いじめる彼女
唐突に左頬を彼女のAにビンタされた。ヒリヒリと焼けるような痛みがする。俺は左手で頬を押さえる。熱を持っている。
「栄一、あんたどういうつもり?」
Aが眉をつり上げて、怒り心頭で尋ねる。
「それは、こっちの台詞だ」
「へえ、栄一の分際で私に刃向かうんだ」
Aが手を振りかぶる。俺は防ごうとしたが、時すでに遅しだ。再度同じところをビンタされた。痛い。痛すぎる。頬が腫れていくのが感じられる。俺はこれ以上Aを怒らさないように平謝りをした。理不尽だが、仕方ない。
「そそ、栄一は私にペコペコしとけばいいの。つーか聞いてよ」
そう言って話し出した愚痴は、友人に対することだった。しばらく、聞いていたが、俺関係なくない? 聞いてみる。
「え、当たり前でしょ。あんたをぶったのは単なるストレス解消よ」
当たり前のことを尋ねるなんてどうかしてる、と言いたげな白い目を向けられる。俺が悪いのかよ。
別の日に、Aにパシリをさせられそうだ。
「私のお昼を買ってきなさい。クリームパンとクロワッサンとココアよ。もちろん、あんたのお金」
上からの物言いで彼女が命じる。色々と苦情を言いたいが1つだけ。
「せめてお金くらい自腹にしろよ」
俺の控えめな抗議はAの、あ? の一言で潰された。これ以上言ったら、何されるか分からないから、大人しく従おう。
注文通りの品を買ってきた俺は、腕を組んでふんぞり反っている彼女に渡す。彼女は礼も言わずに乱暴に取る。そして、物をチェックする。しかし、Aは怒りの形相で罵る。
「あんた、何なの? 無能なの?」
「え?」
「え? じゃねーよ! 私は、クリームパンとクロワッサンとココアを買ってこい、って言ったの! なんで、こんな物を買ってきたの?」
彼女が見せてきた俺の金で買ったものをよく確認する。クリームパン、クロワッサン、ココア。うん、間違ってない。
「とりあえず、アホのあんたには、しょうがないから私が教えてやるわ」
Aはそういって、手を振りかぶる。俺は今度こそガードする。だが、フェイントだったようで彼女は何もしてこなかった。安心して腕を下ろすと、彼女は振りかぶってビンタしてきた。痛い。それから、思いきりグーで俺の腹を殴ってくる。一瞬呼吸が止まり、すぐにお腹に激痛が走る。俺は腹を押さえて、前屈みになった。最後のトドメとしてAのローキックが俺のすねに決まる。地味に痛い。多分、青あざになっているだろうな。
「うん、OK、これで低能の栄一にも分かったかな」
うんうんと満足そうに頷く彼女。品物は間違ってないのに納得いかねー。
翌日、俺はAに呼び出された。大学の卒業に必要な単位は全部取ったが、就活はまだ終わってないから、あまりホイホイ呼ばないで欲しいんだけれども。
「栄一、私の頭を撫でなさい」
真顔でAは言った。俺は何故いきなりそんなことを言い出したのか理解できない。
「あんたの脳ミソはどうなってんの? 私の頭を撫でろって言ってんの、分かる?」
よく分からないが、本気のようだ。でも、女性の頭を撫でるのって大丈夫なのか? Aは目が急かしまくっているので、仕方なしに頭を撫でた。サラサラで良い手触りだ。
「おい、何やってる」
低い声で言うAに、俺は嫌な予感がして、恐る恐る彼女の顔を見る。次の瞬間、彼女の往復ビンタが俺の頬に炸裂した。3往復されて、俺の頬は赤く腫れて、ヒリヒリと痛んだ。
「髪が乱れるだろうが!」
彼女が理不尽の怒声を発しながら、俺の腹に膝を入れた。一瞬呼吸がつまり、あまりの痛みに腹を押さえてうずくまる。さらに、Aは握り拳を思いきり俺の頭に振り下ろす。拳骨というやつだ。頭が割れるような痛みで、ジンジンする。これはたんこぶができてしまうだろう。
「髪は無闇に触らないでね。じゃないと、またお仕置きだから」
なら、最初から触らせるなよ。
別の日。Aにつけられたたんこぶが治ったくらいの時に、会わせたい子がいるから来い、とAに指示された俺は指定の場所に向かう。そこには、見慣れたAの姿と見覚えない女性の姿があった。俺が速足で行くと、二人がこちらに気付く。
「ちゃんと、来たわね。まあ、あんたに拒否権はないけど」
Aの第一声がこれだった。いつものことだから、なんともない。俺はAではない女性に視線を向ける。Aとは若干雰囲気が違うが、大人しそうなタイプでもない。
「あんたがいかがわしい目で見てるのが、友達のBよ」
そんな目で見てねえ。この人はBさんという人なのは分かった。
「えーと、Bさん、俺は栄一と言います。よろしくお願いします」
俺は頭を下げてから、握手を求める。しかし、彼女は黙って俺を見ている。侮蔑の眼差しだ。
「ねえ、A。こいついきなり何言ってんの?」
「ごめんね、B。こいつは脳味噌がアレだから、こんなことするんだ」
Bさんは初対面の人間に対する言い方ではなかった。そして、Aもフォローになっていない。なんか間違っていたのか? つーか、Bさん、いや、BはAの友達だけあって、人間性が悪すぎる。
「あ、そうそう、栄一。あんたを呼んだのは他に理由があるからなんだよ」
Aはそういって俺の耳をむちゃ強く引っ張った。そして、俺の首を力強くひっかく。紙で切れたような感覚して、すぐに痛みを感じ出した。血は垂れてなかったのが、救いだ。Bが俺にビンタをしてきた。スナップが効いていて、すごく痛い。さらに、同じ場所を拳で殴ってきたから、痛みが重なる。俺が頬をそっと触ってみると、やばいレベルに熱がこもっていて、じんじん、ヒリヒリして腫れている。呼んだ理由が分からない。
「理由が分からないって顔してるね。だから、あんたはそんな奴なのよ」
俺の思考を読みとったかのように、Aが言う。
「もう1つの理由なんかないわよ。私たち二人があんたをいたぶれば、それでいいの」
そうなのか。
別の日に俺はAとBに監禁された。俺をいじめる以外に訳はないのだろう。何もないと退屈だ、と言ったら、勉強できる物だけ中に入れてあげる、と良心的な答えが返ってきたので、安心した。まあ、閉じ込めている時点で良心的もなにもないが。
参考書を読んで、一区切りついたところで、Aが鍵を開けて入ってきた。
「うん、叩きがいがあるわ」
彼女がにこやかに頷くと、いきなり俺の頬に平手打ちをかましてきた。叩いた音が室内に響いた後、頬が熱くなる。さらに、手の甲で反対の頬を叩く。それを長時間繰り返してきた。いわゆる往復ビンタである。頭が左右に揺れる。
往復ビンタを彼女が止める。もう、痛すぎて頬に感覚がない。頬に触れてみると、熱さがあり、あり得ないほど膨張している。
「やっぱ栄一を叩くのは良いわね。ストレス解消になるし、栄一を痛めつけられるし。これ以上の幸せはないわね」
Aの残酷な喜びを表明した。
頬の痛みと熱さがマシになってきた時に、Bが入ってきた。
「その腫れ具合だと、Aに相当やられたみたいね」
彼女が俺を観察して、そう予想する。当たっている。
「でも、私は手加減しないから」
そのように宣言した後、Bはいきなり俺の腹を蹴ってきた。腹を押さえる俺を尻目にBは更に蹴りを体に入れてくる。横っ腹、背中、脚、腕等あらゆるところを蹴りまくった。全身が痛い。痛すぎる。きっとアザだらけになっているに違いない。
「ふう、やっぱあんたをいじめるの最高。紹介したAに感謝だね」
翌日。頬の腫れが完全に引かず、体もやはりアザだらけだ。Aが水の入った洗面器を持ってきた。結構大きいやつだ。彼女が床に置くと、信じられない命令を出してきた。バケツの中に1分間顔を突っ込め、だった。できなければ、おしおきをするとのこと。無理だ。しかし、逆らうと余計にひどい目にあわされるのは目に見えている。
だから、俺はこわごわと顔を突っ込む。数秒くらいは全然平気だったけれども、10数秒で苦しくなって、20数秒で限界をむかえ、顔を上げる。空気がおいしい。
「根性なしね。約束通りヘタレなあんたには、おしおきよ」
必死で呼吸をする俺の頭に拳骨を降り下ろす。激痛で頭を押さえる俺に、数えきれない回数の蹴りを食らわせる。意識がなくなりそうだ。痛い。