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グリモワールの欠片  作者: IDEI
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07 魔道書の中の悪魔

2020/12/30 改稿

 まず始めにギルドへと向かった。


 ほぼ朝一という時間なのに人が多い。朝一に良い依頼を取る冒険者が多い、と言う話しを聞いた事があるからそれでなのかな? でも、ここのギルドは、依頼内容を確認して、ギルドとして受ける事が決まった時点で張り出すから、朝一とか関係ないんだよなぁ。


 エントランスを進んで、受付のカウンターに近づくと冒険者との対応に追われているお姉さんたちが居た。その中に、フワフワ系のお姉さんも居る。


 そのお姉さんが、丁度俺を見つけた。そして、目で語るというのが判るほど、目が「こっち来い」と言っていた。お姉さんも移動して、新規受付のカウンターの横にまで来ていたので、そこへと目指す。


 「おはようございます なんか、今日は騒がしいですね」


 お姉さんの目は、「どうしてこっちに来たの? 来るなら裏からでしょう?」と言っていたが、話しの流れをこの騒がしさの方へと誘導した。


 「ここから西に二日ほどの所にあるアルコルの村が全滅したっていう話しが飛び込んできたの」


 「あっ、やべ」


 熱いヤカンを意図せずに触った瞬間、熱さを感じる前に手が引っ込む事があるよな? 脊髄反射ってやつだよ。そうなんだ。頭で考えるよりも早く反応しちゃう現象だよ。止めようと思っても、止まらない現象なんだよ。


 俺が心の中で、そう言い訳をしていると言うのに、お姉さんは俺の腕をがっしりと掴んでギルマスの部屋へと引きずって行った。


 「俺は無実だー!」


 とか、言ってみたが、お姉さんは乗ってくれなかった。無言は怖いからやめてぇー。


 「で?」


 ギルマスまで怖いよぉ。膝の上に肘を乗せて、口の前で両手を組んでいる。そのうち、「問題ない。ひげ剃りスッキリも想定内だ」とか言いそうで怖いよぉー。


 もう、気分は取調室。まずはカツ丼ください。


 「で?」


 遂にギルマスの圧力に耐えられなくなった。


 「すんませんでしたー!」


 「で?」


 「えっと、つまり、まず、西に歩いて二日ほどの所にある集落が、完膚無きまでに燃やし尽くされているのは、えっと、五日前に知っていました」


 「ほう、どんな状態だったかね?」


 「それは、もう、燃えると思われるモノが一切合切燃え尽きている状態でした」


 「ふむ。報告通りか。それを見つけたのは五日前だと言う事だが、燃やされてからどのくらい経っているように見えたかね?」


 「えっと、まだ火は見えていたし、煙も上がってましたけど」


 「もしや、その惨状の犯人を見たかね?」


 「ええ、えっと、このギルドの建物と同じぐらいの、デカイ、赤いドラゴンでした」


 バタン


 隣で立ったまま聞いていたお姉さんがその場に座り込んでしまった。ギルマスも、顔を伏せている。


 しばらく無言の時間が過ぎた。


 「えっと、ギルマス?」


 「ああ、すまない。そうか、赤竜が来たのか……」


 「ヤバイんですか?」


 「まず、討伐隊を出さねばならないが、もし失敗すれば、怒った赤竜によって、この町も消え去るだろう。このギルドの伝を使って、集められるだけの冒険者を集めても、勝てる見込みは三割に届くかどうか。

 まずは、国王陛下に報告を申し上げなければな」


 なんか、凄い状態? その先を報告しなければならない俺の立場を組んでよぉ。


 「あの、その、すんませんでしたー!」


 「なに、君が謝る事じゃない。これは、ある意味、運命みたいなモノだよ」


 「いえ、そうじゃなくて、その、赤いドラゴンなんですけど」


 「うん?」


 「倒しちゃいました」


 テヘ、ペロ、とは、さすがに出来なかったよ。


 「…………」


 再びの沈黙。ああ、今度こそ空気が重い。


 さすがに今回の沈黙は長かった。相手の目の前で手の平をプラプラってしたくなっちゃった程だから。


 「あ、ああ、すまない。もう一度言ってくれるかな?」


 「えっと、ギルドの建物と同じぐらい大きさの赤いドラゴンを、五日ほど前に倒しちゃいました」


 そして、俺はアイテムボックスから、俺の頭と同じぐらいの真っ赤な魔石を取りだして、目の前のテーブルに置いた。大玉のスイカサイズだね。


 「し、信じられんが、どうやら真実らしいな」


 「これは、その赤竜? の腹の中に入っていた魔石です」


 と言って、握り拳より少しだけ小さい魔石を五個、アイテムボックスから取り出して置いた。


 「うーむ。その、赤竜自体はどうした?」


 「かなり無理しましたが、アイテムボックスに入れてあります。ここで取り出すと、ギルドの建物が完全崩壊するんで、出すんなら町の外へ行かないとなりませんけどね」


 「そうか、一度確認したい。一緒に来て貰ってもいいだろうか?」


 「あ、それなら、町の外に転移のマーカーを打って有りますんで、もし良ければ、ここにもマーカーを打てば、ここにも転移で戻ってこられますよ」


 「て、転移?」


 「あっ」


 「………、ふぅ」


 えっと、諦めたようなため息は怖いんで、やめていただけないでしょうか?


 「それで、転移とはどのように行うモノなのかね?」


 「えっと、まずはマーカーを打って、そのマーカーのある位置に移動する、という魔法です」


 「マーカーとは、何処にでも打てるモノなのかな?」


 「判りません。まだ、拒絶された事はありませんが、もしかしたら、何処かに、そういった場所があるかも知れません。ダンジョンの奥などは、その可能性があるのではないかと考えています」


 「なるほど。で、そのマーカーは消せるのかな? わたし以外がギルドマスターの部屋に簡単に入れるという状況は、立場上マズイからね」


 「あ、そうですね。帰ってきたら、消しておきましょう。じゃあ、町の外へと行きますか?」


 「ふむ。出来れば時間を掛けられないしな。すぐに出発しよう」


 そして、俺の転移であっさりと町の外へと到着。二名様ご案内。


 「こ、これは凄いな。これが使えれば、ダンジョンの攻略もかなり捗りそうだ」


 「でも、さすがにこれは、魔導書使いじゃ無ければ使えない魔法ですからねぇ。魔導書使いに頑張って貰うしかないですね」


 「ギルドでも、魔導書使いは多く居るのだが、この魔法を使えるという者は聞いた事がないのだよ」


 「え? まさか」


 「そのまさか、だよ」


 「えっと、その、俺はこれから学院に行く予定ですから、ちょっと相談してみます」


 「魔導書使いの元締め的な組織だからな。よろしく鍛えてやってくれ」


 「それについても、ギルドに帰ったら話しがあるんですけどね」


 そう言って、俺はギルマスとお姉さんの居ない方向に向かって、アイテムボックスから赤竜の体を出した。


 一気に、学校並みの巨体が現れる、ってのは、かなり壮観なモノだよ。地響きや砂煙も凄い。


 「こ、こ、これが、赤竜」


 ギルマスたちが見上げている。それから、赤竜の顔をじっくり眺め、背中側に向かって行き、その鱗を触ったりしている。いくつかの鱗は剥がれそうだ。


 「この赤竜の体は、使いたい魔法があるので売りませんが、鱗の十枚ぐらいは上げますよ?」


 「そ、そうか!」


 以前スーパーで、袋に入れ放題、一袋百九十八円、とかいう特売のコーナーが有ったのを思いだした。赤竜の鱗は、一枚が畳一畳か、それより、やや小さいぐらいの物ばかりだ。それを、必死になって抱えている姿は、バーゲンのおばちゃんを彷彿とさせた。


 「あの、ギルマス?」


 「な、な、な、なにかな?」


 「アイテムボックスに入れてみては?」


 「はっ!」


 顔を赤くして、赤竜の鱗を亜空間内に消して言っている姿が可愛かった。結局ギルマスと受付のお姉さんとで二十枚の鱗が取られたけど、傍目からは代わり映えしなかった。うん、それぐらい大きい。


 鱗の剥ぎ取りが終わったので俺もドラゴンをアイテムボックスに入れる。消す時も、かなりの衝撃が巻き起こっていた。


 「では、戻りましょう」


 「うむ。そうだね」


 ギルマスの部屋のマーカーを消して、何事もなかった様にソファに座った。ギルマスも、お姉さんも、まるで何も無かった様に。


 「えーっと、結局、赤竜の事はどうします?」


 「あの村を焼き尽くしたのは赤竜であった、というのは、この鱗から間違いないと発表しよう。されど、赤竜は北の方へと飛び立ち、五日経った今も戻ってくる様子がない、と発表しようと思う」


 「完全に不安が払拭された、とは、発表しないんですね?」


 「うむ。陛下にも鱗の一枚を献上して、赤竜対策に予算を割いて貰うつもりだ」


 「あ~、予算のためですか」


 「うむ。予算のためなのだよ。さて、魔導書に関して何か話しがあったそうだが?」


 話題チェンジだね。ギルマスの中では安全に予算確保のシナリオが進行中かぁ。


 「えっと、学院では生活魔法の魔導書作りを始めた所です。実際に魔石を使って誰もが使える本を作りました。そこで、俺が作った本を、これからの手本にしていいかと言われたんです」


 「君は本当に優秀なんだねぇ」


 「優秀なのは俺の師匠だと思いますけどね」


 「是非一度、お会いしたいものだ」


 「百年単位の仕事が入ったらしく、俺でも会えませんけどね。おかげで、学院で学ばなくてはならなくなりました」


 「なるほど。そういう事情があったわけか」


 「ええ、で、俺が作った魔導書に、俺自身が足りない物があると思って、作り直して持っていくという事になったんです」


 「足りない? せいぜい、火や水を出すだけのものだろう?」


 「俺が足りないと思ったのは治療魔法です」


 「生活魔法の魔導書に、治療魔法は無理だろう?」


 「結果的には無理でした。でも、別口にする事で生活魔法の魔導書よりも安く仕上げる目途がたちました」


 「なんと。はっ、それなら、頼みたい事があるのだが?」


 「判ります。俺も魔導書使いなんで、治療魔法の魔導書は学院の方から出して貰います。結果的には一番安く、一般の人たちに浸透出来ると思うんで。でも、ギルドの冒険者に便利な物は、ギルドで、とも思っています」


 そこで、灯りや聞き耳などの魔法が収められた魔導書を取り出した。


 その魔導書を受け取ったギルマスは、おもむろに中の魔法を使い始めた。


 「これほど明るくなる灯りか。これだけの魔力でこれなら、かなり安全性を確保出来るな。聞き耳とは周りの音が大きく聞こえるのか。かなりうるさいが、これは、ダンジョン内で休憩する時に使う魔法だな。望遠鏡? おお、遠くの物がはっきり見えるな。なかなか素晴らしい。眠気覚まし? これは、普段のギルド職員にも使えそうだ」


 「ギルマス?」


 ギルドの職員であるお姉さんが嫌な目で見ているよ?


 「そして最期は太陽の位置を知る魔法か。ダンジョンの中で、今が何時頃か、というのは、実は重要な情報だからな。うむ。全て便利で素晴らしい」


 「この魔導書は、ギルドの方で作って広めて欲しい物です。学院では、直接的にはよく売れる物じゃ無いとと思うんで」


 「なるほど。納得だ」


 「それで、これが学院に渡す生活魔法と治療魔法の魔導書です」


 二冊ずつ作ってある物の一冊ずつを取り出して見せた。


 「ふむ。ピュアウォーター? 生活魔法で出来るのか。氷に風起こしか。風を移動させるだけでも、ダンジョンではかなり有効なのだがな。そしてこちらの本は、ヒールとキュアポイズン? マウスフリックアウトというのは初めて聞いたな。ネズミを追い払う魔法か。便利な様だが、治療魔法なのか?」


 「ネズミは色々な病原菌を運んで来ます。黒死病などは、寝ている時にネズミに囓られた人が発病する病気です」


 「なんだと!」


 「実は、下水が流れる所で生活するネズミが原因というわけなんですが、汚水溜まりにいる虫も、そう言った病気を運んできたりもします」


 「だから、ネズミ除けと虫除けか」


 「はい。そして、病気になる確率を下げて、治療魔法も普及させれば、少しはマシになるかなぁ、と」


 「はは。全く君は凄いな」


 「それと、試作品でしかないんですが、例のモノも作って来ました」


 「なに! それは一番始めに言って欲しかったな」


 そう言われながら、ギルマス専用と書いた魔導書を取り出した。ギルマスには、ひったくられた感じで取られたけどね。そこまで切望されてたとは。


 「一応、俺には使えましたけど、俺が使えても、誰でも使えるかは疑問なんですよね。そこで、試作品としてあります。もし、不具合でもありましたら言ってください、出来るだけ早く対応したいと思います」


 「ふむ。アイテムボックス作成と、拘束型契約魔法か、そして、念話? 登録した相手と念話ができるって? 凄い! 凄すぎる!」


 「あの~ギルマス?」


 「はっ! すまん、すまん。こんなに興奮したのは久しぶりだ。まったく、君には感謝してもしきれないよ」


 「とりあえず、俺は学院に行く時間が迫っているんで、これで失礼させてもらいます」


 「ふむ。君には赤竜の情報提供者として、表から堂々と出ていって貰っても構わないが?」


 「それも、なんか、後で面倒になりそうなんで、匿名の情報提供者として、裏口から出ます」


 「まったく、君には敵わないな。赤竜を倒す実力があるのに、それだからなぁ」


 「せ、赤竜は、まじで、死にそうになりましたから。もう二度とゴメンですよ」


 「はっはは。少しだけ安心したよ。君も普通の人間だと言う事だね。ならば、何か困った事があれば、わたしの出来る範囲でだが、必ず力に成ると約束しよう」


 「ありがとうございます。では、また」


 そして、授業開始時間が目の前の俺は、一心不乱に走って学院へと向かった。


 曲がり角で、パンをくわえている転校生とは衝突しなかった。


 ちぇ。


 で、俺は授業免除で、学院長室で魔導書の解説に追われた。


 なにしろ、魔石の欠片を使った治療魔法の魔導書が、かなりのインパクトを与えたようだ。なんでも、王宮へと進言して、賢人の称号を与えて貰うとか言う話しにまで発展した。

 目立つ上に、王宮に縛られたら、魔導書探しも出来無くなっちゃう。


 と言う事で、丁重にお断りしたけど、学院長も教師もなかなか引き下がろうとしない。


 そんな事よりも、これを世間に広める事が大事だと説いて、値上がりする前に魔石の欠片を出来るだけ確保するように進言した。

 価値があると判れば、値段をつり上げるのは人の世の常だもんなぁ。


 発表前に、別の町の魔石の欠片も買い上げる方向で作戦を練った。


 更に、普通の魔石でも、色によって得意項目があるのが判ったので、その方向の研究も提案した。俺の片手間研究よりも、専門に研究して貰う人に任せた方がいいからなぁ。


 でも、学院では、まず、学院内で研究して、それに賛同してくれる誰かを捜す形になると言っていた。魔導書使いで、研究に血道を上げるのはほとんど居ないそうだ。

 冒険者でも、ダンジョンで魔法を使うために魔導書使いになった者ばかりで、使うだけで、研究しようとする者はほとんど居ないらしい。一般の魔導書使いは、あまり儲かる商売にならなくなってきていて、研究する金を稼ぐのが難しいそうだ。


 唯一、研究ばかりしている魔導書使いが居るのは、王宮の専属魔導書使い。だけど、基本的に戦争や魔獣が来た時に大砲として活躍するのが仕事で、普段は、無駄飯食いと言われないように研究しているらしい。しかも、研究した成果を表に出さない事でも有名で、実は大した研究を成しえていない、という評価が一般的だそうだ。


 色々と大変なんだなぁ。学院長たちが俺を持ち上げるのも判る気がする。


 俺としては、たまに学院で、魔導書使いを集めた研究懇談会みたいな会合でも開いて、今回のような成果を広める機会を作るのもいいんじゃないか? という感じの提案をしておいた。

 他にも、俺自身の研究成果は、ある程度判った所で、順次提出していくと提案。学院の秘蔵の魔導書を見せて貰う事と交換条件だから、俺としてはいい条件だと思ったけど、学院長たちからしたら、破格の条件だったみたいだ。


 まずは魔石の欠片集めを密かに実行するという事で話しが決まった。


 俺は、また一生徒として授業に戻る事にした。まぁ、すでに昼休みの時間だけどな。


 日当たりのいい庭で、宿のおばちゃんの作ってくれた有料のサンドイッチを食べてから教室に入った。


 すると、一斉に注目を浴びた。あれ? なんかしたっけ?


 あ、小太りのベークライトくんが居る。昨日の授業は合格したのかな? そのベークライトくんが俺の方に近づいてきた。


 「お前。ヤマトと言ったか。昨日は助かった。礼を言う」


 俺にとって、とんでも無い衝撃が襲った。


 「べ、ベークライトが礼を言ってきた! まさか! さては、ベークライトの皮を被った別人だな!」


 「な、なんだ、それは!」


 「冗談だ」


 ベークライトくんががっくりとうなだれた。「え? 冗談だったの?」なんて言ってる外野も居たけど無視しとこう。


 「で、どうした? らしくない、しおらしさだな」


 「昨日は、お前のおかげで魔導書が出来上がったようなモノだからな。まずはその礼を言いたかった」


 「そうだったか?」


 「そ、それにだ。昨日お前が言った事を、部屋に戻り、一人で考えてみた」


 えっと、何を言ったっけかなぁ?


 「僕の部屋の中には、色々な物があった。金貨数百枚程度の物はいくらでもあった」


 ご自慢ですか?


 「だが、全ては僕の物じゃなかった。『城』の物なんだ」


 「まぁ、そうだろうな」


 「結局、僕の周りにある物は、僕の物じゃなく、城の飾りであった事を知ってしまったんだ。そこで、お前の言葉に納得してしまった。僕には何の価値も無いと」


 ほう。これから、現実社会への扉を開けるための通過儀礼を経験したって事かぁ。


 「だから、僕は変わりたい。価値のないゴミでありたくないのだ」


 誰かからゴミとか陰口でも言われてたのかな。


 「頼む。僕を価値のある者にしてくれ」


 志は、少しはマシになったのかなぁ。


 「まずは、こう答えておこう。絶対に無理! 諦めろ! 何言ってんだ馬鹿!」


 あ、ベークライトくんが崩れ落ちた。周りの取り巻きも、あまりに非道なセリフだろう、って目で見てる。


 「なんで、こう言ったかわかるか?」


 「え?」


 「お前は、俺に、『してくれ』と頼んだよな?」


 「ああ」


 「だから無理と言ったんだ。俺に、お前を価値のある人間にする事なんか出来ない! 人の価値なんて、本人が努力して、築いて、のし上がって、その姿を他人が見て、初めて価値が判る物なんだ。

 例えば、剣士を目指す者に、剣の技を教えていっても、当の本人である剣士が、体を鍛え、剣を振る練習をしなければ、なんの意味も無いと思わないか? 剣の技は多く知っていても、剣も満足に振れない剣士に、剣士としての価値があるか?」


 「な、なるほど」


 「お前が、お前の理想を実現させるためには、お前自身がのし上がらなければならない。今まで、努力もせず、チヤホヤされていただけの、その弛みきった腹を見てみろ。お前は、努力や苦労をしてこなかった証拠だ。お前に、這い上がる事が出来るのか?」


 そこで無言で考えるシンキングタイムになった。


 その時、俺も一つの事をひらめいた。俺の代わりに、こいつに目立って貰おう大作戦。


 「出来る! いや、やる! 僕は、努力して、苦労をして、のし上がってやる」


 キター! って事で、大作戦スタート。


 「よし。なら、俺はお前がのし上がるための道筋を示してやろう。俺は示すだけ。そこに到達できるかはお前の努力次第だ。それでいいか?」


 「うん。頼む」


 「お前は、国政の勉強をさせてもらえなかった、それは、始めに怠惰な態度や、理解力を示さなかったせいだろう。それは判るか?」


 「う、うむ。耳に痛いが、その通りなんだろうな。僕自身は良く覚えていないのだが」


 「体を使う事も嫌がり、疲れる事や、汗を流す事も嫌がったため、剣の修練からも逃げた?」


 「う、それは覚えている」


 「そして、最期が魔導書使いだったわけだ。生活魔法の魔導書はできたか?」


 「ああ、お前のおかげで、規定の魔石で普通に出来上がった」


 「なら、魔導書使いで頭角を現す事が、一番の近道だな。国政や剣の勉強は、一度リタイアしたという実績を見られているから、マイナススタートって事になる。なら、まだ評価が出ていない魔導書使いで、実績を見せていく事がいいだろう」


 「な、なるほど」


 「と、言うわけで、お前は魔導書の研究家になれ!」


 「魔導書の研究家?」


 「王宮にいる魔導書使いなんて、大きな戦いが無い時は無駄飯食いになっているそうじゃないか? 魔導書の研究をしています、なんて言いながらサボっているのばかりだから、今からお前が努力すれば、追い越すのも楽だぞ。

 まぁ、それでも、相当な努力は必要だけど、剣や国政よりも届きやすい目標だと思うぞ」


 「城の魔導書使いについてはそうだろうが、僕に研究などという事が出来るだろうか?」


 「そこは俺が指し示してやる。お前はその方向で努力を怠らなければいいだけだ。ただ、努力をしなくなった時点で、俺の指示も終わりだからな。その時は、お前は単なるゴミになるだけだ」


 「うう、わ、判った。頼む!」


 そして、その日の午後の授業は、昨日作った生活魔法の魔導書を使って、各魔法の使い勝手を実感するという実戦授業だった。


 なので、俺の指示でベークライトだけ、風を起こして一定方向に流し続けるという課題を出した。魔導書使いになるためには、一般人以上の魔力は必要不可欠だからな。だから、限界まで使い続けるという「無茶」で、魔力を底上げしようとした。


 なぜか、他の生徒や教師まで同じ事をし始めたのは面食らったけどなぁ。


 皆、魔導書使いとして上に上がりたい、という思いは同じなんだろうな。と言う事で、ベークライトくんにはいいライバルが出来た、って事で、皆の参加も快く許した。


 その後は、フラフラになった教師の所に行って、今後の授業予定を聞いた。


 生活魔法の魔導書は今日までで、次からは契約が必要な魔導書を作る事になるそうだ。つまり、攻撃特化魔法が中心になるそうだ。

 転移魔法や、従魔術、干渉魔法などは失われていて、教える事が出来ない、と言われた。


 と言う事で、ベークライトくんには、失われた魔術を再現した魔導書使いになって貰おう。学院長と教師にそう言ったら、呆れられたが、王族に対してはいいポジションになりそうだと歓迎された。


 もう、学院の秘蔵の魔導書は、貸し出し不可なんだけど、俺にだけは、返してくれるのなら、いくらでも持ち帰ってもいいという許可まで貰っちゃった。

 大分得したね。




 早速、古そうな魔導書から借りて帰り、シークレットルームの書斎で調査に入った。


 乱暴に扱うと、ボロボロになって無くなりそうな本だったので、修復魔法で出来るだけ復元してみた。


 それで、ようやく表紙の文字が読めるようになった。


 文字は、第六事象への挑戦と書かれている。魔導書じゃなく、魔法使いの研究の覚え書きみたいだ。


 面白そうなので読んで見る事にした。


 普通の俺たちのこの世界は、第四事象に相当するそうだ。そして、これに魔力がある世界が第五事象。その魔力を操る力が第六事象となり、魔法使いは第六事象で魔法を構築して、現実世界で実体化させるという事だ。

 そして、魔導書は、人の代わりに第六事象の構築を行う事で魔法が使えるようになっている。


 読み進めると、今度は第六事象で使う術式が書いてあった。これは、魔導書では使ってはいけないと但し書きがされている。

 魔導書では、魔導書用の術式じゃないと、本が暴走して、世界事象に影響を与えるそうだ。最悪の場合は、地獄の門を開いて、悪魔が出てきてしまう事もあるらしい。


 あ~。なんか、聞いた事のある話しだね。そうならないように、俺は気を付けよう。


 本の中の、魔導書に使える術式を書き出していく。それぞれの術式自体の説明も詳しく書いてあったので、手持ちの基礎魔法の魔導書の紋様解析にも役に立ってくれた。


 そして、もう一つ借りてきた本を調べる。出来るだけ古いのから借りてきたから、これもボロボロだ。これにも修復魔法を掛けて出来るだけ復元した。


 でも、復元しない方が良かったかな。


 本には人間の顔があった。


 書いてあるんじゃなく、目鼻口がちゃんと盛り上がっていて、目や口にはしっかりと切れ込みも入っている。


 まさか、目を開いてしゃべるのかな? こういうのって、ヤバイ契約をして来そうだな。見なかった事にして、今日はもう寝ようかな。


 とか思っている内に、その本の目が開いた。あ~あ。


 「お主が本を修復したのか?」


 いきなりしゃべってきたよ。まぁ、違和感がないんだけどね。不気味感は満載だ。


 「一応、修復魔法を掛けたけど、どのくらい復元した?」


 「ふむ。おそらくは、読むだけであれば問題無いだろう。だが、いくつかのモノは本が耐えられそうも無い」


 「この本にはどんな魔法がはいってるんだ?」


 「なに? そんな事も知らなかったのか?」


 「何しろボロボロで、あと数年放って置いたら、埃になってた、って感じだからなぁ。この本に関しての目録も無かったし」


 「うーむ。どうやら、相当ギリギリで命拾いしたようじゃな。礼を言おう。でじゃ。この本には、様々な悪霊を封じておって、もし、この本が塵芥となった場合には、その悪霊が逃げ出していたかも知れん」


 「あー。とても危険な本だという事が判りました。出来るだけ、静かに眠っていてください」


 鋼鉄の箱でも作って、その中に入れておこうかな?


 「うむ。とても良い判断をする人間じゃな。これには、封じた悪霊を使役する術式もあるぞ? 上手く悪霊を使いこなせば、どんな望みも思いのままだ」


 「鋼鉄の箱も一つじゃまずいな。マトリョーシカの様に、鋼鉄の箱を十個ぐらい重ねるか」


 「こらこら。話しを聞いておったか?上手く使えば、国を滅ぼすのも、国を栄えさえるのも思いのままなんじゃぞ?」


 「鋼鉄の箱を十個。その周りを岩で固めて、深い海に沈めよう」


 「ふう。まぁいいじゃろう。合格じゃ。お主に、この本の真実を教えよう」


 「じゃあ、まず、鋼鉄の箱を作らないとな。手持ちの鉄のインゴットで足りるかな」


 「あ~、もしもし?」


 「土魔法で大岩を被せて、それをアイテムボックスに入れて角竜で移動、海の上から投下すればいいよな」


 「ちょっと聞いてる? ねえ? 後少しだけでいいから聞いて?」


 「よし、森羅万象なる力を使い、我が意に従いて我が望む物を作り出せ、アイテムメーカー、鋼鉄の箱」


 「そ、その魔法。貴様、書記の一族の眷属か?」


 「え? なにそれ?」


 「え? 知らないの?」


 「初めて聞いた」


 「………」


 「で、この鋼鉄の箱が入る箱にしなくちゃならないから」


 「あの~、本気で、後少しだけ、話しを聞いてくれないかな?」


 「悪魔の甘言、って耳に心地いいから、少しでも聞いたら駄目って話しだしねぇ」


 「その知識と判断と決断力はとても素晴らしいけど、ちょっと聞いて。お願い」


 「じゃあ、後少しだけ」


 「ああ、良かった。実は、さっきは悪霊が封印されている、って言ったけど、本当は、天使を召還するための術式が収められている本なんだ」


 「開け、絶対なる不動の礎より生まれし、重罰を求める契約の呪文」

 「ヘビーペナルティ コントラクトマジック!」


 『この場にある顔のある本とサカキヤマトとの契約

 顔のある本は、サカキヤマトに一切の嘘、偽り、曖昧表現を含んだ勘違いを起こさせる言葉を言わない。

 顔のある本は、サカキヤマトに一切の不利益が生じる状況への誘導を行わない。

 顔のある本は、サカキヤマトに一切の損害を発生させない。

 以上が守られなければ、顔のある本は、速やかに地獄の底へと移動し、決して朽ちる事のない状態のまま、地獄の炎で焼かれ続ける事になる。

 顔のある本は、この契約を受け入れるか?』


 「なななな、なんやねん、その契約は!」


 「受ける? 受け入れられない?」


 「受け入れられるわけないやろ!」


 そして俺は、本を鋼鉄の箱に押し込んだ。しっかりと十個の箱に入れて、それぞれを溶接し、その周りに岩を被せて、角竜を呼び出して海まで行って、一番深そうな所に落としてきた。


 ああ、無駄な時間を使ってしまった。学院には、しっかり説明して謝っておかないとなぁ。



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