを見ています。よろしくお願いします」
根岸もサクッと終わらせた。本当は二番目に話したかったが、思ったより早くて、タイミングを逃してしまった。
「えーっと、同じ四組の野依治良です。化学は、父が結構好きだったらしくて、それでちょっとだけなら知ってるかもしれません。 よろしくお願いします」
三人とも自己紹介を済ませ、今度は先輩たちの番だ。 奈良坂さんは、一体どんな自己紹介をするのだろうか。俺はそれが一番気になった。
「私は二年三組の奈良坂理香。東雀中学出身よ。これからもいろいろな実験をしていくから、よろしくね」
(あれっ、東雀中学って、俺と同じ中学なのか。こんな変わった人いたっけ?)
「じゃあ最後は俺な、三年五組の鈴木章、前も言ったが、この部の部長だ。あと一年だけだが、よろしく」
こうして、全員の自己紹介が終わり、残りの時間は、いろいろ話をして過ごした。
「それにしても、なんだかものすごい名前が集まったわね。 野依に根岸に宮浦なんて」
「え? それって何か関係があるんですか?」
「当然よ宮浦さん。何せこの三人の苗字は、全員有名な化学者の名前なんだから!! 特に野依先生と根岸先生はノーベル賞もとったくらいなんだから。まぁそれを言うと、鈴木部長の鈴木って苗字も、鈴木先生と同じだけれど」
「へぇ〜 なんかすごいね、私たち、まるでここに来たのが運命みたいじゃん。不思議なこともあるんだね」
「確かに、皆そんなにいそうにない苗字だし、何かの偶然みたい」
(昔父さんに、「俺たちの苗字はすごいんだ〜」、みたいなこと言われたけど、このことだったのかな)
そんな昔話も思い出したところで、チャイムが鳴った。気が付いたら、もう部活動の終了時間だった。
「それじゃあ明日からは、私も普通に活動していくから、みんなも何かやりたいことがあったら、ここに来てみてね」
「俺たちも早く帰ろうぜ、野依」
「あぁ、分かった」
「二人とも、じゃあね〜」
奈良坂さんの後に続いて、皆も帰っていった。普通に活動していくとは、どういうことなのか、少し気になったが…
翌日はあいにくの雨、いつもよりも、教室が暗く感じてしまう。
「なぁ野依、お前は部活何入った?」
「俺は化学部 藤田は?」
「俺は野球。 化学か〜、俺化学あんまし得意じゃないんだよな〜 それで、どんな感じだったんだ? 野球部は何か結構厳しいなんて言ってるから、ちょっと怖いんだよ」
「ん〜…強いて言えば、ちょっと変? でも特に厳しいとかそんなんはないぞ。むしろ緩い気がする」
「やっぱそんな感じなのか、ま、お互い部活も決まったとこだし、一緒に頑張ってこうな!」
藤田は同じ四組のクラスメイト。俺と同じ(奈良坂さんとも同じ)東雀中学校の出身で、前からよく知っていた。そのため、ほかの友達よりも一緒にしゃべることが多い。
「そういえば、お前、二年の奈良坂さんって知らない? 俺たちと同じ中学出身らしいんだけど」
「奈良坂? あんまり上の学年のことは知らないけど、そんな珍しい苗字の人はいなかったと思うぞ。その人って、この高校にいるのか?」
「あぁ、つーか、俺と同じ化学部なんだよ」
「へぇ〜、偶然ってあるもんなんだな、東雀から西燕に行く人って、あんまいないみたいだし」
「だろ?」
「あっ、次のチャイム鳴りそう。次って確か現代文だったよな。やべっ、宿題もうちょっとと残ってたの忘れてた」
いや藤田、次は古典だぞ…
授業が終わり、荷物や授業道具を整理して、階段を下り、第一実験室に向かう。もちろん、根岸も一緒だ。宮浦はまだ見てないがもう来ているか、いずれ来るだろう。
「奈良坂先輩、もう何か実験してるのかなー」
「いや、さすがにそんな短い間に実験することなんてないでしょ。 まぁ化学の本なんか読んでるんじゃないか」
「というか、奈良坂さんがやる実験って、どんなんだろうな、もしかして、無茶苦茶に爆発したり、変な色した液体振ってたりしないだろうな」
「まさか、でも奈良坂さんなら、やりかねないだろうな。あの人は終始ぶっ飛んでるからな」
「ホント、何もしてなきゃ綺麗だけどっていうよくあるパターンだよな…」
「よくあるか?そんなこと」
「最近結構いるじゃん、イケメンだけど、何かのオタクでそれに関わると変になる人とか」
「そんなの大体テレビに出てる人が売れたくて仕方なくしてるだけだろ。本当にそんな人は、滅多にいないって」
「そんなもんか…」
第一実験室までの道のりを何でもないような会話で歩いていく。するとそこへ、宮浦もやってきた。
「やぁやぁ君たち、何の話をしてたのかな?」
「おぉ宮浦か、びっくりした」
「そんな大した話はしてないよ」
「な〜んだ、それじゃあ早くいこっ 奈良坂さんもきっと待ってるよ」
三人が実験室のすぐ手前まで来たその時、
『ボンっ!!!』
突然、大きな音が鳴り響いた。
「えっ?! 何今の?」
「まさか、奈良坂さんが本当に爆発実験をしたんじゃ」
「早くいってみよう!」
三人は急いで実験室を開けた。




